“感染しても親子一緒に”
コロナ禍のお産 模索する現場

2022年12月7日

新型コロナの感染拡大から、まもなく3年。
新たな命が生まれる「お産」の現場では、感染対策のために、家族の立ち会いでの分べんはもちろん、生まれたばかりの赤ちゃんと触れ合う機会も制限される状況が続いています。
特に妊婦が感染した場合、ひとりで出産に臨まなければならない母親は、出産やその後の育児への不安を強めてしまうケースもあります。
孤立しがちな母親を支援し、コロナ禍の前のお産に近づけようという試みが、大阪で始まっています。

(大阪放送局 記者 北森ひかり)

感染対策しながらの「母子同室」

大阪 和泉市にある大阪母子医療センターは、府内の周産期医療の拠点として、新型コロナに感染した妊婦を受け入れてきました。

孤立しがちな母親を支援しようとセンターが始めたのが、「母子同室」です。

母子同室は、生まれたばかりの赤ちゃんが母親と同じ部屋で過ごすことで、少しずつ育児に慣れることができるほか、母乳が出やすくなるなど、退院後の育児の基礎をつくることができるとして、国内でも多くの医療機関で実施されてきました。

コロナ禍前の2019年に日本周産期・新生児医学会がまとめたアンケート調査では、回答があった医療機関のうち9割が「母子同室を行っている」と答えていました。

しかし、新型コロナの感染拡大により状況は一変。

当初、日本産科婦人科学会などは、母親が感染した場合、隔離期間中の母子の接触はできないとする内容の見解を示しました。

その後、海外からは、母子同室や授乳による赤ちゃんへの感染リスクは低いとする報告が相次ぎ、WHOやアメリカCDC=疾病対策センターなどは、感染対策を行った上で、状況に応じて母子同室ができるという指針を示しています。

国内でも、これまでの対応を見直そうという動きが始まっています。

新生児医療に携わる医師らでつくる日本新生児成育医学会は、2021年12月、「世界的には知見が増えるにつれ、親の意向を確認の上、母子同室が推奨が増加している。日本においてもリスクとベネフィット(利益)を説明し、母親や家族の意向に沿うなら、施設ごとの判断、ポリシーにのっとって、母子同室も選択され得ます」などとする見解を示しました。

こうした動きを受け、大阪母子医療センターでは2022年2月から、感染した母親と生まれたばかりの赤ちゃんが母子同室で過ごせるよう支援を始めました。

実施の条件は、学会の指針を参考に産婦人科や感染症科などと協議を重ねて検討しました。

センターが条件としているのは、母親が無症状もしくは極めて軽症であること。

さらに、「母親に育児が困難な産科的な問題がないこと」「赤ちゃんの状態が安定していること」「病棟スタッフが対応可能であるか」など、17項目にわたるチェックリストを作成しました。

母親が母子同室を希望した場合、親子双方と病棟の状況を確認した上で、チェックリストに照らし合わせ、実施が可能かを検討します。

部屋では食事以外はマスクの着用が基本で、授乳したり、だっこしたりするときは手洗いと消毒を徹底します。

また、赤ちゃんの世話をしないときは、2メートルの距離をとって過ごします。

センターでは現在、母子同室を退院の前日の1泊に限って実施しています。

この10か月間で、対象となった11人のうち、希望したのは10人。

赤ちゃんが感染したケースはないということです。

大阪母子医療センター新生児科・感染症科 野崎昌俊副部長
「私たちはもともと、お母さんとお子さんの関係構築の支援を大事にしながら、お産や赤ちゃんに向き合ってきました。そうした中で、コロナ禍でお母さんが育児について情報を得るチャンスがなくなってしまっているという状況に、歯がゆい思いがありました。世界的には対策をしっかりしながらであれば、母子同室でも赤ちゃんには移すことがほとんどないということがわかってきましたので、何とか日本の感染管理の現状に合わせながら、できるだけ母子同室ができるような環境を作りたいなと思ってはじめました」

まさかの感染 孤独な出産

大阪府内に住む、40代の女性。2022年11月、センターで長男を出産しました。

府内にある実家で過ごしていたときに破水し、お産のためにセンターに入院。

そこで新型コロナの検査を受け、感染がわかりました。

分べんには夫に立ち会ってもらう予定でしたが、希望はかないませんでした。

女性
「コロナに感染してしまい、おなかの子どもにうつしてしまわないかと、罪悪感もありました。家族がそばにおらず、ひとりで夜を耐えなければなりませんでした。初めての出産でしたが、夜はとても長く、つらかったです」

赤ちゃんとの時間 その後の支えに

女性はおよそ3500グラムの元気な男の子を産みました。

翌日、スタッフから、母子同室を提案されたといいます。

生まれた赤ちゃんの様子は「オンライン面会」でわかったものの、隔離期間が終わるまで直接会うのは難しいだろうと考えていました。

病院からの思わぬ提案に、女性はすぐに希望すると伝えました。

退院の前日、女性は直接わが子と対面し、同じ部屋で過ごしました。

だっこしたり、おっぱいをあげたり。

赤ちゃんとどう接したらいいか、わからないことや不安なことがあるときは、看護師に連絡し、アドバイスをもらうこともできました。

わが子との貴重な時間は、退院後、育児に向きあう中で大きな支えになっているといいます。

女性
「実際に会って抱っこしてみると、赤ちゃんってちっちゃい。うれしかったです。夜になって、泣いてしまったときに不安になって看護師さんに相談したら、『お昼は静かにご機嫌さんでいるけど、夜は泣きますよ』と教えてくれました。それまでの様子を伝えてくれたことで、泣くのは私のせいじゃないと思えたし、いきなり自宅に帰ってひとりで向き合うことになっていたら、自分を責めていたのではと思います。母乳やミルクのあげ方など、そのとき教えてもらったことを含め、病院で赤ちゃんと一緒に過ごした時間は育児の支えになっています」

12月、1か月検診のためセンターを訪れた女性。赤ちゃんは体重も増え、元気に育っています。

母子同室 国内での課題は

日本新生児成育医学会の指針作成に関わった野崎医師。

赤ちゃんへの感染リスクを考えて、母子同室を行わないとするところもありますが、センターの取り組みについて、ほかの医療機関からの問い合わせも増えているといいます。

ただ、国内で母子同室を進めるには課題も多くあります。

妊婦や赤ちゃんを受け入れる病棟のスタッフが、新型コロナへの対応に慣れていないケースが多い上、感染した母親が入る病棟と、生まれたばかりの赤ちゃんをみる病棟が離れた場所にある病院もあるからです。

大阪母子医療センター新生児科・感染症科 野崎昌俊副部長
「医療機関の状況によってさまざまなハードルがあります。例えば、うちの病院だと、産科病棟でコロナの患者をみているので、お母さんをみるスタッフが直接対応できます。一方、病院によっては、妊婦であっても、産科ではなく一般のコロナ患者をみる病棟に入れているところもあります。妊婦へのケアをそういった病棟で行うのは難しいんじゃないかと思います。さらに、そういった病棟に生まれたばかりの赤ちゃんを連れて行くのはとても難しく、ハードルは高いと思います。そういった病院では、完全に母児同室が難しくても、例えば、短い時間の面会など、少しずつできるところから始めるのが良いんじゃないかなと思います」

野崎医師は院内で実績を重ねながら、今後、母子同室の時間を増やすことも検討したいとしています。

いまだ収束の見通しが立たない、新型コロナウイルス。

孤立しがちな母親を支え、コロナ禍の前のお産に近づけようと、現場の模索が続いています。