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PCR検査 “社員全員”で受ける? 受けない?

2021年3月26日

もし会社で新型コロナウイルスの検査が呼びかけられたらあなたはどうしますか?2021年2月に広島市で行われた症状が無い人を対象にしたPCR検査。当初の計画では70万人を対象にするという全国でも例のないものでした。この検査、対象は広島市中心部に住む人とその地域にある会社で働く人。このうち働く人の検査は会社で取りまとめる方法で行われました。「社員みんなで参加しなければならないの?」「断ったら評価に影響する?」受けるべきか、受けざるべきか。経営者も社員も、前例のない検査計画に揺れました。
(広島局 喜多祐介)

社員全員がPCR検査に

2021年2月、広島市内の一部の地域に住む人と働く人8000人を対象にしたPCR検査が行われました。

会社で参加したうちの1社は、その日出勤していた全員にあたる26人がだ液の検体を採取。会社が取りまとめたうえで、検査センターに送りました。

全員で検査を受けた理由は、多くの社員が顧客と接する機会が多いから。そして、例えその時だけでも「陰性」が証明されることに意味があると考えたといいます。

社員全員で検査を受けるべきか、受けざるべきか。

最初は迷ったということですが、担当者は「社員に意見を聞いたところ、検査を受けたいという声が多かったのでその日出勤していた全員で受けることにしました」と話していました。

この“会社が取りまとめる”という方法、さまざまな議論を呼びました。

呼びかけた広島県のねらいは

「感染源の遮断を図るため、広島市の4つの区のすべての住民と就業者を対象として、集中的にPCR検査を実施する」。

最初に広島県が検査の計画を打ち出したのは1月。市の中心部の住民やそこで働く人、合わせて73万人を対象に検査の協力を呼びかけたのです。

感染していても症状がない人を早期に発見し、感染の拡大を防ぎたい。広島県の湯崎知事はねらいをこう説明しました。

計画を公表してからおよそ2週間後、感染の収束を理由に「いったん保留し、試験的に実施する」として対象は8000人に縮小されました。検査を希望する住民は個人で予約し検査を受けることができましたが、対象地域で働く人は会社でまとめて検査を申し込む方法がとられたのです。

「『右向け右』ではないのでは?」

異例の検査計画にどう対応すればいいのか。市内でスーパーを展開する会社で開かれた幹部会議では議論が繰り広げられました。

「1回受けたからといってその先も安心というものでもない」
「全員陰性だったら、その時点だけでもお客さんに安心して来てくださいと打ち出せるのでは」

検査をめぐって交わされたさまざまな意見。

多くの人が出入りするこのスーパーでは、感染を防ぐ対策を継続して行ってきました。

買い物に使うカートやかごはそのつど消毒。店で感染が広がったら休店せざるをえなくなるため従業員の健康管理も毎日行っています。体調が悪い時には休みやすいようシフトも工夫しました。

社長の川口康之さんは感染の収束や、安心して店を開くことにつながるならと、社員全員で検査を受けることも選択肢の1つだと考えました。

しかし、検査を受けた時点での陰性しかわからないPCR検査の特性を考えると社員に呼びかけることをちゅうちょしたといいます。

広島市内でスーパー展開 川口康之社長
「検査のメリットは十分理解できますし、うちは高齢のパートさんが多いので安心感にもつながると思います。ただ、感染リスクは常にあって、検査した日がセーフでも、その後も陰性だという担保にはならない。定期的に継続する検査であれば受けようと思いますが、1回きりでしたら積極的に参加しなくてもいいのではと」

検査はあくまで「任意」です。ただ、行政の呼びかけに対して「あの会社は検査受けたらしい」「あっちの会社は受けてない」となるのも気がかりです。

悩んだ川口社長は、結局“会社としては呼びかけない”ことにしました。PCR検査の特性に加え、「究極の個人情報」である検査を会社で取りまとめて行うこと自体に、違和感を感じたからです。

家族の介護や子育てなど社員一人一人の事情は異なります。会社で取りまとめるとなると、本当は受ける必要がないと思っていても周りを見渡して嫌々受けるという人も出てくるのではないか。そんな心配もよぎりました。

広島市内でスーパー展開 川口康之社長
「そもそもこういうことを組織として、右向け右というやり方でやるべきではないと思いました。会社と社員は労使関係にありますが、検査は労使以外のことなのではないかと。個人的に検査を受けたいという従業員がいれば個人で受けてもらうことを支援し、陽性になった時の給与も補償すると伝えました。一方で会社としては何の指示もしない、というスタンスにしました」

検査の結果は

結局、検査を受けた人は住民と働く人の合わせて6573人。陽性者は4人で、陽性率は0.06%でした。

働く人で受けたのは61の事業所で合わせて3335人。年代別では40代と50代が半数以上を占め、20代は15.5%、30代は16.6%。若い世代で検査を受けた人は少ない結果となりました。

国の対策にも関わる専門家は、広島で行われたような検査は症状は無いが感染している人がどの程度いるかが分かる面もあるとしたうえで、検査を実施する自治体、取りまとめを担う会社の双方は個人の意思やプライバシーを尊重するよう、細心の注意を払わなければならないと指摘します。

国際医療福祉大学 和田耕治教授
「最も大事なことは、本人が希望して検査を受けることだ。検査に合わせて個人の行動履歴を調べることもあるが、それは機微な個人情報であり、医師などが介在せずに調査を行うことは避けなければならない。検査結果も、本人の同意を得ずに会社が勝手に受け取っていいわけではなく、原則は本人が直接受け取るということを自治体は会社に説明し、会社も社員に伝える必要がある」

何度も耳にした“なんとなく安心”、しかし…

今回の一連の検査をめぐる取材の中で意外だったのは、検査で“陽性”となること以上に、検査で“陰性”となった場合に、それをどう受け止めればよいのか、ということに対して、多くの皆さんの関心が寄せられていたことです。

「検査で陰性だったら、なんとなく安心する」「検査を受けることが安心感につながる」ということばを何度も耳にしました。

ただ、検査の時点で陰性だったことと、その後も陰性でありつづけるかどうかは当然ながら別のことになります。「なんとなく安心する」「安心感につながる」という声が多いことについて、専門家に見解を尋ねると、答えは次のようなものでした。

国際医療福祉大学 和田耕治教授
「陰性という結果であっても感染リスクを無視して自由にしていいという訳ではなく、陰性であってもこれまでどおりの感染対策をしながらの日々を続ければよい、ということにしかならない。今回の広島での試みでは、行政側にも住民側にもさまざまな議論があったと思う。今後、大規模な検査を行う場合も、広島で得られた教訓を生かして個人の意思を尊重しながら感染拡大を防いでいく方法をみんなで探っていっていくべきだ」

“第4波”への懸念 効果的な検査とは

広島県では、より効果的な検査を探る動きも始まっています。

広島県はいま、広島市や福山市の繁華街にPCRセンターを設け接待を伴う飲食店の従業員や利用客、それに重症化するリスクの高い高齢者施設の職員などを対象に検査を行っています。

こうした場所で「定点観測」し、感染のきざしを捉え広がる前に抑え込もうというのです。

全国で変異ウイルスの確認が相次ぐ中、“第4波”への懸念も出ています。広島県はPCRセンターでの検査対象を4月から全県民に広げる方針です。効果的な検査はどうあるべきなのか。試行錯誤が続きます。

広島局

喜多 祐介
(きた・ゆうすけ)