想定していなかった争点

今回の大統領選挙では、移民や不法移民をめぐる問題への対応が争点の1つとして注目を集めています。民主・共和両党ともに、支持者にさまざまな人種を抱え、当初、今回の選挙では争点になるとは考えられていなかった不法移民問題がなぜ、浮上したのか。アメリカの移民問題に詳しい、成蹊大学の西山隆行教授に聞きました。


突如浮上した“移民問題”

Q:移民や不法移民をめぐる問題がなぜ注目されるようになったのでしょうか。

西山教授:今回の大統領選挙では、当初、移民問題は大きな争点にはならないだろうと言われていました。中南米の国々からの移民の増加などで、人口に占めるマイノリティーの割合が高まるなかで、特に共和党は、民主党とは対照的に、マイノリティーの有権者の支持をあまり得てきませんでした。共和党の主流派は、こうした状況の下で移民問題が争点になれば、かえって中南米系の有権者の支持を失うことになりかねないと考えていたと思います。

ロナルド・レーガン氏やジョージ・W・ブッシュ氏が中南米系の有権者から比較的多くの支持を得て勝利した例にならって、夫人がメキシコ系アメリカ人であるジェブ・ブッシュ氏や、みずからキューバ系であるマルコ・ルビオ氏を大統領候補に立てることによって、中南米系の票を獲得しようと考えていたのではなかと思います。

しかし、そうした考えは結局、トランプ氏によって完全に打ち砕かれた形になりました。トランプ氏は、去年6月に立候補を表明した際、メキシコからの移民について、「麻薬や犯罪を持ち込む」などと発言し、不法移民の流入を防ぐためメキシコとの国境に「万里の長城を建設する」と公約しました。その後、建設費用はメキシコ政府に払わせると発言。自分が大統領になれば、不法移民をすべて強制送還するとも宣言しました。

トランプ氏が“移民たたき”と言われるほどの、移民に対する強硬な態度を表明すればするほど共和党支持者内でのトランプ支持が高まる状況が生まれました。こうした過程の中で、移民問題がクローズアップされるようになったわけです。

トランプ氏の発言や態度がここまでインパクトを持つことになるとは、共和党主流派の誰ひとりとして予想していなかったと言われています。

Q:トランプ氏が移民や不法移民を問題視する背景に何があるのでしょうか。

西山教授:アメリカ社会でマイノリティーの人たちが増え続けることへの不満や不安が白人の人たちの間に広まっているとトランプ氏は感じ取ったからだと思います。

アメリカのシンクタンクの調査によると、総人口における白人(中南米系を除く)の割合は、1960年には85%でしたが、2011年には63%に低下しました。2050年には過半数を下回る47%に低下すると予想されています。

一方で、中南米系の人たちは急速に増加しています。総人口における比率は1960年の3.5%から2011年には17%に増え、2050年には29%台に達するだろうと言われています。黒人の場合は、人口比率がほとんど変わらず、1960年には11%、2011年には12%、2050年には13%と予測されています。すでに中南米系の人たちが人口比率で黒人を上回る状況になっています。

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アメリカでは、白人の中でも所得水準や教育水準が比較的高い人たちは、アメリカは移民国家だとして移民が入ってくることを肯定し、マイノリティーに理解を示す立場の人が多いという印象があります。一方、日本の生活保護に当たる公的扶助を受給するほどまでには所得が低くないものの、経済的にあまり豊かでなく、大学などの高等教育を受けていない白人の間では、不法移民や黒人に対する福祉給付や、こうした人たちが起こす犯罪に対する警察予算への反発が強い傾向があります。また、移民として来た人たちが就く仕事は、もともと自分たちが就くはずの仕事だったという不満もあります。

こうした層の人たちは、これまでアメリカ社会の多数派の一角を占め、社会を支えてきたのは自分たちだと、自負心がある一方で、自分たちの地位が脅かされていると危機感を抱いているのだと思います。マイノリティーに対して反感を抱く人たちを、トランプ氏がここまでまとめ上げることができるとは、共和党の主流派は思ってもいなかったでしょう。そういう意味で、トランプ氏が新しい有権者層を開拓したと言えるのかもしれません。

“白人の政党”と“マイノリティーの政党”

Q:大統領選挙での有権者の投票行動には人種ごとにどのような傾向がみられるのでしょうか。

西山教授:1972年以降の大統領選挙で、民主・共和両党が獲得した票のうち、白人と非白人(中南米系、黒人、アジア系など)の割合を見てみましょう。

民主党の得票のうち、白人が占める割合は、1976年の選挙では84%でしたが、2008年には61%、2012年には56%と減少傾向にあります。一方、非白人が占める割合は、1976年には16%、2008年には39%、2012年には44%と逆に増えています。

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共和党を見ますと、一貫して得票のうち90%位が白人で占められ、非白人は、1972年から1984年までは4%に留まり、その後は上昇傾向に転じたとは言え、最も高かった2004年でも12%でした。

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こうしたことから言えるのは、民主党が、人口が増大する中南米系などの非白人票を確保できているのに対して、共和党は、非白人票をあまり獲得できていないということです。ただ、民主党も、白人の票は減らす傾向が明らかになっています。共和党は“白人の政党”、民主党は“マイノリティーの政党”としての傾向が顕著になりつつあると言っていいでしょう。

マイノリティーに対する白人層の不満

Q:マイノリティーの人口比率が高まるなかで、移民や不法移民に対し強硬な態度をとるトランプ氏は、選挙の戦い方としては効果的ではないのではないでしょうか。

西山教授:長期的に見れば、マイノリティー、特に、中南米系の有権者の票が間違いなく重要になるので、こうした人たちの票をいかに獲得するのかが重要になると思います。

しかし、今回の選挙について言えば、必ずしもそうとは言い切れません。有権者年齢に達した人のうち、白人の割合は2012年の段階で71.1%で、実際に投票した人の中で白人が占める割合は73.7%となっています。したがって、白人の票を十分に固めることができれば、過半数を取れる可能性があるわけです。また、世論調査の結果から、不法移民に好意的な立場を取る人は民主党を、一方、否定的な立場を取る人は共和党を支持する傾向があることが分かっています。

トランプ氏としては、今回の選挙では、中南米系などのマイノリティーの票を取れなくとも、白人の票を固めれば勝てると考えたのではないでしょうか。

マイノリティーの影響力の行方

Q:アメリカの大統領選挙は、将来、民主党にとって有利になっていくのでしょうか。

西山教授:民主党がマイノリティーの有権者の票の多くを取り、共和党は白人有権者の票に大きく依存するという前提であれば、長期的には民主党が有利になり、共和党が不利になると言えるのかもしれません。

しかし、この前提が今後も続くかというと、必ずしもそうではない気がします。なぜなら、民主党を支持する層も一枚岩ではないからです。例えば、黒人を見ますと、アフリカやカリブ海の国から移民として来た黒人が増えていて、黒人の人口の1割程度を占めるようになっています。こうした人たちは、母国ではエリートとして活躍していた人が多く、むしろ共和党に投票する傾向があります。

中南米系についても、キューバ系の有権者は、民主党より共和党に投票する傾向があります。キューバからの移民には、フィデル・カストロ率いる革命軍が社会主義政権を樹立したのを嫌った富裕層の人たちと、経済的な困難から脱しようと渡って来た経済難民の、2つの大きな流れがあります。そのうち、前者は特にカストロ政権に対し、より強硬な立場を示してきた共和党を支持する傾向が強いのです。中南米系の人たちは、政党への帰属意識が強くないとされています。共和党のマルコ・ルビオ氏はキューバ系で、今回の大統領選挙では候補の指名獲得はなりませんでしたが、今後、より影響力のあるキューバ系の候補が共和党から出てきた場合、中南米系の人たちが、同じ人種・民族集団として、共和党にまとまって投票することも起きるかもしれません。そうなると、民主党がマイノリティーの票を一貫して取り続けることができるという前提は崩れる可能性があると言えます。

久保文明
西山隆行
成蹊大学法学部教授
1975年生まれ 東京大学大学院法学政治学研究科修了 博士(法学)
専門は比較政治・アメリカ政治

(取材・構成:ネット報道部 後藤 亨 山本 智)