減量から解放され、レスリングってこんなにおもしろいんだって感じている

高谷惣亮

レスリング

“減量”。格闘技の選手が直面するもうひとつの戦いだ。漫画「あしたのジョー」で過酷な減量を乗り越えリングに向かうボクサーの姿に感動を覚えた人もいるだろう。
ただそれはみずからの力をそぐことでもあり、深刻な体調不良を引き起こすことさえある。
レスリング男子フリースタイルの高谷惣亮は疑問を感じていた。

「手に力が入らなかったり、試合中にめまいを起こしたりなんて多々ありました。ケガのリスクもすごく大きくなってきますね」

ロンドンと前回のリオデジャネイロに2大会連続でオリンピックに出場した高谷は、当時、74キロ級に出場するため、およそ10キロの減量が必要だった。

強くなるためにレスリングをしていたはずが、気付けば体重を落とすことばかり考える毎日。自分の力を落としてまで下の階級に出場することに意味があるのか、悩んでいたという。

「悲しかったですね。減量するとなると筋肉が勝手に落ちてくる。せっかく上げたレベルから落として試合に出ているようなイメージだった」

リオデジャネイロ大会で7位に終わったあと、ひとつの決意をした。

「自分らしく戦える階級で戦おう」

12キロ上の86キロ級に階級を上げ、東京オリンピックを目指すことにしたのだ。
これまで筋肉を肥大させすぎないよう加減してトレーニングをしていたが、筋肉だけでおよそ5キロ体重を増やした。
体つきが変わっただけでなくレスリングの幅も広がった。かつてはとにかくタックルに飛び込んでいくスタイルだったが、下半身を鍛え抜いたことで、タックル一辺倒ではなくなった。

構えが安定したため相手の攻めに容易に崩されなくなり、逆に「カウンター」でポイントを奪えるようになったのだ。

「階級を上げたのにむしろスピードが上がっている。別世界のレベルアップですね」

そして何より、つらい減量をしながらマットに向かっていたころには忘れていたレスリングの楽しさを感じている。

「減量から解放され、本来の僕以上の力が出ているんだと思います。こんなに体が動かせるんだ、レスリングってこんなに面白いんだって感じています」

2020年12月、高谷は全日本選手権で全ての試合で1ポイントも奪われることなく優勝し、4階級にわたって10連覇という前人未踏の快挙を成し遂げた。
そして2021年5月、東京オリンピック世界予選で優勝し3大会連続の代表内定をつかみ取った。
この階級での日本勢のオリンピック出場は、当時84キロ級だった2004年のアテネ大会以来となり注目も集まる。

「言うなれば東京オリンピックが本来の高谷惣亮になるんじゃないかと思っています」

高谷は過酷な減量を乗り越えて出場する選手へのリスペクトを忘れてはいない。
ただ、自分が自分らしく戦うために減量は必要ない。
“本来の高谷惣亮”が東京でどんな戦いを見せるのか、いちばんワクワクしているのは高谷自身だ。

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