NEW2021年08月20日

「社員全員に接種を求める」決断が問いかけるものとは?

新型コロナウイルスのワクチン接種をめぐり、外食大手が国内の社員全員に接種を求める方針を固めました。希望者の意思に基づくとされるワクチン接種ですが、コロナ禍からの早期回復を目指す飲食業界が打ち出した強い措置は、接客を伴う幅広い業種で、今後論議を呼びそうです。経済部の茂木里美記者、教えて。

「社員全員に接種を求める」ということですが、具体的にはどういう対応なのですか。

茂木記者

外食大手の「ワタミ」が、ワクチン接種をめぐり新たに打ち出したのは、大きく2つの方針です。

1つは、国内の社員およそ1500人全員に、新型コロナウイルスのワクチン接種を積極的に行うよう求め、本人が望まない場合には、定期的にPCR検査などを受けて、陰性であることを証明してもらうというものです。
もう1つは、接種を終えたり陰性が確認されたりした社員について、客が分かるようマークなどで明示する仕組みの導入です。

ことし11月から一部の店舗で開始し、将来的にはグループのすべての店舗に広げるということです。

会社側はなぜ、こういう強い措置を打ち出したのでしょうか。

茂木記者

今回の方針についてワタミは「ワクチン接種が『即安全』という認識はしていないが、接種することで感染率が低くなり、お客様の安心につながるという思いから、こうした施策を実施する予定」とコメントしています。

ワタミの業績は、新型コロナの影響で、昨年度のグループ全体の売り上げが前の年度の3分の2に落ち込みました。
今年度も、6月までの3か月では営業赤字に陥るなど、厳しい経営環境が続いています。

「接種を強制するものではない」としながらも、一方で「長引く緊急事態宣言で飲食店への休業や時短要請解除の出口が見えない中、一日も早い安全・安心な飲食店の在り方について提言したい」とも説明しています。

今回、このような思い切った取り組みを打ち出すことで、企業活動の正常化を早期に進めたいねらいもあると見られます。

今回の対応、ほかの企業はどう見ていますか?

茂木記者

今のところ、国内の主な外食各社の間で、こうした対応に追随する動きは広がっていません。

ある大手居酒屋チェーンの関係者は「接種した社員がマークを付けると、接種していない人が客から非難されるおそれがある。接種したかどうかで従業員の間に溝が生まれる懸念もあり、働きづらい環境になることは避けたい」と話していました。

また、社員の接種状況を細かく把握していないとする企業も複数ありました。

一方、海外のサービス業に目を向けると、例えば、オーストラリアの航空会社は、グループ企業も含む社員全員にワクチン接種を義務づけました。

また、アメリカのIT大手、グーグルやフェイスブックも、オフィスで働く従業員にワクチン接種を義務づけています。

企業の判断で接種を強く求める動きは、日本より進んでいるようです。

コロナ禍からの回復を目指す企業の間でも、ワクチン接種をめぐる判断は分かれているんですね。

茂木記者

外食業界、特に居酒屋やファミリーレストランなど、店内での飲食をメインとしてきた業態では、緊急事態宣言が出されている地域で酒類を提供できない期間が長引くなど、厳しい経営状況が続いています。

各社ともテイクアウトやデリバリーに力を入れていますが、コロナ前の水準には、まだほど遠い状況です。

ワクチン接種といえば、接種を公的に記録・証明する「ワクチンパスポート」を、落ち込んだ個人消費の回復に生かそうという議論も活発になっています。

経団連など経済界は、ワクチンパスポートについて、国内の移動や活動制限の緩和などへの有効活用を検討するよう、政府に求めています。

ただ、言うまでもなく、ワクチン接種は希望者の意思に基づいて行うものです。
接種していない人が職場などで圧力や差別などの不利益を受けないよう社会の配慮が求められます。
アレルギーなどを理由に受けたくても受けられない人もいるからです。

コロナの感染拡大を抑えながら、経済活動を再開させる。

そのカギを握るワクチン接種との向き合い方に一石を投じた今回の外食大手の対応は、今後も論議を呼びそうです。