2023年2月24日
ウクライナ ロシア

ロシア 早期攻略の作戦はなぜ失敗?侵攻1年の戦況を検証

2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻。
ロシアはなぜ、早期の首都攻略に失敗したのか。
ウクライナの反転攻勢はなぜ、成功したのか。

最新の分析を交えてこの1年の戦いをまとめました。

(国際部記者 吉元明訓、後藤祐輔、横山寛生)

2月~4月:侵攻開始も早期の攻略に失敗

ウクライナ戦況地図
  • 2月24日
  • 4月3日

2022年2月24日、ロシアのプーチン大統領は「特別軍事作戦」を行うと宣言。ウクライナへの軍事侵攻を始めました。

プーチン大統領は「特別軍事作戦」の目的としてウクライナ東部2州の親ロシア派が事実上、支配している地域を念頭に住民の保護をあげ、ウクライナの「非軍事化」と「非ナチ化」を主張しました。

そして、「われわれの計画にウクライナ領土の占領は入っていない」とも述べたものの、ロシア軍は、ウクライナの北部・東部・南部の3方向から侵攻を開始しました。

軍事作戦実施を表明するプーチン大統領(2022年2月24日)

ロシア軍は、一気に首都キーウ周辺まで軍を進めたほか、3月中旬、ロシア国防省は、南部のヘルソン州全体を掌握したと発表しました。

しかし、ウクライナ軍の激しい抵抗で、3月下旬には首都キーウやその周辺での軍事作戦の大幅な縮小を表明し、首都の早期掌握は事実上、失敗した形となりました。その後もウクライナ軍は攻勢を強め、4月上旬にはキーウ州などの奪還に成功しました。

ロシアの作戦自体は成功だった?

「ロシアは当初、10日間で侵攻し、8月までにウクライナ全土を併合する計画だった」

イギリスのシンクタンク、RUSI=イギリス王立防衛安全保障研究所は侵攻開始から9か月となる11月に公表した報告書でこう指摘しました。

アメリカの複数のメディアも侵攻前の2月上旬、ロシア軍が大規模に侵攻した場合、首都キーウが2日以内で陥落するなどとするアメリカの情報機関の分析を伝えていました。

建物から女性を運び出す人々(2022年2月26日 キーウ)

RUSIは報告書で「ロシア軍の侵攻計画は詳細で、もし、この計画が適切に実行されれば、成功しただろう」と指摘。軍事的な観点からみると、計画自体は一般的に考えられているよりも成功していたと分析しています。

侵攻を成功させるため、部隊にぎりぎりまで役割を伝えず、情報管理を徹底。侵攻を開始する24時間前でも国境付近などに展開していたほとんどの部隊に命令が下されていなかったということです。

こうした作戦によってロシア軍の通信を傍受するなどしていたウクライナ側を欺き、ロシア側の侵攻の計画について誤った認識を与えたとしています。

東部ドネツク州を走行するウクライナ軍の軍用車両(2022年2月24日)

一方、ウクライナ側は、欧米諸国からキーウが戦場になると警告されていたにも関わらず、東部のドンバス地域が主戦場になると予測し、機動部隊の半分を配置していたためキーウ周辺が手薄になっていたと指摘。

ウクライナ側が、キーウ北のベラルーシ方面のロシア軍が陽動ではないと気づき、部隊の再配置を命じたのは、侵攻開始のわずか7時間前だったとしています。この結果、侵攻当初、キーウの北側では、ロシア軍の戦力はウクライナ軍の12倍に上り、圧倒的な優位を作っていたということです。

なぜ、首都攻略に失敗した?

当初、圧倒的な優位を作り出したにも関わらず、なぜ、ロシア軍の初期の作戦は失敗に終わったのか。

RUSIの報告書は、ロシア側の要因として▼「奇襲」によって逆に現場の部隊がそれぞれの役割を理解できていなかったこと、▼作戦の成功以外の結果を想定せず、修正を判断する方針がなかったこと、▼ウクライナ国民からの激しい反発を予想できていなかったことなどをあげています。

一方で、ウクライナ側は奇襲を許したものの、それぞれの現場の部隊が柔軟に対応し、戦術面で主導権を握っていたと分析しています。

欧米の軍事支援が防衛に寄与

ウクライナ軍のキーウ州などの奪還に寄与したのが、欧米からの軍事支援でした。

米軍 対戦車ミサイル ジャベリンの発射訓練

アメリカは、3月16日には対戦車ミサイル「ジャベリン」2000基を含む追加の軍事支援を発表。「ジャベリン」は、戦車などの装甲を貫通する強力なミサイルを標的に向けて自動で誘導する精密兵器で、兵士が肩に担いで発射できる高い機動性を備えます。

2018年にアメリカからウクライナへの譲渡が開始され、今回の侵攻では首都キーウ近郊などの市街戦でロシア軍の戦車部隊の脅威になったとみられています。さらにRUSIの報告書の分析では、キーウの占領を防いだのは砲兵部隊の集中砲撃だったとしています。

ゼレンスキー大統領が侵攻の初めの頃から、りゅう弾砲や砲弾などの供与をたびたび訴えてきたのはこうした背景があるとみられます。

奪還した地域で多数の遺体、停戦交渉に大きな影響

ロシアから奪還したキーウ近郊のブチャなどでは、数百人の住民の遺体が見つかり、一部に拷問など残虐な行為の形跡も確認されました。

国際社会からロシアの戦争責任を追及する声が高まり、侵攻開始直後から続いていた停戦交渉は事実上、行き詰まりました。

葬儀で泣き崩れる女性 ブチャ(2022年4月)

ウクライナ側は一時、新たな枠組みによって自国の安全が確保できれば、NATO=北大西洋条約機構への加盟を断念する「中立化」を受け入れるとして譲歩を示していましたが、態度を硬化。

代表団のポドリャク大統領府顧問も当時、「協議の進展は極めて困難だ。感情的な背景があって難しい」と述べ、交渉の進展は難しい状況となりました。

4月~7月:ロシア「作戦の第2段階」南部と東部で攻勢強める

ロシア軍は、4月20日に「特別軍事作戦」が第2段階に入ったとして東部のルハンシク州とドネツク州それに南部で攻勢を強めました。

激しい戦闘のすえ、ロシア軍は5月下旬には東部の要衝、マリウポリを完全に掌握しました。

要衝マリウポリの攻防と陥落

東部ドネツク州のマリウポリはアゾフ海に面し、石炭や鉄鋼の輸出で栄えてきた港湾都市。ロシア軍にとっては2014年に一方的に併合したクリミアとロシア本土を結ぶ線上に位置する戦略的な要衝です。

マリウポリのロシア軍兵士

ロシア軍と親ロシア派の武装勢力は、マリウポリを北東と南西の2つの方角から挟み撃ちにし、包囲網を狭めていきました。

RUSIの報告書では、このマリウポリの侵攻についてロシア軍は激しい抵抗を予想し「例外的に作戦が適切に遂行された」とする一方で、長期間にわたって激しく抵抗したウクライナ側について「防衛した部隊の並外れた勇気のたまもので、ロシア軍に大きな損失を与えた」と分析しています。

しかし、激しい戦闘の結果、市民には大きな被害が出ました。

イギリスの国防省は「無謀で無差別な攻撃を含む消耗戦に移行し始めた」と指摘。マリウポリのボイチェンコ市長はロシア側が市民の遺体を埋めた集団墓地の存在を明らかにし、数千人から1万人の市民が埋められた可能性があるという見方を示しました。

現在も詳しい犠牲者の数はわかっていません。

ロシア、圧倒的な砲撃で攻勢

さらに攻勢を強めるロシア軍は、7月3日に東部ルハンシク州の完全掌握を宣言しました。

RUSIの報告書は、この頃のロシア側の攻勢の裏に、両軍の砲撃の圧倒的な差を指摘しています。

ロシア軍が自走多連装ロケット砲を発射する様子

ウクライナ軍は、キーウ周辺を奪還した時期ごろから弾薬が不足し始めていたといいます。

ウクライナ軍の砲撃が1日に6000発を超えることがほとんどなかったのに対し、ロシア軍は多いときで1日に3万2000発を超える砲撃を行っていたということです。その上で、5月から6月にかけての東部ドンバス地域でのロシア軍の火砲の優位はウクライナの12倍だったと分析。

ロシアは、侵攻開始前に一方的に独立を承認したウクライナの東部2州の一部から集めた兵力を前線に投入し、多大な犠牲を出しながら少しずつ前進を繰り返したとしています。

8月~11月:ウクライナ反転攻勢 東部と南部を奪還

9月に入ると戦況が大きく動きました。

ウクライナ軍が大規模な反転攻勢に出て、上旬には東部ハルキウ州のほぼ全域を奪還したと発表。実はこの東部の反転攻勢には、ウクライナ側の巧妙ともいえる動きが指摘されています。

ウクライナ戦況地図
  • 9月5日
  • 10月4日

奪還のカギ①奇襲作戦

奪還に先立つ8月、クリミアのロシア軍の施設などで爆発や攻撃が相次ぎました。

さらにクリミアと隣接する南部ヘルソン州でもウクライナ軍がロシア軍の防衛線を突破して部隊の一部を後退させているという情報が伝えられるなど、当時は南部の戦闘に目が向けられていたのです。

アメリカのシンクタンク「戦争研究所」は「ロシア軍がハルキウ州など東部から、南部へ部隊を展開させたことで、ウクライナ軍はハルキウ州で反撃の機会を得たとみられる」と分析。

ロシア軍を南部に集中させることでウクライナ軍がいわば、東部で「奇襲」をかけた形でした。さらに反転攻勢を強めたウクライナ軍は、ハルキウ州の要衝イジュームに続き、10月に入るころには、隣接するドネツク州のリマンを奪還しました。

奪還のカギ②ハイマース

反転攻勢のもう1つのカギとなったのが、高機動ロケット砲システム=ハイマースです。

ラトビアでの軍事演習で使用されるハイマース (2022年9月26日) 

アメリカが最初に供与を発表したのは5月末で、これまでにあわせて20両が供与されています。供与されたハイマースは射程およそ80キロ、精密な攻撃が可能で、弾薬庫の破壊などで効果的に使われたとみられています。

ウクライナのポドリャク大統領府顧問は8月下旬、NHKのインタビューで「最小限の犠牲で領土を奪還するため、ロシア軍のインフラを重点的に破壊している。弾薬、燃料庫、戦術的な指揮所、物流拠点をできるだけ多くねらっている」と戦術の一端を明かしていました。

クリミア大橋で爆発 報復でインフラ施設に攻撃

10月8日、クリミアとロシア南部をつなぐ「クリミア大橋」で爆発が起きました。

「クリミア大橋」は、プーチン大統領の力を国民に誇示する象徴的な重要インフラで、ロシア軍にとって物資を運び込む上で戦略的に重要な補給路でした。

クリミア大橋で火災(2022年10月8日)

ロシアは、報復措置として首都キーウをはじめウクライナ全土にミサイル攻撃を実施。さらに、ロシア軍はエネルギーのインフラ施設などを標的にしたミサイルや無人機による攻撃を繰り返すようになりました。

アメリカの「戦争研究所」は、こうした攻撃によって大規模な断水や停電が発生しているとして、冬が迫るなか、ロシア軍がウクライナの市民に対して心理的な圧力を強めていると分析。

東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠さんは「一種の場外乱闘戦で、戦場で勝てなくなり始めたから戦場以外の場所でなんとか勝てるようにしようというものだ」と指摘しました。

南部ヘルソン奪還に成功

ウクライナ戦況地図
  • 11月8日
  • 11月12日

11月、ウクライナ軍は南部での反転攻勢を強め、ロシアが9月に一方的な併合に踏み切ったヘルソン州の中心都市、ヘルソンの奪還に成功します。

ヘルソン州は南部、黒海沿岸地域の戦略的な要衝で、ロシアからベラルーシ、ウクライナを縦断して黒海に注ぐドニプロ川の河口に位置していることから交通の要衝でもあります。さらに、ロシア側にとっては、クリミアの北に隣接し、輸送や水の供給を左右する重要な地域でした。

解放を喜ぶヘルソン市民 (2022年11月)

ヘルソンはドニプロ川の西岸に位置しますが、この川が攻防のなかで重要なポイントとなりました。

ウクライナ軍は川に架かる橋を破壊するなどして、ヘルソンにいるロシア軍への補給路を遮断。部隊が孤立するように反撃し、ロシア軍を川の東側に撤退させました。

このヘルソンの奪還は、南部の港湾都市オデーサなど、ロシア軍によるほかの都市への進軍を止めることにつながりました。この時も東部での反転攻勢と同じようにアメリカから供与されたハイマースが効果を発揮したとされています。

アメリカの戦争研究所は、中心都市ヘルソンの奪還を重要な勝利として指摘した上で「ロシアはドニプロ川西岸を拠点にウクライナへの侵攻を進めるためにこの重要な地域を保持することに固執していたが、ウクライナはハイマースを革新的に使用し、ロシアの補給網を混乱させた」と評価しています。

その上で、戦争研究所は、プーチン大統領が部隊に対して東部のドネツク州全域の占領を条件にヘルソンからの撤退を認めたと指摘。

分析どおり、これ以降、この東部を中心に一進一退の攻防が続いています。

12月~1月:戦況こう着、戦車の供与の動きに注目

2023年1月。ロシアは軍の制服組トップ、ゲラシモフ参謀総長を新たに軍事侵攻の総司令官に任命。

参謀総長が特定の作戦で指揮を執るのは異例で、ロシア側が指揮系統の立て直しを行い、大規模な攻撃に向けた準備を進めているという見方が強まりました。

戦車の供与の表明相次ぐ

この頃、大きな焦点となったのがウクライナ側が欧米各国に繰り返し求めていた「戦車の供与」です。

2022年12月にゼレンスキー大統領は、侵攻開始後、初めての外国訪問としてアメリカを訪れ、連邦議会での演説で「私たちの代わりに、アメリカの兵士に戦ってほしいと頼んでいるのではない。ウクライナの兵士はアメリカの戦車や航空機を扱うことができる」として供与を求めました。

ドイツのレオパルト2

その後、1月14日にイギリスが「チャレンジャー2」の供与を表明。このあと、ドイツが「レオパルト2」、アメリカが「エイブラムス」の供与を相次いで発表しました。

このうち「レオパルト2」は装備面で優れている上、NATO加盟国が多く保有しているため、各国からまとまった数の供与が期待でき、兵士の訓練や弾薬など確保も容易だという利点が指摘されていて、ウクライナ側が供与を強く求めてきました。

慎重なドイツ、アメリカの決断が後押し

もともとアメリカとドイツは、戦車の供与に慎重な姿勢を示していました。供与によって戦闘がエスカレートするのを避けたい思惑があったとみられます。

では、なぜ供与に踏み切ったのか。

そこには、アメリカの決断が後押ししたとみられています。ドイツが供与に慎重な姿勢を示すなか、ポーランドが自国が保有するレオパルト2の供与の許可をドイツに求めるなど、ヨーロッパの同盟国内で足並みが乱れ始めました。

アメリカ・オースティン国防長官(左)とドイツ・ピストリウス国防相が会談(2023年1月)

アメリカの政治専門サイト「ポリティコ」によりますと、アメリカとドイツの協議の中で、アメリカが供与を求めたのに対してドイツ側は「アメリカがエイブラムスを供与しなければ、提供しない」として応じなかったということです。

このため、バイデン大統領が最終的に「エイブラムス」の供与を決断したとしていて、ドイツの決定を後押しするとともに、同盟国の結束を図る狙いがあったものと見られます。

一方、欧米からの相次ぐ戦車の供与の表明にロシア側は強く反発。プーチン大統領は、第2次世界大戦でソビエトに戦車部隊を進めたナチス・ドイツになぞらえて強く批判しています。

ウクライナの軍事専門家、オレクサンドル・ムシエンコ氏は戦車の供与について「(戦局を変える)ゲームチェンジャーになる可能性がある。最も有効なのは南部での反転攻勢で利用することだ。ロシア側が掌握する南部の都市メリトポリとクリミアをつなぐ道を分断できる。そうすればロシア軍にとって大きな敗北になる」と指摘します。

今後の反転攻勢のカギは“量”と“スピード”

東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠さんは「ウクライナが反撃に出るためには欧米が軍事支援の規模とペースを大幅に拡大できるかが鍵を握る」と指摘。

小泉さんは、「ヨーロッパが戦車『レオパルト2』を200両送るとか、アメリカが『F16戦闘機』や地対地ミサイル『ATACMS』を出すとか、このぐらいまでやれば、ウクライナが2022年2月24日の侵攻開始時点のラインまで押し戻すことは、純軍事的には決して不可能ではない。ヨーロッパがどのくらいリスクをとってウクライナを支えるのか、政治的な覚悟の問題だ」と分析しています。

ロシア軍の実態については、NHKスペシャル「調査報告・ロシア軍 ~“プーチンの軍隊”で何が~」でも詳しくお伝えします。
放送:2/25(土)午後10:00~10:49
再放送:2/28(火)午前0:25~1:14 ※月曜深夜

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