「本当に繰り返されるかも」核廃絶訴える被爆者 今思うことは

「ヒロシマ・ナガサキの過ちを繰り返してはいけない」

“生き地獄”とも言われる原爆による想像を絶するような被害を見た被爆者たちは、77年にわたって世界に訴えてきました。

いま、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続き、プーチン大統領は核兵器の使用の可能性をちらつかせて威嚇しています。国連のグテーレス事務総長は「かつては考えられなかった核兵器を使った紛争がいまや起こりうる状況だ」と強い危機感を示しました。

唯一の戦争被爆国、日本だからこそ伝えられるメッセージを紹介するシリーズ。
3回目は、長崎の被爆者の声です。

日本被団協事務局次長 和田征子さん

和田征子さん、78歳。
1歳10か月のときに長崎で被爆しました。

日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会の幹部として世界各国で証言活動を続け、ことし1月にはNPT=核拡散防止条約の再検討会議で被爆者を代表してスピーチする予定でした。

しかし、新型コロナウイルスの影響で会議は延期。
その間にロシアがウクライナへの軍事侵攻に踏み切り、プーチン大統領は核兵器に言及して威嚇を繰り返しています。

核兵器廃絶を訴え続けてきた和田さんに、今の思いを聴きました。
※以下「」は和田さんのコメント

ウクライナ侵攻「『人間の罪深さ』感じた」

2月24日、ロシアがウクライナに侵攻しました。今の世界の状況をどう感じていますか?

「最初にニュースを聞いたとき『人間の罪深さ』を感じました。
怒りももちろんあるけれども、悲しかったというか、怖かったというか。
そして、ユネスコ憲章の前文にあるとおり、『戦争は、人の心の中で起こるものだ』ということを思いました。
プーチン大統領はこの戦争の大義を言いますが、それは大義でも何でもなくて彼の野望にしかすぎないと思います。
戦争というのは、人を殺し、殺されることが前提で、それをひとりの人間の思いで始めていいのか、他の人の命をこんなにも軽々しく扱っていいのかと、絶対にこれは許せないことだと強く思いました」

核兵器使用の懸念「私たちの声は届いていないのか」

プーチン大統領は核戦力を念頭に抑止力を特別警戒態勢に引き上げるよう命じ、核兵器が使われるかもしれないと懸念が広がっていることについては?

「『私たちがやってきたのは何だったのか』という思いです。

被団協ができてから66年、被爆から数えて77年になろうとしています。
その間、私たちは、核兵器がもたらすものの怖さをずっと伝えてきたわけです。
日本だけではなく外国にも出かけていって、何回はねつけられてもとにかく諦めずに『みずからを救うとともに、私たちの経験を通して人類の危機を救うんだ』という思いで、私たちはずっとやってきた。
そしてやっと、核兵器禁止条約という国際法ができたわけです。
(注:核兵器の使用や開発、保有などを禁じる条約。2021年1月22日に発効した)

にもかかわらず、今このような状況になっているということに『私たちの声は届いていないのか』と思いました」
「核兵器禁止条約ができたとき、みんな本当に喜んだんです。
もう、平均年齢が84にもなる被爆者たちが『本当に生きていてよかった』『頑張った甲斐があったね』という思いで。
私の中のイメージでは、大きな鉄の扉が、さび付いた鉄の扉が“ギー”と音を立てて少し開いたという、本当にそんな感覚がしたんです。

だけど、少し扉が開いたと思って中をのぞいてみたら、そこには巨大化する軍備がありました。
そして、毎日、毎日、新しくなっていく核兵器などの兵器の数々がありました。
そのことに私は、暗たんたる思いがしました。

プーチン大統領も、日本を含めたほかの政治家たちも、みんな被爆の実相をわかっていないと、つくづく思います。
だから、私たちの取り組みはまだまだ足りなかったのかという思いです。

私は、自分の証言が足りないものだと十分にわかっているんです。
被爆当時1歳10か月で何も覚えておらず、母から聞いたことしか話せないですから。
それでも、やっぱり話さなきゃいけないのかなという思いを、今、強くしています」

非核三原則の見直しめぐる発言「被爆の実相が知られていない」

ウクライナ情勢を受けて、日本でも、アメリカの核兵器を同盟国で共有して運用する政策や、非核三原則の見直しをめぐって発言が相次いでいます。
唯一の戦争被爆国である日本で、こうした声が上がっていることをどう感じていますか?

「無知だと思います。被爆の実相が知られていない。

政治家たちは『議論をタブー視してはならない』と言いましたよね。
タブーなんです。
私が、プーチン大統領やほかの政治家たちに言いたいのは『もし、核兵器が使われるようなことになったら、あなたも死ぬのよ』ということです。
『核戦争で誰もいなくなった世界に、あなただけが立っておくんですか』ということです。
それを想像してほしい」

「被爆は過去 それが本当に繰り返されるかもしれない」

新型コロナウイルスの影響で繰り返し延期されたNPTの再検討会議が、ことし8月に行われることが決まりました。
1月に行われるはずだった会議で、和田さんは被爆者を代表してスピーチする予定でしたが、そこから2か月で世界の状況が一変してしまいました。
今、改めて訴えたいことは何でしょうか?

「プーチン大統領の核をめぐる発言によってみんながびっくりしたわけで、少しは『核兵器は使っちゃいけない』という思いを持ってくれたかなと思うんです。
だから今、核兵器が使われたらどうなるかということを、改めて強く発信しなきゃいけないと思っています」
「私にできることは、核兵器のおそろしさを皆さんに知ってもらうということしかないんですが、発言する思いは今までとは少し違っています。
これまでは、被爆は過去にあったことで、だから繰り返しちゃいけないよと言っていましたが、今はそれが本当に繰り返されるかもしれない、瀬戸際まで来ているという思いがあります。
だからこそ、発言する思いというのも違ってくると思います。」
1月に予定されていたNPT=核拡散防止条約の再検討会議のために、和田さんが準備したスピーチ。
その中に、次のような一節がある。
原爆をつくった者がいる、それを使った者がいる、そして、その威力や結果を喜んだ者がいる。

許せない思いがありました。

しかし被爆者は、それに対して報復を願ったことはありません。

仮にも核兵器が、意図的であれ、偶発的であれ、三たび使われることになれば、その結果を喜んで見届ける者は、もはやいないと被爆者は知っているからです。

すべてがなくなった原子野で、国力や地位や名誉を誰が誇ることができるのでしょうか。

抑止のためで使わないと言いながら作り続ける核兵器は、人類の負の遺産に他なりません。

核兵器による力は正義ではありません。

この一節に込めた思いは...

核兵器をめぐる世界の状況は一変しました。
この一節に込めた思いは、変わりましたか?

「被爆者は『自分たちと同じ経験をしてもらいたくない』という思いだけで、今までやってきました。
もちろん個人的には、原爆を落としたアメリカを憎いと思った人はいると思います。
でも、それも克服して乗り越えて、やるべきことをやらなきゃいけないと思って、被爆者は今まで頑張ってきたんです。

だからそれを考えると、核兵器は絶対に使われてはいけない。
被爆者がどんな思いで頑張ってきたかということを、改めて皆さんに知っていただきたい。

証言できる人は、本当にいなくなっています。
1年ごとにじゃなくて、1か月ごとに少なくなっていて、本当に時間との戦いです。

だからこそ、今、声を上げなければいけないと思っています」