2024年1月5日
台湾 中国 中国・台湾

台湾の人たちに破格オファー? 中国の台湾取り込み策の実態は

家賃は3分の1。
起業に必要な資金融資の利子を実質免除。
たくさんの人を誘致すれば、日本円で4000万円の報奨金…

相次いで打ち出される破格のオファー。中国政府が、台湾の人たちを大陸に呼び込むために提示しているものです。

台湾側は「経済的な利益を隠れみのに、共産党の指導を受け入れさせようと企てている」と警戒しています。

中国が進める“台湾取り込み策”の実態、そして、その狙いを取材しました。

(上海支局 道下航 / 中国総局 花井利彦・高島浩)

宴席で歓待 10億円の補助金で誘致活動

2023年10月、中国福建省アモイの空港に続々と台湾の人たちが降り立っていました。

福建省アモイの空港に到着した台湾の農業関係者(2023年10月)

まず一行が向かったのは、地元政府が初めて開催するというイベントの会場。中国と台湾の交流を促進するためのものでした。

台湾の農業関係者200人あまりが出席したこのイベント。この場で、中国側は、台湾の農家の誘致を推し進める意気込みを示しました。

歓迎の夕食会には台湾と中国の農業関係者が参加

中国政府高官

「中国は今世紀半ばまでに農業強国になるという国家発展戦略がある。台湾海峡両岸の協力を深める余地が大いにある。台湾の同胞が大陸への定住にあたって利便性を提供する政策を続けていく」

中国政府は、多くの台湾の人が世代を超えて中国大陸を訪れて農村の振興に身を投じているとしています。

台湾のハイテク企業から中国で農家に

福建省の農村、漳平に移住して、茶園で民宿を経営する台湾出身の陳耘嘉さん(39)もそうした1人です。

この村では余った農地を台湾の農家に安い賃料で貸し出しています。陳さんの父親もこうした誘致に乗って移り住み、茶畑を営むようになりました。

陳さん自身はもともと台湾でハイテク関連企業に勤めていましたが、父親のあとを追うように中国大陸に渡ることにしました。

陳さんの民宿では宿泊客が茶葉の収穫を体験できる

移住後、茶葉の生産に加え、お茶の文化に触れながら収穫体験ができる「農業ツーリズム」など、収入を多角化させる取り組みを開始。民宿のデザインも台湾から若手の設計士を呼び寄せて作りました。

地元の銀行は、陳さんの取り組みに対し、通常の半分以下の利子で融資をするなど破格の待遇で後押ししたといいます。

陳さんが経営する民宿の玄関

地元政府によりますと、これまで累計で10億円以上の補助金を投入し、600人あまりの台湾農家を誘致しているということです。

陳耘嘉さん

「台湾の農業ツーリズムの経験が役立ち、さらに発展する余地があると思っています。ここ数年は特に、台湾に対する優遇措置がどんどん充実していて、中国政府がかなり力を入れているように感じます」

家賃は通常の3分の1 報奨金4000万円で若者起業支援も

今、中国政府が力を入れている政策の1つが、台湾の若い世代への働きかけです。

福建省の福州には台湾の起業家たちに事業スペースを提供する施設があり、「基地」と呼ばれています。このうち2020年に設立された「基地」では、これまでに飲食業や音楽教師など、およそ40人の台湾の若者たちが起業しています。

福州市内の「基地」

若者たちをひきつけているのは、台湾の若者起業家向けの優遇措置です。

福州市は、18歳から45歳の台湾の若者の起業を促進。起業家に対する特別な融資プログラムで日本円で200万円以下の借り入れをした場合、初年度の利子を実質免除。また水道や電気、ガスなどの代金にも補助金を支給するとしているほか、起業して半年以上納税すれば日本円で20万円余りの補助金を出すなどとしています。

そのほか、市内には、台湾人材向けのマンションを用意。通常の家賃の3分の1程度で台湾の人たちが入居しています。

「基地」内で竹笛教室を開いた女性

竹笛教室を開く女性

「教育環境もいいですし、音楽教室のための家賃や内装に対する補助金などの支援も充実しています。台湾の時よりも時給も高くなりました。福州がどんな場所か見てみたいと思って来ただけでしたが、結局、気に入って居続けています」

さらに福州市では、台湾出身の人みずからが基地を設立することも後押ししています。台湾から30人以上を誘致して、運営を1年以上続けた人には、日本円で最大およそ4000万円の報奨金も出しています。

李正能さん

基地を運営する台湾出身の李正能さんは、福州市の支援を受けながら、台湾の人たちを誘致してきました。台湾出身の医師なども呼び寄せ、医療・美容関係の事業を立ち上げる予定だと言います。

李正能さん

「地元の政府は、私たちの仕事をいつも気にかけてくれています。福州市の補助金も支援も本当に素晴らしいので、さらに多くの人が移住するのではないでしょうか」

一方、李さんは「民進党の蔡英文政権のもとで中国と台湾の緊張が高まり、交流が減りました。もっと交流を活発にすべきです」とも話していました。

定住支援の「台湾同胞サービスセンター」 習近平氏の本も…

福建省アモイにかかる「台湾街」の看板

中国政府は、2023年9月、福建省に設ける台湾との“一体化”を図るモデル地区の具体的な方針を新たに発表しました。モデル地区では、台湾企業の進出を促すビジネス環境の整備や、往来や生活の面で利便性を高めることなどを掲げています。

その方針を象徴するかのような施設が福建省アモイにある「台湾同胞サービスセンター」です。アモイの中心部にある「台湾街」と名付けられた通りに設けられました。

福建省アモイの「台湾同胞サービスセンター」

日常生活や起業支援などの相談に加え、定住のための相談も行っています。台湾の人に向けた「ワンストップ型」のサービスを提供し、中国への定着を促す狙いがあります。

コーヒーなどを飲みながらくつろげる場所も設けられています。

台湾同胞サービスセンター担当者

「厳粛な雰囲気もなく1対1で気軽にお話ができるので、台湾から大勢の人が訪れていますよ」

サービスセンターの棚に並ぶ習近平国家主席の本

一方、このスペースには、習近平国家主席の指導理念が書かれた本がずらりと並べられています。そして、壁には中国共産党に入党する際の宣誓のことばも掲げられていました。

警戒高める台湾当局 「経済を隠れみのに」

台湾当局は、“台湾取り込み”を図る中国の動きに警戒感を示しています。

2023年9月に、中国政府が福建省にモデル地区を設ける方針を出した際も、台湾当局がすぐさまけん制しました。

台湾の大陸委員会の声明

対中国政策を担当する大陸委員会は声明で「『平等な待遇、経済的な利益』を隠れ蓑に台湾の人々を呼び込み、企業を中国の制度や規制に同化させ、共産党の指導を受け入れさせようというのは完全に希望的観測だ」と主張。

そして、中国経済が困難に直面していると指摘した上で「中国は、台湾の資金や人材を呼び込み経済を活性化させようと明らかに企んでいる」との見方を示しました。

台湾当局は、以前、中国で発行される台湾の人たちへの居住証についても、大陸での管理のもとに置かれ監視されるリスクがあると指摘するなど、中国側の動向を警戒しています。

優遇措置の狙いは?効果は?今後は? 専門家に聞く

中国側の狙いはどこにあるのか。

台湾や中国の政治に詳しい東京大学東洋文化研究所の松田康博教授に聞きました。

東京大学 松田康博教授

「台湾がみずから喜んで中国側に行くという形をとるため力を背景に屈服させながら、白旗をあげさえすれば良い待遇があるという状況を生み出そうとしている。中国がいつもやっていることではあるが、ある意味で頭の良い対応と言える面もある」

一方、中国では若者を中心に雇用情勢が厳しく、景気の先行きにも不透明感が広がっていることに触れ、松田教授は、台湾の人たちを取り込もうという中国の試みは、いっそう効果が薄れているとも指摘しています。

「肝心なのは経済で、中国経済の魅力がやはり落ちている。米中の競争でアメリカから中国への注文が減っている。また、中国自身の経済的な衰退により、中国国内での需要も減っている。政策でいくら旗を振っても、経済的な観点から以前と比べて中国に行きたいという状況ではなく、アピールとしては非常に弱くなっていると思う」

中国は、優遇措置をアピールする一方、軍事面では台湾周辺での活動を活発化させるなど、台湾への圧力を強めていて、松田教授は今後も硬軟織り交ぜた政策が続くとみています。

「軍事的に厳しくやりながらも、(経済的に)取り込むこともやるという『両手戦略』をとっている。今後も、硬軟織り交ぜながら台湾統一を実現するという方針を変えないだろう。中国は『祖国大陸が発展する中で台湾問題を解決する』としている。これは、いかなるコストを支払ってでもまず台湾統一を優先するということではなく、中国自身が豊かになることの優先順位が高いということだ。まずは何年かかけて経済を立て直し、その間に軍事力も強める。そして、台湾やアメリカの指導者が弱くなるタイミングを待って、自分たちに有利な状況で、攻勢をしかけてくるだろう」

(12月10日 ニュース7で放送)

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