外来での抗体カクテル療法
副作用に備え病床確保など課題に

2021年9月9日

新型コロナウイルスの軽症患者などの治療に使われる「抗体カクテル療法」は、重症化を防ぐ効果が期待され、外来診療での投与も始まっています。投与を進めている病院では、外来患者に対しても副作用に備えて病床を用意する必要があり、医療のひっ迫が続くなかで多くの患者を受け入れるのが難しいという課題に直面しています。

「抗体カクテル療法」は、新型コロナウイルスの軽症から中等症の患者を対象に、2021年7月に承認され、厚生労働省によりますと、8月31日までに全国のおよそ1万3000人に使われています。

当初は入院患者だけが対象でしたが、外来診療での投与も始まっていて、東京 品川区の昭和大学病院でも9月3日から外来での投与を始めました。

投与は、おおむね50歳以上や基礎疾患などの重症化するリスクがある患者を中心に点滴で、専用の個室で1時間かけて行われ、病院では健康観察のため、患者に2時間ほど待機してもらう対応を取っています。

病院では、これまでに入院患者と外来の患者合わせて26人に投与し、多くの患者で発熱やせきなどが治まり、重症化したり副作用が出たりした人はいなかったとしています。

一方で、外来の患者に副作用が出た場合に備え、入院用の病床を確保しておく必要がありますが、感染者が多い状態が続き、病床が埋まっているため、1日に2人から4人を受け入れるのが限度で、病院では多くの患者を受け入れられないという課題に直面しています。

相良博典病院長は「治療後の管理などで、地域の病院や診療所に参加してもらうなど、連携の仕組みを整える必要がある」と話しています。

承認されている4つの治療薬は

国内ではこれまでに新型コロナウイルスの治療薬として4つの薬が承認されています。

「レムデシビル」

このうち、新型コロナウイルスの治療薬として最も早い2020年5月に特例承認されたのが、抗ウイルス薬の「レムデシビル」です。

もともとはエボラ出血熱の治療薬として開発が進められた薬で、点滴で投与されます。

当初、対象となる患者は▽人工呼吸器や▽人工心肺装置=ECMOをつけている重症患者などに限定されていましたが、2021年1月からは酸素投与を必要ではないものの、肺炎が見られる「中等症1」の患者にも投与が認められています。

「デキサメタゾン」

続いて、2020年7月に厚生労働省が治療薬として推奨したのが、もともと重度の肺炎やリウマチなどの治療に使われてきたステロイド剤「デキサメタゾン」です。

錠剤の飲み薬のほか点滴薬のタイプもあり、炎症を抑える作用があるため、肺炎を起こして酸素投与が必要な「中等症2」以上の患者に使うことが強く推奨されています。

酸素投与の必要がない患者が服用すると、かえって症状を悪化させるおそれがあると指摘されていますが、8月31日に改訂された厚生労働省の「診療の手引き」では、感染拡大し医療体制がひっ迫した際には自宅療養中の患者に例外的に事前に処方して渡しておくことも考えられるとしています。

一方で、需要が急増しているとして厚労省は8月27日全国の病院や薬局、卸業者に買い占めを控えるよう求める通知を出しました。

「バリシチニブ」

2021年4月、新型コロナウイルスに対する3つめの薬として承認されたのが、「バリシチニブ」です。

もともとは、関節リウマチなどの薬で、炎症を抑える効果があります。

錠剤の飲み薬で、投与が認められているのは、酸素投与が必要な「中等症2」以上の入院患者でレムデシビルと併用する場合に限られています。

「抗体カクテル療法」

そして、初めて新型コロナウイルスの軽症患者に使用できる治療薬として承認されたのが「抗体カクテル療法」です。

「カシリビマブ」と「イムデビマブ」2種類の抗体を混ぜ合わせて点滴で投与することで、新型コロナウイルスの働きを抑える効果があり、2021年7月に承認されました。

発症してから早期に投与する必要がありますが、海外で行われた臨床試験では入院や死亡のリスクをおよそ70%減らす効果が確認されています。

アメリカのFDA=食品医薬品局が2020年11月に症状が悪化するリスクの高い患者に一定の効果がみられるとして緊急の使用許可を出しました。

その前の2020年10月にはアメリカのトランプ前大統領が新型コロナウイルスに感染して入院した際にも使われました。

厚生労働省は医師による観察が必要だとして、当初、入院患者に限って使用を認めていましたが、感染の急拡大で入院できない患者が増えたことから、8月13日、十分に観察できる体制が整っていることを条件に宿泊療養施設や臨時の医療施設として設置された「入院待機ステーション」などで投与することを認めました。

また8月25日には、患者の容体が悪化した場合に緊急で入院治療ができ、投与後の24時間、電話などで経過を確認できる体制が整っている医療機関では外来診療でも投与できるようになりました。

厚生労働省によりますと、8月31日までに全国のおよそ1700の医療機関でおよそ1万3000人に投与されているということです。

世界的に供給量が限られているため、厚生労働省は投与の対象となる患者を軽症から酸素投与を受けていない中等症1までの高齢者や基礎疾患などの重症化するリスクがある患者に限って投与を認めています。

現時点では投与を受けられる対象の患者は限られていて、東京・中央区保健所の医師によりますと、すべての患者のうち1%から2%ほどだということです。

承認申請中の薬

承認申請中の薬もあります。

イギリスの製薬大手、グラクソ・スミスクラインは9月6日、抗体を使った新型コロナウイルスの新たな治療薬「ソトロビマブ」について、厚生労働省に承認を求める申請を行ったと発表しました。

新型コロナウイルスの働きを抑える「中和抗体」を点滴で投与するもので、対象となるのは酸素の投与が必要ない軽症または中等症で、重症化リスクが高い患者です。

海外で行われた治験では入院や死亡のリスクを79%減らす効果が確認されたということで、アメリカでは2021年5月に緊急使用の許可が出ているということです。

3つのタイプに

いま承認されている新型コロナウイルスの治療薬は、効果を発揮する仕組みから見ると、大きく、3つのタイプに分けられます。

▽ウイルスが細胞に侵入するのを防ぐ薬、▽細胞に侵入したウイルスの増殖を抑える薬、▽増殖したウイルスに反応する過剰な免疫の働きを抑える薬です。

細胞の侵入を防ぐ治療薬

新型コロナウイルスは表面にある突起の「スパイクたんぱく質」が、人の細胞に結合することを通じて侵入します。

「抗体カクテル療法」の薬は人工的に作った「抗体」がこのスパイクたんぱく質にくっつくことで、細胞に結合するのを妨害してウイルスの侵入を防ぎます。

この薬は発症後の早い段階で使うことが推奨されています。

抗体がウイルスを狙い撃ちにするため副作用が少なく、高い効果が期待できるとされています。

ウイルスの増殖を抑える薬

細胞に入り込んだウイルスは細胞の力を借りてみずからコピーして増殖します。

「レムデシビル」などはウイルスのコピーに関わる酵素の働きを抑えることで、増殖を防ぎます。

いま開発が進められている、ほかの軽症患者の向けの飲み薬もほとんどがこのタイプとなっています。

ウイルスが細胞の中でみずからコピーする仕組みは、ほかのウイルスでも共通しているため、多くの企業では別の病気に使われている薬を転用する形で開発を進めています。

これらの薬は発症後の早い段階で使うことが推奨されています。

過剰な免疫の働きを抑える治療薬

ウイルスに感染すると体の中の細胞はさまざまな炎症物質を出し、免疫細胞を活性化させます。

ウイルスが増殖し炎症物質が過剰に出ると免疫の働きが暴走し、肺に傷つくなど体に深刻なダメージを引き起こすことがあり、多くの場合、重症になります。

この段階では、ステロイド剤を投与して免疫の働きや炎症を抑える治療が中心になります。

承認されている薬では「デキサメタゾン」「バリシチニブ」がこのタイプで、主に重症患者への効果が認められています。

開発中の治療薬

新型コロナウイルスに感染し自宅療養している患者が多い状態が続く中、重症化しないよう軽症のうちに自宅で服用できる飲み薬の必要性が高まっていて国内外の製薬企業が開発を急いでいます。

開発が最も早く進んでいるとみられるのがアメリカの製薬大手「メルク」が開発している「モルヌピラビル」と呼ばれる抗ウイルス薬で、日本の患者を含めた最終段階の治験を進めています。

「メルク」の日本の子会社によりますと、治験の結果は9月か10月中にも出る見込みで、結果が良ければ年内にもアメリカで緊急使用許可の申請を予定しているということです。

また、アメリカの製薬大手「ファイザー」は、2種類の抗ウイルス薬を併用する治療法について、最終段階の治験を海外で進めています。

治験の暫定的な結果は、2021年10月から12月の間に得られる見込みだとしていて年内にもアメリカで緊急使用許可の申請を行う可能性があるとしています。

会社側では日本国内の患者も治験に参加するよう準備を進めているということです。

スイスの製薬大手「ロシュ」は「AT-527」と呼ばれるC型肝炎の治療薬として開発を進めてきた抗ウイルス薬が新型コロナウイルスにも効果があるかどうか、日本の患者を含めて最終段階の治験を行っています。

国内での開発などを行っている中外製薬によりますと、治験の結果を踏まえて来年にも厚生労働省に承認申請したいとしています。

日本の製薬会社の「富士フイルム富山化学」もインフルエンザの治療薬「アビガン」に新型コロナウイルスに対する効果があるか、最終段階の治験を進めています。

製薬大手の「塩野義製薬」は新型コロナウイルスのために新たに開発した抗ウイルス薬について、2021年7月、安全性を確認する第1段階の治験を始めたと発表しています。

このほか、寄生虫による感染症の特効薬「イベルメクチン」について、北里大学病院などが医師主導治験で新型コロナウイルスへの効果や安全性を調べています。

これとは別に名古屋市に本社がある製薬会社の「興和」は2021年7月、新型コロナウイルスの患者を対象に「イベルメクチン」を投与する治験を行うと発表しています。

一方で、「イベルメクチン」についてWHO=世界保健機関や各国の保健当局、それに製薬メーカーなどは、これまでのところ海外での臨床試験で有効性は明確に示されていないとしています。