それでも出勤しなきゃダメですか?台風・大雨…出社の判断は

「電車止まったら徒歩出勤してと上司にお願いされた」

台風7号が猛威を振るった今月15日、SNS上では、職場への出勤を指示する会社や上司への不満の声が相次いで投稿されました。一方、医療・介護や消防、運送など、悪天候でも休むことができない仕事もあります。

災害時の出勤はどうあるべきなのか、従業員や雇用側、専門家に取材しました。
(ネットワーク報道部 林慶太 内山裕幾)

台風が直撃しているのに…

今月15日、台風7号が日本列島を直撃し、被害が相次ぎました。

各地に暴風警報や大雨警報などが発表されたほか、近畿や東海地方などの鉄道会社が計画運休を実施したこともあり、職場への出勤を取りやめて在宅勤務に切り替える動きが見られました。また、百貨店やコンビニエンスストア、大型テーマパークなどの臨時休業が相次ぎました。

しかしこの時、SNSでは、台風が直撃している状況でも出勤を指示されたという投稿も。

「職場は歩いて2時間近くかかるのにもかかわらず電車止まったら徒歩出勤してと上司にお願いされました」

「テレワークできる様に会社までPC取りに行ったら、上司から明日タクシー使ってでも出勤して来いと言われる」

“それでもタクシーで出社するように”

出勤を求められたという関西地方に住む派遣社員の男性が話を聞かせてくれました。

男性は台風の最接近が予想されていた15日、出勤するように上司に指示され、いったんは電車で会社に向かいました。ところが途中の駅で運休になってしまったため、会社に状況を伝えると、「それでもタクシーを拾って出社するように」と改めて指示を受けたということです。

タクシー乗り場にはすでに20人ほどの行列ができていたため、男性は休暇を取得して休むことになりましたが、妻に車で迎えに来てもらった帰り道、強風の中で枝が路上に散乱していたうえ、車体があおられて身の危険を感じたということです。

派遣社員の男性
「以前も台風で電車が運休した日に出社して、タクシーがつかまらず、徒歩でずぶ濡れになったこともあります。台風の中、タクシーが普通につかまると思っているのも信じられません。もう少し社員のことを考えてほしいと思います」

「仕事中」「通勤・帰宅中」に命を落とすことも

過去の災害では、「仕事中」や「通勤・帰宅中」に命を落とすケースが相次いでいます。

NHKが2019年の台風19号を分析したところ、「仕事中」「通勤・帰宅中」に被災した方は13人と、屋外での死者のおよそ25%に上ることがわかりました。(令和元年11月12日の情報を元に分析)

専門家「災害時は出勤しないことを常識に」

「災害時の出勤」について、災害情報が専門の東京大学大学院の片田敏孝特任教授は、「今まさに、文化が変わりつつある時だ」とした上で、台風接近時など、災害切迫が明らかな時は、社員などに出勤しないよう求める取り組みは広めていくべきだと指摘します。

片田特任教授
「近年、JRの計画運休のように『災害時は社会機能をいったん停止してやりすごす』という社会的な合意ができ始めている。鉄道の計画運休が社会に定着してきたように、『命を守るためには災害時は出勤しない』ことを常識にし、広く定着させていく必要がある」

「自己判断」に任せるのはダメ?

またSNSでは、職場への出勤を指示されたという声だけでなく、「自己判断」と言われて困ったという声も多く聞かれました。

「自己判断で…と言われました。私が通勤で使う電車は動いているため出勤しないといけないです。上の機嫌が悪くなるので」

「思いっきり台風上陸するのに明日の出勤は自己判断だそうです。それ1番困る。出勤している人がいるのに、自己判断で来ない人がいたら出勤した人から不満が出るやつでしょ?」

雇用側が「自己判断」と呼びかけるケースついて、片田さんは企業側が責任を持って、出勤の停止や業務時間の変更などを社員に命じる必要があると指摘します。

片田特任教授
「雇用側には社員の安全配慮義務があり、万一出勤を求めた社員が命を落とした場合、責任も問われる。危険な時間帯に出勤しなくていいよう社内に泊まれるようにしたり、ホテルなどを事前に確保することが雇用者側の責任であり、求められるリスク管理だ。日本では会社に対する忠誠心が評価される文化があり、明確な指示がなければ休むことは難しい。会社側は自己判断ではなく、『来ないで』と明確に言う必要がある」

「休ませることができない」企業側の事情は

一方で、医療・介護や消防、保育などの社会を支えるエッセンシャルワーカーは、災害時でも出勤せざるをえない現実もあります。

「運送業者」もその一つです。特に運送業者は顧客の荷主の要望に左右されてしまい、独自の判断で休むことが難しいという声があります。

全日本トラック協会が行った調査では、2018年の台風21号接近時に起きたトラックの横転事故(77件)のうち約3割(23件)について、事業者から「荷主側から輸送を強要された」などと回答があったということです。

全日本トラック協会の担当者
「台風だけでなく、大雪で高速道路が通行止めになることが何度もあった。そうしたときに無理に輸送しようとすると、立往生に巻き込まれたりして運転手の生命に関わることもある。天候が回復すれば荷物は届くので、しばらくの間、我慢していただきたい」

国はガイドラインを示す

こうした実態を受け、2020年に国土交通省はドライバーの安全確保が重要だとして、台風接近時などには無理な輸送を強要しないよう運送業者とその荷主の団体に通知を出しています。

この通知の中で示されたガイドラインでは、
▽1時間に30ミリ以上の激しい雨が降っていたり、
▽風速20メートル以上の非常に強い風が吹いているときは、輸送中止も検討する必要があるほか、
▽警報の発表時には輸送の安全を確保するための措置を講じたうえで、輸送の可否を判断するべきなどとしています。

さらに運送業者に対しては、安全な輸送を行うことができない状況にもかかわらず、荷主に輸送を強要された場合の通報窓口を設けました。

大雪で立往生 新名神 2023年1月撮影

窓口には実際に大雪警報が発表されている状況で配送を依頼されたという通報が寄せられ、国土交通省が荷主に対してドライバーの安全を最優先とした対応を徹底するよう求めたということです。

片田さんは、荷主側の強要をなくすには、私たちが災害時には社会サービスが止まることを一定程度、許容する意識の変化も必要だと指摘します。

片田特任教授
「災害時に危険をおかしてまで働かなければならない人がいるのは、社会がそのサービスを求めているからだ。例えば24時間営業のコンビニがあれば、商品を輸送する会社は休めない。こうした状況を変えるには、災害時には社会サービスが止まることを一定程度、許容する必要がある。危険な時間の買い物を控えたり、宅配の依頼を変更したりするなど、私たち一人ひとりの意識の変化も必要になる」

雇用側の判断が難しい場合はどうすれば?

また、運送業者対象のガイドラインのように、具体的な判断基準が示されている業界は少なく、雇用側が判断に迷うケースも考えられます。そうした場合でも片田さんは、気象予測には幅があることを理解し「空振り」を許容できる社会にしていくことが重要だと指摘しています。

片田特任教授
「『災害が起こる可能性がある』という情報を受け取った時に、事前に『出勤しないで』と呼びかけたり、出勤せざるを得ない場合でも、会社やホテルに泊まれるようにするなどの英断を下せる会社・上司であるかが問われる。そして『大げさだった』ではなく、『何も起きなくてよかった』と思える社会にしていくことが重要ではないでしょうか」

経営者や上司、そして私たちが考えたいこと

災害時、無理な出勤を求めないことについて、「きれい事だ」という声や「簡単に休ませることはできない」といった声も少なくありません。ただ、仕事中や出勤途中に命を落とすケースが過去に実際に起きていて、もし仕事を休むことができていれば、助かった命があったかもしれません。

企業は、従業員に対し「安全配慮義務」を負っていますが、具体的なルールは定められておらず、災害時に従業員をどう出勤・帰宅させるかはそれぞれの会社で判断するしかないのが現状です。

災害のリスクがあっても職場への出勤が本当に必要か。
時間や勤務場所を変えることはできないのか。

従業員の命を守ることは企業を守ること。
会社の経営者や上司の方は、改めて考えてほしいと思います。

そして私たちの意識を変える必要もあります。危険な状況で仕事をしなくてすむ人を増やすには、災害時に一定程度、社会サービスが止まることを受け入れられるか、私たち自身も問われています。