第2回「デジタル時代のNHK懇談会」議事録

3.「公共放送の特質と存在理由」(長谷部座長代行説明)(資料3)

長谷部座長代行  ご注文ですので、前座ということでいくつか論点を提示させていただきます。「公共放送の特質と存在理由」という、A4一枚のレジュメを用意させていただいています。
 学者の迂遠な議論ということもありますが、私がこれから申し上げますのは、今まではこういう形で理解をされておりましたということです。ですから現在は状況が変わっているのではないか、あるいはこれから技術の進展、世界の変化でこういう議論は少なくとも部分的には成り立たないのではないかという点も、多々ありうる議論であるという条件の下でお話させていただきます。
 1,2,3と大きく項目が分かれていますが、最初の「公共放送に広く見られる特質」という点はお読みいただければお分かりになると存じます。必要であれば後から補足をさせていただきますが、2の「公共放送の存在理由」からご説明を始めます。
 これは公共放送という、広告料なり有料放送での視聴の対価を財源にしない、言い換えますとマーケットを基盤としない放送のサービスがそもそもなぜ必要なのか、これはどう理解されてきたかという議論です。
 日本に限らず、多くの国では広告料を財源とする放送サービスは非常に多いわけです。視聴者にとっては、ただで放送を見られる、テレビの番組を楽しめるわけですから、大変都合がいいサービスでもあります。 ただで放送サービスをすることについては、理論的な根拠があります。と申しますのも、放送サービスは通常のマーケットで取引されるものとは少々違って、いったんサービスを開始すると、学者が言うところの限界費用、新たに視聴者が加わったときに、放送事業者に余計にコストの負担がかかってくるかというと、そういうことはありません。新たに視聴者がテレビを購入してスイッチを付けたからといって、そのことによってテレビ会社に余計にコストがかかるかというと、そういうことはありません。
 そういうときに、経済学の教科書を見ると、物の値段、サービスの価格というのは限界費用と一致させなくてはいけない。そのときに資源はもっとも効率的に分配されるということですから、放送サービスについては、価格はゼロ。視聴者にはただで配分するというのが基本でなければいけないということになります。
 とは申しましても、テレビ局を作るのにも、鉄塔を作るのにもお金がかかるわけですから、そのコストはどうやって捻出するかということになりまして、そのために考え出されているビジネスモデルが広告料を財源にするというビジネスのやり方です。
 これはたとえて言いますと、ここでは商品というのは視聴者になっています。番組をエサにして、視聴者を集めて、視聴者を広告主に売るというビジネスです。だからこそ、エサである番組というのはただで提供されるという話です。
 こうなりますと、確かにただで番組は提供されて、それなりに都合のよいところはありますが、何しろそういうビジネスですから視聴者の要望、ニーズに細やかに応えていこうという形のサービスにはなりにくいところがある。やはり、どちらかといえば安上がりで、多くの視聴者を集められるような番組作りに向かうというインセンティブが働きがちです。
 制作費が高くつくし、それに見合うような広告料が得られそうもない番組はなかなかこのモデルの中では提供されにくいということになります。
 次に考えられるのは、有料放送サービスを設定すればいいではないかということになります。有料放送サービスのもとにおいては、非常に強いニーズを持っている、こういう番組については、私はお金をたくさん払っても見たいという視聴者のニーズに応えるような番組サービスが、新たに登場するという可能性が出てきます。ただ、有料放送というのは、あたりまえですが、提供する対象が限定されます。お金を払った人だけに提供することになりますから、それに応じた番組の中身の限定も出てきがちです。
 たとえばオリンピックのような、多くの人が見たい、しかしそれを放送するために多くのコストが掛かる、というような番組については、有料放送で特定の人にだけこれを放送しようということは、やりにくいということになりますし、あるいは報道番組でも、たとえ質の高い、制作費もたくさん掛かるような報道番組でも、少数の人だけに提供すればいいのかということになりますと、そういう話ばかりでもないだろうということになります。
 したがって、こういうマーケットを基盤とする放送サービスだけでは、どうしても足りないところが出てきそうだと。どこが足りなくなってくるのかということですが、それを標語的に申し上げているのが、そこに書いてあります「基本的な情報の提供」です。 これは放送だけではなく、マスメディア全体について要望されるサービスなのかもしれません。人が個人として、市民として、日々生きていくために、みんなで分かち合っていくべき情報があるのではないか。
 報道、あるいは教養に限らず、娯楽に属するような番組に関しても、やはり多くの人が知っておくべき、分かち合うべき情報というのは世の中にあるはずでして、そういうものをより公平な形で、政治的に偏ることなく、しかも様々な階層、子供からお年寄りまで様々な視聴者の方に等しく公平に情報を伝えるという意味では、公共放送を作っておく、そういう存在意義があるのではないかという話です。
 もう少し噛み砕いたつもりで、その下に説明を書いてありますが、世の中にはいろんな考え方、いろいろな境遇の人がいるわけですが、そこでそれぞれの人が自分らしく生きていくために必要な情報。社会全体で、最終的には政治的にということになりますが、統一して決めるべきことについて、みんなで自由に討議して、決定するために必要な情報というのがあるはずで、それを社会全体にフェアな形で提供する放送サービス。それを実現するには、民間放送に加えて、公共放送がぜひ必要になってくるのではないかということです。
 そうしますと、先ほど梶原委員からもご指摘のあったことですが、それにふさわしい財源というものが出てくるはずだと。つまり、特定の政治勢力、ときの政府といったものから独立していないといけない。それから民間放送に加えてわざわざ公共放送を作るわけですから、マーケットの力からも独立をしていないといけない。それからサービスを送り出す相手方、サービスの中身についてもユニバーサル、普遍的なものでないといけない。
 そういったものにふさわしい、しかも安定した財源、そういったものはなんだろうかということになって、今までNHKは、そういった財源として何を備えてきたかといえば、受信料だということになります。
 これについては、法律の性格付けがありまして、平たく書きますと税金ではない。視聴に対する対価でもない。では何か。これは「NHK運営のための特殊な負担金」だということですが、「特殊な負担金」自体に意味があるのではないわけで、むしろ、「何でない」か、ということに意味があります。
 税金ではないんだと。あるいはサービスに対する対価でもないんだ。そうではなくて、公共放送の財源として、ふさわしいお金として、NHK運営のためにいただいているのだという性格付けです。
 現在の法制度の下におきましては、放送法の32条で、テレビ受信機を設置した方には受信契約を締結する義務があるということになっていますし、これはさきほどご議論がありましたが、受信料の額というのは、毎年のNHK予算は国会が承認することではじめて決まる。言ってみますと、つまるところは国会の予算の承認がないと受信料は取れないという仕組みになっています。ところが他方で、受信契約を締結しないからといって罰則があるかというと、これはありません。契約であるということからくる点もあります。ほかにもおそらくいろいろな背景があるはずです。
 これについては、当然のことながら、ほかの財源の可能性、広告を導入する、あるいは目的税、あるいは政府から補助金をもらったらどうか、あるいは番組単位の有料放送はどうかという、そういう可能性も、今までもいろいろ議論はされていますが、公共放送の財源として果たしてふさわしいかということになると、それぞれ問題があるのではないかという議論になってきています。他方で、受信料を財源にしようということになったからといって、従来のままの受信料制度で本当にいいのかということも問題です。
 今まではこうだったということでして、状況の変化、技術の進展に伴って、もちろんいろいろ考え直していかざるを得ないこともありうるという問題の提起です。

辻井座長  ありがとうございました。公共放送のNHKの役割等につきましては、前回も数名の方からいろいろご意見をいただいていて、このまとめ資料1にもありますように、国民の意識レベルの向上につなげるとか、そういったご意見はございますし、前回は笹森委員、新開委員、長谷部先生、山内委員、吉岡委員、山野目委員等々からのご意見もいただいていますが、今の説明をいただきまして、5分ばかり議論していただければと思いますが。

梶原委員  経済学的アプローチも大事で、非常に適切な公共財としての公共放送のいいご指摘だと思いますが、我々生活の現場から、体験的な行政学的なアプローチをしますと、「公共」というのは一体何かということです。従来は「パブリック」というと、国だ、自治体だという、お上だという意識が強く、実際、政治行政の実態からして、そういうふうに「公共」を扱ってきたのです。
 それではもう通用しなくて、たとえば道路を作る計画を、上から押し付けても地域住民は納得しないのです。「当事者主義」と称して、道路計画、ルートを皆さん自分で考えてくれと、放り投げたところ、毎週日曜日に集まってかんかんがくがく議論して、素晴らしい計画ができたのです。障害者のためにどう配慮したらいいか、そういうところまで。
 当事者とは誰かと言うと、道路を使う地域住民です。本来、「パブリック」というのは「お上」ではなくて「大衆」という意味にむしろ近いのです。ですからトップダウン的な「公共」ではなくて、ボトムアップの「大衆」が中心でなくてはいけない。時代は「お上の公共」から、「大衆の公共」に現実的に移行している。ということを考えると、公共放送というのは、受信者というパブリックが、「パブリック」の意味だというように考えていかなければいけないと思います。
 長谷部先生がおっしゃった、必要な情報を共有していく、それに付随して共通性という概念が引き出されていくのではないか。いわゆる本来の意味の「パブリック」から発想していくことが必要ではないかと思います。

金澤委員  梶原委員の考え方は非常に新しくてそのような考え方もあろうかと思いますが、従来はどう考えていたかと言うと、「受信者は国民である」「国民総体が受信者だ」と考えていて、国民の意見を、広い意味でのNHKのガバナンスの話にも関わりますが、国民が最終的にNHKの経営をどうするかを判断すべきだということから、国民の代表である、国会による承認行為というのが入っているわけです。
 もう一つ、NHKを運営するための「特殊な負担金」というのは、臨放調(臨時放送関係法制調査会)の中での表現で、よくわからない表現ですが、一般的に私が考えていますのは、NHKは、戦前は社団法人だったわけですが、一つのクラブ組織といいますか、全国民を対象とするクラブ組織があって、その受信者はここの会員として、クラブの会費を払っているというような考え方で、法制局とも何度か議論したときに、「特殊な負担金」とは、そもそもそういうものではないかという議論もありました。
 国民イコール受信者、国民総体が入ったクラブ組織というにしても、国民が受信者だという論理ですべてが展開されていて、市民団体的に下からガバナンスを考えていくというよりも、一つの影響力を持つ団体として、また、意見を吸収する団体として、いろいろな団体を位置づけていくということではないかと思いますが。

梶原委員  金澤さんのお話に関連しますが、結局、受信者を代弁していくシステムが国会しかなかったということです。先ほど申し上げたように、デジタル技術が出てきて双方向性という新しい展開ができるとなると、国民と言ってもいいですが、あるいは受信者と言ってもいいですが、そういう人たちが自らガバナンスができるという可能性が出てきたのです。
 いつまでも国会に依存していたのでは、予算を決めてもらわなければいけないので一生懸命根回しに行って、叱られたりして、また問題が出るということになる。国から税金は、20億円ぐらいしかもらってない。そのくらいしか金を出さないのに、そうでかい面するなと。全部税金でまかなってくれるならいいですが。そのへんの責任体系があいまいになっているところに、根本的な問題があるのです。誰が責任を取るのか。国会が責任取るかというとそうでもない。いろいろいちゃもんをつけることは一生懸命おやりになるけど、責任を取ることについては全然聞いたことがない。 50年前の放送法の体系は、このへんで大幅に見直しをすべきではないかと思います。メンバー制のクラブであればそういうふうにもっていくべきであって、今、受信料を払わなければ罰金だといったら大変な騒ぎになります。その前提として、我々のNHKだという意識が醸成されるような仕組みを作らなければいけないと思います。
 確かに今の制度はそうだけれども、そのこと自体を根本的に問い直さなければいけないと思います。

吉岡委員  質問ですが、長谷部さんの「公共放送の特質と存在理由」のご説明の中に、「内容の普遍性」という項目があって、「多様な番組を、政治的に偏ることなく、かつ、論争点は多角的に解明する」とあります。また3番目の「公共放送の財源」については「政治からの独立」「市場からの独立」を果たすための財源を考える必要性を指摘されています。 情報学のご専門家に対して伺いたいのですが、この場合の「政治的に偏ることなく」というのは、この間のNHKの問題にも深く関わることだと思うのですが、放送局全体として「政治的に偏ることなく」ということなのか、あるいは番組一つ一つについて「政治的に偏ってはならない」ということなのか。情報学とか放送という分野において、「政治的な公平・中立性」とは具体的に何のことを言ってきたのかという、議論を紹介していただければと思います。

長谷部座長代行  ありがとうございました。資料として、「放送法」の抜粋というのがついていまして、そこで3条の2という、「番組編集準則」に関する規定が引用されています。そこの第2項で「政治的に公平であること」、第4項で「論点は多角的に解明せよ」という、これが条文上の根拠になりますが、NHKだけではなくて、すべての放送事業者に要求されています。
 その際、政治的な公平性は、吉岡委員のご指摘の点は、少なくとも学者の議論としては、個々の番組で入っていなくてはいけないということでは必ずしもないのであって、一連のシリーズになっているときに、ある週は、この特定の観点、次の週は別の観点というかたちで、次々に放送して、番組のシリーズ全体としてバランスがとれていればそれでいいではないかというのが、おそらく多くの人が考えているところだろうと思います。
 ただ、NHKの場合は、普通の放送事業者より、バランスのとり方について、より高度の配慮が必要になってくるのではないか。と申しますのは、金澤委員のご指摘の通り、テレビを設置した以上は強制加入のクラブということになるわけです。入りたいと思わない人も入ってくださいというクラブですので、そうだとすると、入りたい人だけが入っているクラブではなくて、いろいろな人がいるというクラブで、そこからお金をいただいて運営が成り立っている以上は、普通の一般の放送事業者よりは、バランスのとり方については配慮が必要になるだろう。そこがレジュメの2でいうところの「ユニバーサルサービス性」が多少強化されているというお話です。

小林委員  最初に、梶原さんが、受信料の問題が現在表面化して、それに対してどうしたらいいのか、一番切迫した問題ではないかということと、それに絡んで、受信者中心に物事を考えていきたいというのは、その通りだと思いますし、それから、今、お話のあった、「公共」ということが、「パブリック」が、かつて日本では官の独占物のようなものであったという指摘は、その通りだと思います。
 ただ、一方で第1回のまとめのところに、BBCの話がありましたが、必ずしもどっちが優れているというのではありませんが、ただクラブについてのあり方、クラブのメンバーとして、どういう義務と責任を負うのかということが、カルチャーの一部になっている点では、英国というのは日本に比べれば、あるいは他の国に比べれば成熟した一つの社会だと思います。
 実際にBBCも公共放送として、「パブリック」の問題についても、あえて誤解があってはいけないので、日本が低くて向こうが高いというのではありませんが、明らかにそういうセンスというのは、非常に広く浸透しているイギリスの社会でのBBCの現在のあり方と、NHKが今までやってきて、こういった問題が起きているということと、具体的にどういう違いがあって、今のような現象が起きているのか。
 今まで何回か他のところでも議論されて、新聞にも出て、あえて罰則を云々という話もあるので、今日でなくても、わかりやすいレベルで比較という意味合いで全体を示していただきたい。

辻井座長  前回も、「官から民への移行を進めた英国で、何故BBCが公共部門に残っているかを考えると、公共放送が何か明確になる」というご発言もありましたが。

長谷部座長代行  今の点、簡単に2点だけ申し上げますとBBCとNHKとの違いは、一点は先ほどの梶原委員のご指摘とも関連するのですが、BBCについては予算について国会の承認という制度はありません。 それからもう一点は、BBCの場合は、受信許可料についての罰則の担保があります。この制度はどうなっているかと言うと、イギリスの場合は、テレビの受信をするためには受信許可というものを国からもらわないといけないことになっています。ですから受信許可なしにテレビを見ていると、そのことが犯罪になります。受信許可を取るためには受信許可料を払わなくてはいけませんので、間接的には受信許可料の担保ということになります。受信許可なしに受信をしているからというので、罰則がついている。そこが違っていることになります。

梶原委員  受信許可の条件はどういう条件ですか。金を払えばいいのか。

長谷部座長代行  ありていに申しますとそうです。要するに郵便局に行ってお金を払うと、そこでスタンプを押して受信許可がもらえる。

梶原委員  それ以外の要件はないわけですね。

長谷部座長代行  特にございません。

辻井座長  時間もないので、皆さんになるべく平等に発言していただきたいと思っていますが、公共放送の存在意義については、必要ないとおっしゃる方はたぶんおられないので、長谷部さんと私と事務局とで、こんな認識でどうですかというのを文章としてまとめさせていただいて、それで次回、お諮りしようかと思います。今日はもう少し、公共放送を中心に、受信料に話がいってもいいですが、時間の節約の意味で、一応、そういう流れで議論をいただければと思います。

                                                                         
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