肉が食べられなくなる?家畜のエサ高騰の衝撃

肉が食べられなくなる?家畜のエサ高騰の衝撃
「農家に死ねと言ってるようなものだ」
「毎月何とかエサ代をひねり出す自転車操業になっている」
各地の畜産農家を取材し、生産者たちが口々に漏らした言葉です。ロシアによるウクライナ侵攻などに端を発する穀物価格の高騰の波は、家畜の飼料=「エサ」の価格上昇へと伝播し、肉や生乳をつくる農家に押し寄せています。国産の肉や牛乳にしのびよる「食料ショック」に迫ります。(経済部記者 渡邊功 社会部記者 永田知之)

農家を苦しめる価格高騰の波

「すべてのコストが、かつてないほど上がっている」

そう話すのは、栃木県那須塩原市の牧場で豚や牛を飼育する安留浩さん(53)です。
安留さんの牧場では、豚およそ1万頭を育てており、毎月650トンほどのエサが必要だといいます。

エサは、とうもろこしや大豆油かすなどを混ぜ合わせた飼料を、メーカーから購入しています。ところが、このエサ代がかつてないほど値上がりしているのです。この1年の間でも、1トン当たり2万円ほど飼料の価格が上昇し、月1300万円以上のコスト上昇になっているといいます。

この牧場では、エサ代が経営コストの6割ほどを占めているということですが、それ以外にも施設の光熱費や、豚の輸送費など、あらゆるコストが上がっていると話します。
安留 牧場長
「とんでもない負担の増加で、毎月、何とかエサ代を捻出している自転車操業に近い状態。コスト上昇の歯止めがきかず、出口の見えない暗いトンネルを走っている感覚だ」

過去最高の値上げが続く

なぜここまで価格が上がっているのでしょうか?背景にあるのは、飼料の国内自給率の低さ、多くを輸入に頼っている現状です。
家畜の飼料は、牧草などの「粗飼料」と、とうもろこしや大豆油かすなどを混ぜ合わせた「濃厚飼料」からなります。どのエサをどれくらい食べるかは、家畜の種類などによって異なりますが、濃厚飼料は、家畜の成長スピードに大きく関わります。

これらの自給率は、2020年度時点で、粗飼料が76%、濃厚飼料は12%。濃厚飼料は9割近くを輸入に頼っており、国際市況に大きく左右されやすい構造となっているのです。
JA全農が、6月22日に発表した、7ー9月期の供給価格は、前の期に比べて平均で1トン当たり1万1400円の値上げと、過去最高の上昇幅となっています。

濃厚飼料に使われるトウモロコシ。その国際的な取り引きの指標となる先物価格は、高値傾向が続いています。
去年、中国で流行したアフリカ豚熱によって減った豚の生産が回復したことに加え、原油価格の高騰や新型コロナからの回復にともなう物流の混乱で、海上輸送費が上昇し、先物価格は上昇しました。
そして、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。

ウクライナはトウモロコシの輸出量が世界第4位、ロシアは世界第11位です。軍事侵攻やロシアに対する経済制裁の影響もあり、さらに先物価格を押し上げたのです。

大豆の油かすの国際相場も上昇しているほか、足元では急激な円安がエサの価格上昇圧力にもなっています。

「異常」が続いている

こうした状況に国も対策に乗り出しています。

エサ代の高騰が続くなか、農家の大きなよりどころになっているのが、濃厚飼料の価格安定制度です。

この制度は、輸入している飼料の原料価格が、直近1年の平均を超えた場合、一定額を基金から補填するというものです。基金には2種類あります。
「通常補填基金」…生産者と飼料メーカーがお金を出して積み立て
「異常補填基金」…国と飼料メーカーが積み立て
異常補填基金は、昨年度の4ー6月期に8年ぶりに発動されて以降、現在も続いており、まさに異常事態が1年以上も続いている状況なのです。
ところが、この補填基金ですら、かつてない高騰によって、将来的に枯渇しかねない状況になっています。このため政府は、ことし4月、物価高騰の緊急対策の一環として、基金に435億円積み増すことなどを決めました。

農家からは、一安心である一方、このところの価格高騰のスピードに補填金が追いついていないというため息も聞かれます。

補填金は、直近の四半期(3か月)のトウモロコシなど原料の平均輸入価格から、直近1年間の原料の平均輸入価格を差し引いた分が、交付されます。

価格が急騰したときは補填金は増えますが、高値基調が続くと差額は小さくなってしまいます。実際、2021年度の7ー9月期には、補填金の額は過去最高値となったものの、その後は減り続けています。

解決策は自給だが…

濃厚飼料の原料のおよそ半分を占めるトウモロコシ。2021年度には70%をアメリカから輸入しています。

これを国産でまかなえるようになれば食料安全保障上、大きな進歩ですが、トウモロコシはもともとは湿気に弱く、日本に多い湿田での栽培が難しいとされています。

農林水産省は自給率向上のため、トウモロコシや牧草などの生産を支援する対策を打ち出しています。

しかし、アメリカなどの大規模生産によるコスト競争力には、輸送費を入れても到底太刀打ちできず、家畜のエサ向けにトウモロコシの生産を行う農家は多くないのが現状です。
こうしたなか、なんとかエサの自給自足を目指していこうと取り組んでいる酪農地域があると聞き、長野県伊那市を訪ねました。

話を聞いたのは、伊那酪農農業協同組合の小松平一組合長です。

組合には現在、20戸ほどの酪農農家が加盟しているということですが、その多くで濃厚飼料に使うトウモロコシや、粗飼料用の牧草を育て、自ら農家の飼料にあてています。
特に牧草については、ほぼ100%を自給で賄っており、年に3回収穫しているということです。

伊那市は標高600メートルに広大な平地が広がっていることに加え、昼夜の寒暖差が大きいことが、生産に適しているということです。
小松組合長
「この辺りは古くから酪農が盛んで、一昔前までは、牧草を飼料として牛に与え、出たふん尿を牧草の肥料として活用するという循環農業が主流だった。酪農もコストの半分以上は飼料代で、そこの増加分を抑えられているのは大きい」
ただ、この伊那地域でも、牛のエサの4割ほどを占める、トウモロコシなどが原料の「濃厚飼料」すべてを自給することはできません。

価格が安い海外産を前にすると、一定量はメーカーから購入せざるをえないわけです。

日本の畜産を揺るがしかねない事態に

専門家は、今の価格高騰は長期化する見通しだとしたうえで、事態の深刻さを指摘します。
広島大学大学院 長命准教授
「畜産農家では全体のコストに占める飼料代の割合が大きいため、事業者によっては、長期化する価格高騰に対応できず、経営の体力もだんだん無くなってくる。日本の畜産の基盤を揺るがすような深刻な事態になりかねない。こういう状況だからこそ、自分たちの食料を自国で確保することの意味合いを、今一度考える必要があるのではないかと思う」

未来の食卓を守るために

私たちは、この2年余りの間で、新型コロナウイルス、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻など、歴史の転換点ともいえる事態に遭遇しました。

その中で、食料やエネルギー、さらには医薬品や半導体など、必要なものを必要なタイミングで確保出来るようにする「経済安全保障」の重要性を痛感させられてきました。

食料は、その中でも我々が日々生きるための源泉といえます。

品質の高い牛肉や豚肉、それに乳製品。
Made in Japanで安心して口にすることができていますが、土台となる飼料=エサが価格高騰によってゆさぶられ、「食」の不安定さが増しています。

将来、お金を出しても食べられないという最悪の事態に陥ることはないのか。未来の食卓を守るために、今夜のメニューから、日本の食のシステムに思いをはせることがまずは大事なのではないでしょうか。
経済部記者
渡邊 功
平成24年入局 
和歌山局から経済部
国交省や金融業界を経て、経済安全保障の取材を担当
社会部記者
永田 知之
平成22年入局
甲府局から社会部
司法や警察を担当し、現在はサイバー犯罪などを主に取材