迫り来る“食料危機” 日本や世界の食はどうなる?

迫り来る“食料危機” 日本や世界の食はどうなる?
いま、「食料ショック」が世界に襲いかかっています。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻に伴って小麦やトウモロコシなどの国際価格が急騰。日本では主な食品や飲料メーカーがことしに入ってすでに値上げしたか、今後値上げする予定の商品が1万品目以上に上ることが分かり、家計の負担は重くなるばかりです。

さらに干ばつや内戦の影響で食料不足に悩まされてきたアフリカや中東では、食料危機がよりいっそう深刻になっています。

紛争や貧困で苦しむ子どもたちの命をつなぐ支援の現場にまで及ぶ、食料価格高騰の暗い影。日本や世界で広がる“食料危機”の現実です。
(ネットワーク報道部記者 柳澤あゆみ/国際部記者 田村銀河)

“食品値上げの夏”負担ずしり

小麦粉にパン、カップラーメンやハムに清涼飲料など。

私たちが日々口にする食品や食料の値上げラッシュが続いています。

信用調査会社、帝国データバンクは、国内の主な食品や飲料のメーカーを調査しました。

6月1日時点でことしに入って値上げしたか、今後値上げする予定の商品の数はあわせて1万700品目余り。

値上げ予定の商品は6月から8月だけでおよそ5000品目に上って「値上げの夏」になりそうだというのです。

ロシア侵攻で価格高騰に拍車

食品や飲料の値上げの原因はさまざまです。

去年から原料となる農産物が、天候要因や需給ひっ迫などで価格が上昇傾向にあったものも数多くあります。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻はこの上昇に拍車をかけました。

こちらをご覧ください。
ロシアの軍事侵攻前、2月1日から6月15日までの期間の小麦とトウモロコシの先物価格の推移です。
小麦は最大73%、トウモロコシの先物価格は最大32%上昇しています。

ウクライナ国旗のシンボル、小麦は…

ウクライナの青と黄色の国旗は、青空と小麦畑を象徴していると言われています。
それもそのはず、ウクライナは小麦の輸出量が2020年で世界第5位の小麦大国なのです(FAO=国連食糧農業機関)。

しかし、ロシア海軍の艦隊が黒海の海上を封鎖し、ウクライナは小麦を輸出できない状況に追い込まれています。

南部の都市オデーサ。
地中海を経て中東へつながる黒海に面したウクライナ最大の港があり、世界の穀倉地帯とも呼ばれるウクライナからの穀物輸出の拠点となってきました。
しかし今、オデーサの港の倉庫には輸出できない小麦が積み上げられています。

ウクライナの農家や輸出業者などでつくる団体は、憤りを隠せません。
ウクライナ穀物協会 ミコラ・ゴルバチョフ会長
「ウクライナへの侵攻が始まる前は98%を黒海に面する複数の港から輸出していました。今は黒海の港が封鎖され、以前の5分の1程度しか輸出できません。船の代わりに列車やトラックなど陸路で運びだそうとしていますが、穀物を運ぶ容器の不足や設備面の問題もあって、輸出できる量に限りがあります」
7月中旬に収穫を迎える中部ジトーミル州の穀倉地帯には鮮やかな緑色の小麦畑が広がっていましたが、海上封鎖で輸出ができないことし、収穫後にどうするかは決まっていないといいます。
国内の在庫があふれ、値もつかない状況だと、農家は肩を落としています。
ウクライナの農家 ミコラ・シャンさん
「いまの(国内の)穀物価格は安すぎてどう取り引きすればいいかわかりません。去年収穫したものが売れ残っているため、今後の生産に向けた資金もないのです」
一方、軍事侵攻しているロシアも大農業国です。
小麦の輸出量は世界1位、トウモロコシは世界11位です。

世界からの経済制裁の影響でロシアからの輸出が減っていることや、ロシアがみずから食料や肥料の欧米諸国への輸出を制限していることも、世界の穀物の価格の高騰に拍車をかけたとみられています。

侵略が食料危機を引き起こす

ロシアによる侵略行為は、もともと干ばつなどの影響で食料不足に悩まされてきたアフリカや中東で、深刻な食料危機を引き起こそうとしています。

食料支援が半分に

「小麦粉がなければ、眠ることもできません。どうやって食べ物を家に持って帰ればいいのか、途方に暮れています。安全というのは、戦争から離れて安心できるということだけではなく、家に、家族と子どもたちを飢えから守るための食べ物があるということでもあるんです」
こう話すのは、内戦が続く中東のイエメンのキャンプで暮らす男性です。
3年前、戦禍を逃れてこのキャンプにやってきました。家では、2人の子どもたちが待っていますが、日々の食べ物は、WFP=世界食糧計画の支援に頼るしかありません。

WFPは、その食料支援のための小麦の輸入をロシアやウクライナに頼ってきました。
ウクライナ侵攻の影響で、別の国から小麦を確保する必要に迫られているうえ、穀物価格が高騰。もともとの資金不足もあり、食料支援を減らさざるを得ない状況に追い込まれています。

イエメンでWFPの食料支援を受けているのは、約1300万人。
このうち500万人は、食料不足で死者が出る事態である「飢きん」に陥る寸前の状態にあるとして、これまで優先的に食料を配ってきました。
しかし、今月から、配る食べ物の量を半分以下に減らさざるを得ませんでした。
残る800万人も、本来配るべき食料の25%しか支援できていないといいます。
WFPイエメン事務所 リチャード・レーガン代表
「私たちには食べ物を必要とする人たちを支援する義務がありますが、この環境ではとても難しいです。一部の人の支援を減らした分で、とても飢えている人へ食べ物を回していますが、支援を大きく減らされる人とそうではない人の差はとてもわずかです。簡単に決められるものではありません」
「私がイエメン国内のクリニックを訪れた時、今にも死にそうな子どもたちがいて、再訪した時には食べ物がなくて亡くなったと聞かされました。人道上の大惨事が、ここでは起きているのです」

栄養失調の子どもたちさえ…

たび重なる干ばつで深刻な食料危機に見舞われている東アフリカのソマリア。

やせ細り、命の危険がある深刻な栄養失調の子どもたちに与えられるのが、すぐに食べられる「栄養治療食」です。
ピーナッツや油、砂糖、粉ミルクなどからつくるペースト状の高栄養食で、常温で保存ができパッケージを開けるだけで食べられることから、多くの支援現場で活用されてきました。
こうした栄養治療食を必要とする子どもたちのうち、十分な栄養を取れず、身長に対して体重が少なすぎるため免疫機能が低下している状態を指す「重度の消耗症」の5歳未満の子どもは、世界で1360万人。

この年齢層の死亡例の5件に1件は重度の消耗症に起因していて、適切に治療できるかどうかは生死に直結します。

しかし、原材料に含まれる油の価格が高騰。
治療食の価格はすでに16%上昇しました。

ユニセフは、今のままでは、50万人を超える子どもたちが命の危険にさらされると危機感を募らせています。
ユニセフ ジェームズ・エルダー広報官
「最大の懸念は、飢きんが起きるのではないかということです。たくさんの子どもたちが亡くなるでしょう。途上国にとっての「パンかご」だったウクライナとロシアで紛争が起きたことで、何の責任もなく最もぜい弱な子どもたちに、深刻な影響がのしかかっているのです」

食料危機が国際政治の分裂に…

長期化が懸念される食料危機。

食料安全保障に詳しい専門家は、しわ寄せが特に発展途上国に来ていると分析しています。
イギリスの王立国際問題研究所 ティム・ベントン調査部長
「新型コロナの影響で世界中で需要と供給の不均衡からくるインフレが発生し、各国が国民を養う余裕はあるのだろうかと考えていたところに、ウクライナ戦争が起きました。
食料の価格が上がっても、裕福な国は穀物を買い続けることができますが、貧しい国は普段から食料を買うのに苦労をしていたため負担がさらに大きいうえ、人道的援助も高額になり、より苦しむことになるのです」
ベントン氏は2010年に起きた食料価格高騰を例にあげ、国際政治をより複雑にし、大きな分裂を生んでしまうおそれがあるのではないかと警告しています。

ベントン氏が指摘する2010年の価格高騰。
この夏、ロシアやウクライナなどでは、記録的な猛暑によって干ばつの被害が拡大。
小麦や大麦、トウモロコシなどの穀物の生産に大きな影響が出たことで、輸出の禁止や制限をかける動きが相次ぎ、国際的な取り引き価格が高騰しました。
中東や北アフリカでは、食料の値上がりに抗議するデモやパンを求める暴動などが相次いで発生し、それまでの政権への不満とも相まって、アラブ諸国で反政府運動が広がるきっかけの一つになったという指摘も出ています。
イギリスの王立国際問題研究所 ティム・ベントン調査部長
「2010年の価格高騰は、いまと同じような地域で収量が途絶えたことで発生し、その後、多くの国で暴動につながりました。この暴動が『アラブの春』を引き起こし、中東の地政学的な再構築と、地中海を渡ってヨーロッパに流れ込む移民の増加を招きました。

さらに、多くの移民が押し寄せたことで、ヨーロッパ内の政治が変化し、ポピュリズムの台頭につながりました。イギリスのEU離脱など、ヨーロッパでの現在の緊張関係は、今日われわれが目にするのと同じような問題への反応として、この10年の間に生じたものです」
ベントン氏は、食料価格の高騰は当面続くだろうと予想しています。

さらに、今後もロシアが欧米諸国との対立を深めることで、経済ブロックがかつての冷戦期のように、東西に真っ二つに分かれてしまう危険性もあるといいます。
「この戦争がエスカレートすれば、少なくとも多国間の協力的な世界が、東側と西側の2つのブロックに分断されると見るのが妥当でしょう。これは単に目の前の危機にどう対処するかというだけの話ではありません。何年も先まで影響する、重大な変化が起きているのです」

当たり前の「食」 そうではなかった

日頃、気にすることなく、おいしく食べていた食品が次々と値上がりしたり、商品棚から消えてしまったりする。

当たり前だと思っていた幸せが実は今回の食料ショックで当たり前ではなかったことに気づかされます。

アフリカや中東では生命の危険すら迫っています。

世界はこの危機にどう対応すべきなのか。

すぐに解決してくれる魔法のつえはありませんが、国の観点からは各国が「自給率の向上」や、「輸入先の多角化」といった食料安全保障を強化することがより重要になってくるでしょう。

私たち消費者の視点からはまず、複雑になった食料供給や流通の仕組みを理解し、少しでもムダをなくす意識の変革が求められているのかもしれません。

※日本や世界が直面する食料価格高騰や食料不足。危機の現状をさまざまな視点から描き、「食料ショック」シリーズとして今後も随時連載していきます。
ネットワーク報道部 記者
柳澤 あゆみ
2008年入局
秋田局、石巻報道室、国際部、カイロ支局などを経て2021年から現所属
国際部 記者
田村 銀河
2013年入局
津局、千葉局を経て2018年から現所属