トランプを支持する“忘れられた人たち”

アメリカ大統領選挙の共和党の大統領候補にドナルド・トランプ氏が指名され、受諾演説の中で、国益を最優先する「アメリカ主義」を掲げました。当初、本命視されていなかったトランプ氏が、なぜ、ここまで支持を広げることができたのか。慶應義塾大学教授でアメリカ政治が専門の中山俊宏さんに聞きました。

″暗いアメリカ″を強調

Q:トランプ氏の演説で印象に残ったのはどんな点でしょうか。

中山教授:これまでの大統領候補は、たとえ社会が厳しい状況に置かれていても、「アメリカには明るい未来がある」というメッセージを訴えかけることが常でした。その典型がレーガン大統領の「モーニング・イン・アメリカ」というメッセージです。

ところが、トランプ氏の演説は違いました。テロの脅威、不法移民、自由貿易、そして、グローバリズムー。アメリカを追い詰める、いわば“よからぬ暗い勢力”を強調し、アメリカがこうした“闇”に覆われた原因は、オバマ大統領や国務長官を務めたクリントン氏の政策に原因があると、糾弾とも言える非常に強い調子で批判を繰り返しました。

トランプ氏という人物のキャラクターがゆえに、演説自体に陰鬱な暗さは感じられませんでしたが、ほとんどが人々の不安をあおり立てる内容でした。一方、演説では現政権の政策を批判するばかりで、具体的な解決策はほとんど示されませんでした。

ニュース画像

″忘れられた人たち″に居場所与える

Q:トランプ氏がここまで支持を伸ばしたのは、なぜなんでしょうか。

中山教授:トランプ氏が演説で特に訴えかけた相手は、アメリカ社会が変わっていくことに不安を感じている人たちでした。人種的には白人で、中産階級から下、学歴や所得があまり高くない人たち。彼らは、製造業を支えてきたブルーカラーの労働者たちで、いわばこれまでのアメリカ社会を支え、自分たちこそが「真のアメリカ」を代表すると自負する人たちです。トランプ支持層は若干広がりを見せているようですが、コアな支持層はこのような人たちです。

こうした人たちは、変わっていくアメリカの中で、自分たちは取り残された存在だと感じています。グローバル化の波が押し寄せ、生産拠点はどんどん海外に移転し、社会の人種構成はますます多様化し、キリスト教を中心とする自分たちの価値観も脅かされていると、そして、いずれ白人が社会のマイノリティーになってしまうことについても強い不安を感じています。彼らは外から入ってくる異質なものへの違和感もとりわけ強く感じています。オバマ政権のもとで注意を怠った結果、アメリカはテロに怯えるようになってしまったと。

しかし、彼らは自分たちが感じているこうした恐怖感や違和感をこれまでは口にすることはなかなかできませんでした。「変わっていくアメリカ」への違和感を軽々しく口にすれば、「無教養で退行的、そもそもそのような意見は政治的に正しくない、ポリティカリー・インコレクトだ」と真っ先に退けられてしまう。彼らは、雇用を奪う不法移民や異質なものを持ち込むイスラム教徒への違和感をはっきりと感じつつも、それをなかなかストレートに表明できないことに苛立ちを感じていたはずです。

こうした人たちは、押し寄せてくる異質なものに強い不安を感じ、自分たちが社会の周縁に追いやられ、「居場所」がなくなっていると感じています。トランプ氏は指名受諾演説の中で、このような“忘れられた人たち”に声をかけています。トランプは、こうした人たちを全肯定し、彼らに居場所を与えています。外から見るとダークなトランプ現象も、非常に限定的な意味においてですが、自己肯定的な明るさがあるわけです。

トランプ氏は1時間15分にも及んだ演説の冒頭、「私たちには、もはやポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)に浸っている余裕はない」と訴えました。これは、「あなたたちが感じている恐怖感や違和感は全く問題がない。それを批判するポリティカル・コレクトネスの方こそが間違っているんだ」という主張でした。まさに今までなかなか口に出して言えなかった恐怖感や違和感を全肯定したわけです。

ニュース画像

深刻な党内の亀裂や分裂

Q:トランプ氏が大統領候補になったことで、共和党はどう変わっていくのでしょうか。

中山教授:特に世界との関わり方においてこれまでの共和党とは対極の世界観を示しました。トランプ氏は演説の中で、アメリカが同盟国を含む諸外国との関係で不公平な扱いを受けてきたことを告発します。そして、それを容認してきたのはみずからの既得権益を優先し、国民の利益を顧みない従来のリーダーたちだと。トランプ氏は、自分が大統領になって、それを根本から変えていくんだと訴えました。

従来の共和党は、「強いアメリカ」を前提に、国外の問題に積極的に関与していく国際主義の立場を掲げてきました。トランプ氏の演説は、こうした考え方を退けるもので、内に籠ろうとしています。面倒なもの、汚れたものとは関わりたくないという発想が顕著です。

今回の共和党大会を通じて浮き彫りになったのは、深刻な党内の亀裂や分裂であり、それをまとめきれていないトランプ氏です。象徴的だったのが、指名獲得を争ったクルーズ上院議員がトランプ氏への支持を表明せず、「あなたの軍門には下らない」という姿勢を明確にしたことです。

共和党は今、非常に危うい状況です。選挙ももちろんですが、選挙後、この混乱をどう収めることができるのか。でも、そうはいっても、トランプ氏と不可分な現状に不満を持つ人たちを動員して11月の本選挙に臨むことでとりあえずは合意せざるをえなかったのが、今回の党大会だったといえると思います。

中山 俊宏
中山 俊宏
慶應義塾大学総合政策学部・教授/日本国際問題研究所・客員研究員
1967年生まれ 青山学院大学大学院国際政治経済学研究科国際政治学専攻博士課程修了 博士(国際政治学)
専門はアメリカ政治・外交、国際政治、日米関係

(取材・構成:ネット報道部 後藤 亨 山本 智)