東京五輪・パラ 海外観客を断念
コロナ禍で自由な入国保証困難

2021年3月20日

東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会と政府や東京都、それにIOC、IPCの5者による会談が開かれ、現在のコロナ禍の状況では海外から日本への自由な入国を保証することは困難だとして、海外からの観客の受け入れを断念することが決まりました。一方で、東京大会の観客の上限については4月改めて方向性を確認し、その後も柔軟に対応していくとしています。

日本時間の午後6時から始まった会談には、組織委員会の橋本会長と丸川オリンピック・パラリンピック担当大臣が出席し、東京都の小池知事とIOC=国際オリンピック委員会のバッハ会長、それにIPC=国際パラリンピック委員会のパーソンズ会長はオンラインで参加しました。

会談では変異したウイルスによる影響が予測できないことや、国内外の感染状況などを踏まえて現在の状況では海外から日本への自由な入国を保証することは困難だなどとして、日本側から海外からの観客の受け入れを断念すると報告したということです。

これに対してIOCとIPCは安全最優先な大会とする方針にのっとりこの結論を尊重し受け入れることを表明しました。

大会組織委員会によりますと、すでに海外で販売されたチケットの枚数は、オリンピックがおよそ60万枚、パラリンピックがおよそ3万枚に上るということで、これらのチケットは今後、払い戻しされることになります。

また、東京大会の観客の上限については国内のプロスポーツの開催状況や収容人数に関する国の指針に沿って、4月改めて方向性を確認し、その後も柔軟に対応していくとしています。

会談のあと組織委員会の橋本会長は「本当に残念だが、すべての参加者、日本国民にとって安全安心な大会を実現するための結論だ」と述べました。

丸川五輪相「小池知事と橋本会長から断念の表明」

丸川オリンピック・パラリンピック担当大臣は、20日夜、IOC=国際オリンピック委員会や大会組織委員会など5者による会談のあと、記者団の取材に応じました。

この中で、丸川大臣は「東京都の小池知事と組織委員会の橋本会長から、断念するということで、明確な表明をいただいた。新型コロナウイルスの変異株について、非常に都民や国民の関心が高くこのような判断になったと理解している。IOCやIPC=国際パラリンピック委員会からは『全面的に日本側の判断を支持する』というコメントがあった」と説明しました。

そして「国内も含めた観客の上限は、引き続き、国内外の感染状況やスポーツイベントの開催状況も踏まえながら、4月中に、基本的な方向性を示すということを確認した」と述べました。

さらに「この先、変異株の状況がどうなるか分からないということもある。7月の状況を見通すのは難しいということも踏まえて、4月の時点で、どう判断するか示すということだ」と述べました。

そのうえで、丸川大臣は「私からは、適切な感染対策や多くの制約のもとで、厳しい生活を続けている国民の皆さまの理解を得るという観点から、アスリート以外の大会関係者については、縮減が不可欠であるということを申し上げた。引き続き、5者における緊密な連携のもとで、安全・安心な大会の実現に向けて、検討を進めたいと考えている」と述べました。

IOC・IPC「日本の決断受け入れる」

IOC=国際オリンピック委員会は、東京オリンピック・パラリンピックで海外からの観客の受け入れを断念することについて「大会参加者と日本の人々の安全のため、IOCとIPCは日本側の決断を完全に尊重し、受け入れた」とする声明を出しました。

そのうえでIOCのバッハ会長は「世界中の熱狂的なオリンピックファン、特に大会に参加することを計画していたアスリートの家族や友人は失望していると思います。これは誰にとっても大きな犠牲であることを私たちは理解しています。しかし、すべての決定は、大会に参加する人、そして開催国、日本の人たちのために安全な大会を開催するためなのです」とコメントし決断に理解を求めました。

海外観客受け入れ断念までの経緯

2020年、東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まったあと、大会組織委員会やIOC=国際オリンピック委員会は安心・安全な大会を目指すため観客を減らすことも案の1つとしてきました。

政府や東京都、組織委員会は、2020年11月、観客の数の上限や海外からの観客の受け入れについて、ことしの春までに判断することを決めました。

緊急事態宣言が首都圏などに再び発出されたことし1月には、組織委員会の当時の森会長は「無観客ということも当然想定しながらいくつかのシミュレーションをしている」と発言。無観客での開催も選択肢としてはありうるという考えを示していました。

観客についての判断の時期が迫る中、IOCの幹部は2月24日に開かれたIOC理事会のあとの会見で、観客については国内と海外の2段階で判断する可能性があると表明しました。このうち海外からの観客を受け入れるかどうかの判断の時期について「4月終わりが適切な時期だと思う」と具体的な時期を示しました。

3月3日に行われた、IOCとIPC、政府と東京都、それに組織委員会の5者による会談では海、外からの観客受け入れについての結論を3月中に出し、観客の上限については4月中に判断することで合意。組織委員会の橋本会長は聖火リレーがスタートする3月25日より前に、海外からの観客の受け入れについて結論を出したい考えを明らかにしていました。

決断の背景「すべての人にとって安全で安心な大会」

東京オリンピックに海外からの観客を受け入れないという決定をIOC=国際オリンピック委員会が受け入れた背景には、バッハ会長が繰り返し述べてきた原則、「すべての人にとって安全で安心な大会」を実現するためにはやむをえないという判断があったものとみられます。

IOCは、コロナ禍でのオリンピックの開催に向けて、2月選手や大会運営に関わる関係者それにメディアなどに向けて「プレーブック」と呼ばれる新型コロナウイルスの感染予防対策をまとめた指針を発表しました。

その一方で、関係者からは選手やスタッフは、入国から出国まで徹底した管理のもとで外部との接触を避け、複数回のPCR検査を行うことで感染予防対策が取れるとしても、一般の観光客に対策を徹底させることは難しいという声が聞かれていました。

また、ワクチン接種を大会参加の条件としないなか感染した場合の医療体制には限界があり、平和の祭典とされるオリンピックをきっかけにウイルスの感染が再拡大するような最悪の事態を避ける必要性も指摘されていました。さらにIOCは、ことし夏の開催に悲観的な意見が多い開催国、日本の世論の動向を注視してきました。

東京に2回にわたって緊急事態宣言が出され海外からの入国を厳しく制限していた現状を重視し、海外からの観客の受け入れは日本の世論に受け入れられないという判断が働いたと見られます。

こうした状況を踏まえ、バッハ会長は「すべての人にとって安全で安心な大会」という原則を繰り返し、3月のIOC総会では観客の扱いについて日本側の判断を尊重する考えを示していました。

一方で、IOC側は日本を含め世界的な企業が名を連ねるスポンサーの関係者などについては例外として考えるよう求めていて今後、調整が進められるものとみられます。

バッハ会長 コロナ収束見通せず姿勢に変化

東京オリンピック・パラリンピックについてIOC=国際オリンピック委員会のバッハ会長は大会の開催が迫る中、感染の収束が見通せず徐々に観客の制限を受け入れる姿勢に転じていきました。

バッハ会長はオリンピックの延期を決めた2020年3月、延期される東京大会については「過去に例がなくとてつもないチャレンジだが、その中でベストな大会を準備したい」と呼びかけました。その後、すべての競技会場で1年後の日程を抑えるなどし、観客についても従来通りでの大会を模索していました。

しかし、2020年7月、大会の簡素化について日本で検討が進む中で行われたIOC総会の中で「無観客のオリンピックは明確にやりたくない。解決策を探している」と無観客には否定的な考えを示しながら「観客の削減は検討しなければいけないシナリオの一つだ」と述べて観客制限の可能性について言及しました。

2020年11月に来日した際には国立競技場をはじめ、各競技会場を視察し「妥当な数字に落ち着くと思っているが、9か月後の妥当な数字が何人なのかはいまはまだわからない」と観客数について明確な回答を避けました。

その後、ことしに入っても変異したウイルスが世界で広がるなど感染収束の見通しが立たない中、1月の理事会では「みんなが会場が満員になることを望んでいるし観客の熱狂を期待しているが、それは不可能だ。安全な大会を開催するためにはあらゆることをするつもりだ」と話して、大会の開催を優先するうえで観客の制限を受け入れざるをえないという姿勢を明確にしていました。

そして、3月行われたIOC総会のあとの会見では、海外からの観客の受け入れや観客の制限について「非常に複雑な問題で、日本側の意見を尊重する組織委員会はすでに議論し適切な時期に解決できる」などと述べて日本側の判断を尊重する考えを示していました。

海外メディア「前例のない決定」

東京大会で、海外からの観客の受け入れが見送られることについて、海外メディアも速報で伝えています。

このうち、フランスの有力紙パリジャンは「大会の主催者は、世界中のスポーツファンの希望に終止符を打った」と報じています。

フランスのAFP通信は「前例のない決定」だとしたうえで「大会の主催者は人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして開催できるとしていたが、世界のほとんどの地域でテレビ観戦が中心となり、オリンピックの特徴である国際的なパーティーのような雰囲気はあまり感じられなくなりそうだ」と伝えました。

さらに「1年間の延期と新型コロナウイルス対策によって、史上最も高額な夏のオリンピックになる可能性がある」と、今回の決定によって財政的な負担が増すと指摘しています。

アメリカの有力紙、ニューヨーク・タイムズは「パンデミックの現実に対する大きな譲歩だ」と報じる一方「日本はワクチンの接種が比較的遅く、大会の開幕までに国民が接種を完全に終えることはできないだろう。国民の80%近くが大会の再延期または中止を求めているという調査結果もあり、今回の決定によって日本国民の懸念が和らぐとは考えにくい」と、依然として多くの課題があると指摘しています。

また、韓国メディアも「海外からの観客のいない初のオリンピックとなる」などと相次いで速報で伝え、このうち通信社の連合ニュースは「新型コロナウイルスの感染状況が世界的に依然として深刻な中、変異ウイルスまで広がったことで、日本国民の大会への不安を払拭するため、このような決定が下されたと解釈される」としています。

“チケット収入減少” さらに…

海外からの観客の受け入れが見送られることで、新型コロナウイルスの新たな流入が抑えられる一方で、東京大会にとっては収入の減少につながるといった課題も浮かび上がっています。

東京大会の経費は、大会の1年延期に伴って会場の再契約などの追加経費と新型コロナウイルス対策が加わり、総額で1兆6440億円まで膨らんでいます。これに対し組織委員会の収入が足りず、すでに東京都が150億円を肩代わりして負担する状況になっています。

組織委員会は、チケットの売り上げを900億円と見込んでいますが、海外の観客の分だけチケット収入が減ることになります。

さらに大きいのは、本来期待されていた東京大会をきっかけにしたインバウンドによる経済波及効果や、おととしのラグビーワールドカップなどで経験した観客どうしの交流の機会が失われることです。

東京大会のビジョンの一つとして「多様性と調和」が掲げられ、共生社会の実現を目指すとしてきた東京オリンピック・パラリンピックは、海外から観客が訪れないことで形が大きく変わることになります。

新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中で、世界中からアスリートが集まって開催するオリンピック・パラリンピックの意義が改めて問われるとともに、国内外の理解を得て機運を盛り上げることができるのかも大きな課題となっています。

組織委 橋本会長「安全安心な大会を実現するための結論」

五者会談を終えた東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長は会見を行い「現在の世界のコロナ禍の状況において、海外からの日本への観客の受け入れは断念すると、国際オリンピック委員会と国際パラリンピック委員会に報告した。海外で販売されたチケットは払い戻されることになる」と述べました。

大会組織委員会の橋本会長は「海外の感染状況や変異株の出現などで国境をまたぐ往来は厳しく制限されていて、ことしの夏に海外からの自由な往来を保証することは難しい。すべての参加者、日本国民に安全安心な大会を実現するための結論だ」と理由を説明しました。

また、橋本会長は「今回の会議で4月、会場の観客の上限について方向性を決めていく方針を再確認した。一方でコロナを取り巻く状況は今も刻々と変化している。4月に方向性を決めたあとも状況の変化に柔軟に対応していくことが必要であることも確認された。検査や関係者の扱いについても4月までに大きな方向性をまとめてプレーブックの第二版に反映させるとともに状況を注視していく方針で合意した」と述べました。

橋本会長は、選手としての経験を踏まえ海外からの観客の受け入れ断念について「アスリートとしてオリンピックを何度か経験したが、観客が自分の国から開催地に行くことが出来ないということは本当に残念なことだ。しかし、現在のコロナの状況を考え、医療に支障を出さないことを考えるとアスリートや日本の人たちの安全安心を確保するためには致し方ない。家族などが来れなかったとしても何かしら一体感を持って東京大会を楽しんでもらえるようなことが出来ないか、いろんなアイデアを出し合って工夫することが必要だ」と述べました。

小池都知事「やむをえない判断」

東京都の小池知事は都庁で記者団に対し「現在の世界におけるコロナの感染状況や国際的な往来を考えると、安全・安心を最優先することによって大会を成功させるという流れを確実にしていきたい。やむをえない判断だと考えている」と述べました。

また、小池知事は「開催都市としては、都民とともに世界中から訪れる観客に東京の観光名所や文化などを直接、楽しんでいただく機会だったが、こういう形になるのは大変残念だ」と述べました。

一方で、小池知事は「世界の人とインターネットを通じて交流することが、オリンピック・パラリンピックの新しい形になる可能性もあると思う。アスリートを世界中の方が応援したり、最高のパファーマンスに感動したりということで、地球全体を見ながらスポーツを通じてつながる状況をつくっていきたい。IOCやIPC、国や組織委員会と連携して、安心・安全な大会に導いていけるように準備したい」と述べました。

専門家「見られない人がいることに思いをよせて」

オリンピック・パラリンピックの理念や歴史に詳しい中京大学の來田享子教授は「海外からの観客受け入れを断念することで感染拡大のリスクが減り、市民の不安な気持ちが和らぐことは確かだ」と今回の決定に一定の理解を示しました。

その一方で「オリンピック・パラリンピックは、多様な人々が街を行き交うことで世界の広さを知り、文化や人種などの違いと共通性を実感できる機会でもある。それが失われてしまうという意味では今までどおりの大会の役割を果たすことができないことは確実で、今後、考えていかなければならない部分だ。ただ、『地球村』という大会の理念が壊れるわけではないので、見に来られない人に体感的な経験ができる技術の開発や、インターネット上で交流の場が生まれるきっかけにもできると思う」と指摘しました。

そのうえで「来ることになっていた観客や受け入れる日本側にも残念さを感じる人はたくさんいる。それをきっかけに、大会に来たくても、テレビで見たくても、それができる経済や社会の状況にない人がいることを思い共有する出来事として今回の決定を受け止めることができればそれが本来のオリンピックらしさではないか」と話していました。