「性的DV」の実態は?被害者への影響は?
専門家に聞きました

2022年9月7日

性的なドメスティック・バイオレンス「性的DV」。

夫婦やパートナーの間で、嫌がっているのに性的行為を強要したり、避妊に協力しなかったりする行為のことです。

ただ、十分に認知されていないだけでなく、当事者が性的DVを受けていることを自覚できないことも多いといいます。

そんな性的DVの実態や当事者への影響について、専門家に話を聞きました。
(成人年齢取材班記者 松田伸子)

話を聞かせてもらったのは

長年、DV、セクハラ、ストーカー、性被害などの問題に取り組んでいる、弁護士の岡村晴美さんです。岡村さんが強調するのは、DVは相手に対する「支配と暴力」で、その関係性の中で行われる性行為は性的DVであり、「性暴力」だという点です。
(以下、岡村弁護士の話)

性的DVの被害はどれくらいあるのですか?

実態を反映したデータはないと思います。性的DVに対する認知度が高くないことに加えて、当事者が性的DVを受けていることを自覚できない人が多いからです。

内閣府の調査(※)では、配偶者から性的なものも含めた暴力を受けたことがあるかどうか尋ねたところ、8%あまりの女性が「性的強要」を受けたと答えています。

ただ、弁護士としてDV被害者の相談に乗っていると、もっと多いと感じます。

※内閣府の調査「男女間における暴力に関する調査」2021年発表

結婚したことがある女性1400人を対象に、配偶者からの暴力被害経験の有無について尋ね、結果は以下の通り。

  • 身体的暴行 17.0%
  • 心理的攻撃 14.6%
  • 経済的圧迫 8.6%
  • 性的強要 8.6%

なぜ、表面化しにくいのですか?

まず、性のことは周りに話しにくいことがあります。それに、夫婦間でも性暴力がありえるということが知られておらず、「夫婦はこんなものだ」と思っている人も少なくありません。

またDVすべてがそうですが、性的DVの背景にも「支配関係」が潜んでいます。対等な関係で性行為をするのではなく、支配されている状態の中で、性行為を拒めない状況ができてしまっているのです。私は、支配関係がある中での性行為は、ほぼすべて性暴力だと思っています。

1人の相談者は、ある日、夫に性行為を求められ、断ったところ部屋の電気を付けられて、3歳の子どもの目の前で性行為をされそうになったといいます。

それからは、同じことをされるのが「怖くて」、そうされる前に、みずから電気を消して布団の中に入り、「お願いします」と夫に言って性行為をするようになったそうです。

一度、恐怖を植え付けられ、相手に支配されると自分から誘うようになることもあるんです。

また、強い口調で怒ったあとに、「わかればいいんだ」などと優しい声をかけ、「仲直り」のように性行為をすることもあります。それは一見、穏やかにお互いの合意のうえに行われているように見えますが、拒むことができない状況に追い詰めています。

強い脅迫行為がなくても、こうした状態が続くと、そのうちに心が壊れてしまいます。人格を否定され、物のように扱われるわけですから。

性的DVを受けた被害者にはどんな影響があるのですか?

配偶者に支配された状態にあるため、みずから相手を性行為に誘うケースは決して少なくありません。

みずからの意思に反して、性行為したくない相手を誘うことほど、人間の心を壊すものはないと思います。性行為に誘うことが一番つらかったという人もいます。

性暴力の事件にも関わってきましたが、被害者には特有の後遺症が出ることがあります。例えば、電車に乗るのが苦手になる、過度におびえるといった「複雑性PTSD」と言われる症状です。

性的DVも性暴力ですから、同様の症状が出ることがあり、日常生活や社会生活に大きな支障をきたしてしまうのです。

性的DVはDVとして認定されることが多いのでしょうか?

無理やり、脅迫されるなどして性行為を強要された場合なら当然、認定されます。

ただ性的DVでは、配偶者に支配された状態にあるため、「拒まない」「みずから誘う」といったケースも多く、そうした場合、裁判所もDVとして認定することはほとんどありません。

本人がDVで訴えを起こしたとして、相手から「誘ってきたのは向こうだ」と主張されれば、DVとして認定することが難しいので、当事者も訴えないのです。

支配関係にあると声を上げるのが難しいのでしょうか?

難しいです。配偶者に支配された状態にあると、みずからの身を守るため、「相手が嫌がることをしない」「怒られることをしない」といった行動を優先するようになります。

ですから被害者の中には、「夫に不機嫌になられるのが嫌だから」といった理由で、相手の機嫌をとるために性行為に応じたり、みずから誘ったりするのです。それ以外、相手の機嫌をとる方法がないという状況です。

支配関係にあるかどうか見極めるのは難しいのではないですか?

一つ一つの行為を見ると判断できないので、全体を見ることが大切です。

例えば、電気を消すときに拳でたたいて消す、「デブ」と言って笑う、車を乱暴に運転する、作った料理を食べずにわざとインスタントラーメンを食べるなどといった行為を考えてみてください。

一つ一つの行為を個別に見ると、DVには当たらないと思われるかもしれません。ただ、これらの行為を、日常的に行われている一連の行為として見ると、そこに「支配関係」が見えてくるのです。

「このくらいのことで騒ぐな」と行為を過小評価したり、「お前の言い方が悪い」といって責任を転嫁したりすることも、支配関係を強化します。

「DVは点描画のようなもの」と言われますが、これがその理由です。

会社内のパワハラで考えると、一つ一つはささいな言葉や行動であっても、相手を追い詰めることがありますよね。

学校のいじめでも、毎日のように消しゴムのかすを背中に入れられたら、心を壊すことにつながることもあるかもしれません。

パワハラやいじめでは、こうした認識がだいぶ広がっていると思います。それに比べると性的DVも含めたDVの対策や認識は、まだまだ十分ではないと考えています。

※性的DV

内閣府は、DVの形態について、次の3つに分類している。

  • 身体的なもの
  • 精神的なもの
  • 性的なもの

このうち「性的なもの」について、次のように説明している。

「嫌がっているのに性的行為を強要する、中絶を強要する、避妊に協力しないといったもの。夫婦間の性交であっても、刑法第177条の強制性交等罪に当たる場合があります(夫婦だからといって、暴行・脅迫を用いた性交が許されるわけではありません)」

具体的な例として、次のように行為を挙げている。

  • 見たくないのにポルノビデオやポルノ雑誌をみせる
  • いやがっているのに性行為を強要する
  • 中絶を強要する
  • 避妊に協力しない

成人年齢取材班記者

松田 伸子

2008年入局
社会部を経て現在、国際部
ジェンダー問題、特に性と生殖の問題を取材
3歳の娘への「性教育」について模索中