“コロナ予算”スペシャル記事

検証 持続化給付金事業

巨額の事務委託。

受注した小さな事務所の一般社団法人。

日本最大の広告会社の影。

国会で指摘された中抜き疑惑――。

新型コロナウイルス対策が急務となっていた2020年春、「持続化給付金事業」は議論を呼び、世間の注目を集めた。

新型コロナの拡大で売上が減った事業者に対し最大200万円を支給する「持続化給付金事業」は約430万の事業者に合計5.5兆円が給付され、事業の継続に大きく役立ったと評価されている。

一方で事業の途中で契約の検証が行われ、国のルールが大きく見直される異例の事態となった。

会計検査院や中小企業庁の検査結果、そして複数の関係者の証言から実態に迫った。

(NHKスペシャル「検証 コロナ予算 77兆円・取材班」/中村幹城 記者)

669億円の事務委託 最大9次の多重下請け構造に

持続化給付金を給付する事務は、2回にわたって発注された。

2020年4月、最初に受注したのが「一般社団法人サービスデザイン推進協議会」(以下、サ推協)。

給付された5.5兆円の8割はこのサ推協が担った。

国会で質問が相次ぐなど世間の注目を集めた理由は、小さな事務所のサ推協が日本最大の広告会社、電通に委託を行い、次々に下請けが連なる構造となっていたことだ。

会計検査院は2021年11月、一連の契約についての検査結果を公表。

最終的にはのべ723者が関わる最大9次までの多重下請け構造となっていたことを明らかにした。

中小企業庁とサ推協の契約額は当初、769億円だったが、費用を圧縮したとして2021年8月に最終的に支払われた額は100億円減って669億円になっていた。

下表は会計検査院がまとめた多重下請け体制と資金の流れだ。

※会計検査院の決算検査報告書を元にNHK作成 ※会計検査院の決算検査報告書を元にNHK作成
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なぜサ推協が元請けとなったのか?

サ推協は、2016年に電通が中心となって設立した一般社団法人だ。

今回の事業では国から669億円を受け取って電通に641.5億円を支払った。

電通への再委託費率は95.9%。

会計検査院によると、経済産業省の他の事業の再委託費率の平均54.6%に比べて大幅に高くなっている。

電通が元請けと言っても過言ではない状況だが、なぜ電通は直接入札に参加せず、サ推協が元請けになったのか?

持続化給付金の事業などに直接関わった電通関係者が明かす。

「企業側は再委託という形を取ることで、全ての経費を、国側に示す必要がなくなる。

今回のようにサービスデザイン推進協議会が間に入ることで、ようやく普通の企業としての利益活動ができるという構造になっている」

電通の公共事業部門に長く在籍した別の元電通社員。

「公共性が高いと思われる一般社団法人のような組織をつくって、ここがまず受託して、それから電通に発注する形をつくっていった。

実質的にはこの一般社団法人自体が電通だと言える」

経済産業省の契約のルールでは、元請けに入った場合、かかった経費などを国に報告する必要があるが、下請けはその義務がないメリットがあるというのだ。

会計検査院は再委託を無条件に認めると、「効率性が損なわれたり、経済的合理性を欠く事態が生じたりして、契約の適正な履行に影響を及ぼすおそれがある」としたうえで、今回の契約の書類には「必ずしも再委託を必要とする理由が具体的、客観的に記載されているとは認められない」と指摘している。

また会計検査院によると、中小企業庁は、今回の入札前、電通の社員を同席させたうえでサ推協側と打ち合わせを3回行っていたほか、電通に見積もりを提出させていたという。

サ推協と電通が事実上一体となっている構図を知った上で発注したとみられる。

これに対し電通は「過去にサービスデザイン推進協議会とともに行った別の補助金事業の経験をいかせば、速やかに給付できるのではないかと考えた」と説明している。

またサ推協は「できるだけ迅速に給付金を届けるには、これまでの実績やノウハウのあるコンソーシアム体制で貢献すべきだと考えた」などとしている。

一方経済産業省は、国会で野党がいわゆる「中抜き」の問題を指摘するなど今回の契約が議論を呼んだため、2020年6月に専門家による検討会を設置。

半年後に公平性と透明性を担保し疑念を持たれないように運用するとして、再委託の確認を厳格化した。

再委託費率が50%を超える場合には、指定の書式で理由を明らかにするよう求めるほか、外部有識者で構成される監視委員会で事後的に適切性を評価するなどルールを改めた。

今回の問題を受けて、不透明だった国のルールの運用が改められる形となった。

国のルール変更 “利益の上限”は従来の約3%に低下

それでは電通はいったいサ推協から受け取った資金をどう使ったのか。

会計検査院は下表のようにまとめている。

電通が受け取ったのは計641.5億円。

このうち、人件費に1.7億円、事業費に581.5億円(うち562.1億円は外注費)。

そして、「一般管理費」として58.3億円を計上したという。

【電通の経費の内訳(確定額) 単位:千円

※会計検査院の決算検査報告書を元にNHK作成

一般の人は聞き慣れない「一般管理費」という項目。

国のマニュアルによれば、「家賃、光熱水料、回線使用料などの経費のうち当該事業に要した経費としての抽出、特定が困難なもの」とされ、一般的には公共事業を受注したことによる利益が含まれる。

持続化給付金の事業に直接関わった電通関係者はこう説明する。

「事務局の業務では、国に対して利益というのは表向きないことになっている。

しかし企業はボランティアではないので、この一般管理費の中でうまくやりくりして利益を取る」 この一般管理費の上限について、経済産業省はこれまで、次のように上限を設定していた。

一般管理費の上限=(人件費+事業費)×10% 一般管理費の上限 = (人件費+事業費) × 10%

経済産業省はこの問題についても、専門家による検討会で他省庁や社会の常識と比較するなど見直しを進め、2021年1月、一般管理費の上限を引き下げる改正を行った。

規模の大きな事業などについて、一般管理費率の上限を10%から8%に変更し、さらに、一般管理費を算出する際に「外注費」を含めないことも決めたのだ。

このルール改正はどのように影響するのか。

今回の持続化給付金の契約での、一般管理費を見てみる。

今回の電通の一般管理費の上限は…

人件費 + 事業費 ×上限10%

(1億7,472万2000円+581億5,109万7,000円)×0.1=58億3,258万1,000円

仮に新しいルールだと…

人件費 + 事業費 ×上限8%

(1億7,472万2000円+19億3,981万7,000円)×0.08=1億6,916万3,000円

今回の電通の一般管理費の上限を算出すると、58億3,258万1,000円。

会計検査院が示した今回の電通の一般管理費と千の位までぴったり一致する。

電通関係者によると、社内では公共事業は民間の仕事に比べ利益率が低い仕事だと認識されていたということで、今回の電通の一般管理費は上限いっぱいとなっていた。

しかし、仮に新しいルールが適用されたとした場合、その上限額は2億円を切り、以前の約3%の水準となる。

電通とサ推協が2020年6月に開いた記者会見で、電通出身のサ推協幹部は、「国からの事業では原則利益は出ない」と強調した。

会計検査院や中小企業庁は、電通の一般管理費58億円の内訳は把握していないとしていて、今回の事業で電通がどれだけの利益を得たのかは今もわかっていない。

しかし、今回のルール変更により、事業者の利益につながる契約のあり方が変わることになった。

※中小企業庁 確定検査報告書より

多重下請け構造 事業の検証難しく

会計検査院がもう1つ問題視したのが、のべ723者が関わり、最大9次にまで及んだ「多重下請け構造」だった。

今回の検査では、電通よりも下、2次請け以降の膨大な事業者については、人件費や再々委託の費用を追うことができなかったという。

また、中小企業庁は公認会計士に依頼したサンプル調査を実施し、一連の契約について「人件費単価は経済性を欠く不当な請求とは言えない」と結論づけているが、それ以外の費用の水準が妥当だったかは言及していない。

電通の当事者でさえ、「全国に広がるイベント会社のサプライチェーンを使って、人やインフラを整えた。

建設業界や自動車業界と似たような構造で、電通は下請けに入った企業から請求を受けるが、あくまでその企業から請求されるもので、その下に何社入っているかは、基本的にはタッチしない」と話す。

誰も全体像を把握できていない契約となっていたのだ。

この事業で使われた経費とその実績だ。

中小企業庁の資料を基にNHKが取材してとりまとめた。

今回の持続化給付金事業は、迅速な給付なために、インターネットでの申請が苦手な事業者などへのサポートに力を入れたのが特徴だ。

その申請サポートは545者が関与する異例の多重下請け構造となり、費用も287億円と最大となっていた。

1件あたりの金額も、申請サポートが約6万4,600円に達したのに対し、関わった事業者が5者の「審査」は約4,800円、1者の「コールセンター」は約4,200円と大きな差が生じていた。

この状況から浮かぶ多重下請け構造の課題について、専門家はこう指摘する。

会計検査院の元局長 日本大学の有川博客員教授
「多重構造によって、業務や経費が重複しているかがわかりにくくなる。

今回のように履行体制を十分確認しないまま執行していると、経済合理性に対してかなりのリスクがある」


これに対し、経済産業省は透明性や効率性を確保するために調達ルールを新たに定めたとしている。

また、電通は多重下請けについて、「応札から体制の構築、変更への対応を経て、給付に至るまで約3週間という非常に短いスケジュールの中で実施した。

当初からそもそも1社で対応できるレベルの事業ではないと考えており、コンソーシアム協働のもと、全国各地の多くの企業の協力が不可欠だった」としている。

その上で、「パブリック業務における取引方法や体制について見直しを図った。

公平性・透明性の確保に努め、自主的に定めたガイドラインにも則って対応したい」と回答した。

コロナ予算の中でも大きな注目を集めた事業の1つ、「持続化給付金事業」は「95.9%の再委託」、「9次までの多重下請け」という異例の形で事業が進められていた。

これまでに、明らかにルールに違反する行為は確認されていない。

しかし、今回の事態を踏まえて国がルールを次々と見直したように、当時の事業の進め方に課題があったということで関係者の見方は一致している。

今回取材に応じた電通関係者は「公共事業を受注した側として、説明がまったく足りなかった」と振り返っていた。

また、取材を進める中で、今回の予算の使い方で課題がどこにあったのか、ルールを変更したならば理由は何なのか、国の説明が不足していると感じた。

国民の疑念を招かない形でルールを運用していけるのか、新たな課題が浮かんだときにしっかり説明責任を果たしていけるのかが、まさに求められている。

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