すぐにかなってしまう夢は、夢じゃない

藤川球児

野球

2020年11月10日、22年のプロ野球人生を締めくくる引退試合に臨んだ藤川球児。甲子園球場に集まったシーズン最多の2万1000人のファンの前でかなえたい夢があった。

「引退試合で150キロを出す」

藤川は「火の球ストレート」とも呼ばれる、浮き上がるような速球を持ち味に最多セーブのタイトルを2回獲得するなど、球界を代表するストッパーとして活躍した。しかし、年齢とともに球速は落ち、40歳を迎えた2020年は150キロを超えることはなかった。ストレートが輝きを失う中、シーズン中はサヨナラホームランを打たれるなど、抑え投手としての役割を果たせない試合が続いた。

「うまくいってほしいと思って投げているが、そこにボールがいかない。自分の思う体の動きが全然できていない」

このとき、藤川の体はすでに限界に達していた。大リーグ時代に痛めた右ひじは、5か所以上の手術が必要と診断されていた。ひじをかばうために肩にも負担がかかり、鋭い痛みに襲われていた。

「1年間をとおして体の準備が整わないのは、プロ失格」

藤川は2020年シーズンかぎりで引退することを決断した。それでも引退試合でシーズン中に1度も出ていない150キロをマークしたい。「球児」と言う名前を持ち、ストレートの真っ向勝負を22年間貫いてきた最後の責任だと感じていた。

「135キロで投げて抑えられるような選手になろうと思えば、変われるかもしれないが、自分に憧れた選手や子どもたちがいる。“藤川球児”という選手の印象を変えることなく終わりたい」

しかし、引退試合まで残り1か月を切っても、満足に練習できない日々が続く。10月下旬、約2か月ぶりの1軍戦の登板直後にも肩に痛みが走った。その翌日、藤川の姿は地元の整形外科医院にあった。

ベッドに横たわって肩に局所麻酔を注射。その後、医師が肩の可動域を広げる治療を行った。医師によれば、シーズン中のプロ野球選手はリスクがあるため、こうした治療はほとんど行わないという。藤川はそれほどプロ野球人生最後の瞬間にすべてをかけていた。

迎えた引退試合。相手は「負けたくない」と常々語ってきた宿敵の巨人。

藤川は最後の9回にマウンドに上がり、150キロの壁に挑んだ。

「しびれるような試合は結構やってきたけど、自分を表現するピッチングをしたことはほとんどない。少しでも楽しめればいいな」

藤川は最初から持てる力を振り絞った。最初のバッター、坂本勇人の初球は148キロ。その後、3球連続で148キロのストレートを投げ込み、空振り三振を奪った。続く中島宏之の初球、この試合の5球目だった。今シーズン最速に並ぶ149キロをマークし、スタンドからどよめきが起きる。

期待が高まる中、藤川はストレートで押すが、150キロに届かない。
この試合の8球目、「自分にチャレンジする」と藤川が腕を大きく振りかぶった。ふだんはみせないワインドアップを試す。しかし、球速は147キロ。この日投じた12球は、すべてストレートだったが、150キロにはあと1キロ届かなかった。
それでも、藤川の表情は現役の最後まで挑戦し続けた達成感に満ちていた。

「すぐにかなってしまう夢は、夢じゃない。できないからこそチャレンジしたくなる。つらかったし、きつかったし、感情的に難しい場面もあったが、ぎりぎり届かないから人生は面白い。次の人生でも目標のぎりぎりのところまでいきたい」

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