“新基準バット”でホームラン激減 高校野球は新たな時代に?

「わずか3本」

ことしのセンバツ高校野球で大会を通じたホームランの数です。高校野球に金属バットが導入されて以降、最も少なくなりました。この数字だけを見てみれば反発力を抑えた新たな金属バットの影響が如実に表れたと言えます。
その一方で、1点をどう奪い、1点をどう防ぐかという野球の原点を再認識させ、新たな時代の訪れを感じさせる大会となりました。
(甲子園取材班 並松康弘)

甲子園とセンバツ100年の節目に新たな歴史

健大高崎が初優勝

甲子園球場で開かれたセンバツ高校野球は、高崎健康福祉大高崎(群馬)の県勢初優勝で幕を閉じました。

甲子園球場はことし8月に1924年の開場から100周年、センバツも第1回大会が行われてから100年という節目で迎えた大会に新たな歴史が刻まれました。

節目の大会で特に注目されたのが、ことしから導入された“新基準の金属バット”です。

ピッチャーをけがから守ることを主な目的に、反発力が抑えられ、打球の飛距離が5、6メートル落ちると見込まれていました。

大会が始まると、外野へのフライがことごとく失速したり、内野に弱いゴロが何度も飛んだりするなど影響は明らかで、SNSでは「低反発バット」がトレンドワードに入ったほどでした。

結果的に31試合で出たホームランはわずかに3本。

豊川 モイセエフ ニキータ選手

外野のフェンスを越えた2本は、いずれも左バッターが引っ張ってライトのポール際に打ったもので、残り1本はランニングホームランでした。

金属バットが導入されて初めての大会となった1975年以降では、最も少なくなりました。

神村学園 正林輝大 選手

《今大会のホームラン》

▽モイセエフ ニキータ選手(豊川・愛知)
▽正林輝大選手(神村学園・鹿児島)
▽境亮陽選手(大阪桐蔭・大阪)※ランニングホームラン

【金属バット導入後 センバツ HR数】

▽1975年:11
▽1984年:30(最多記録/PL学園 桑田真澄さん 清原和博さんが活躍)
▽1992年:7(ラッキーゾーン撤去)
▽1996年:5(これまでの最少記録)
▽2022年:18
▽2023年:12
▽2024年:3(金属バット導入後 最少に)

“前進守備”で二塁ランナーがホームにかえれない!

外野手の守備位置にも大きな変化がありました。

頭を越される打球が飛ばないことを想定し、複数の選手たちが「これまでより3、4歩前に守った」と明かしました。

特にランナーを二塁に置いた場面では、シングルヒットでホームに返るのを防ぐため、前進守備が顕著となり、内野の土と外野の芝生の切れ目まで数歩の位置に守る極端なケースもありました。

これによって、二塁ランナーがヒットで一気にホームに返るのが難しくなり、三塁で止まるケースが相次ぎました。

ホームラン望めないなか“どのように点を奪うか?”

”飛ばないバット”で得点が入りづらくなった印象がありますが、データを見ると実はこれまでと大きくは変わっていません。

1試合平均の得点は去年が「7」だったのに対し、ことしは「6.45」でした。

ベスト4まで勝ち上がったチームは、いずれも大会を通してホームランがありませんでしたが、どのように得点を重ねたのか。

その傾向を分析すると、今後の高校野球でどう戦うべきか、そのヒントが見えてきました。

流れ変えるのは “やはり長打”

優勝した健大高崎は勝負どころで二塁打や三塁打といった長打が出て、試合展開をがらりと変えました。

健大高崎 箱山遙人 主将

準々決勝以降に打った8本の長打がいずれも得点につながり、そのほとんどが複数得点でした。

健大高崎 高山裕次郎 選手

準決勝では7回に2本の長打を集めて逆転勝ち。

決勝では好投手から三塁打でチャンスを作り、決勝点を奪いました。

チームの代名詞でもある機動力に加えて、磨きをかけてきた長打力が優勝の原動力となりました。

健大高崎 青柳博文監督

健大高崎 青柳博文監督
「盗塁が警戒されて、簡単には走れなくなっているので、いろんな形の攻撃が必要だと思います。バットが変わっても、長打が出ればランナーが進んで得点につながったり、劣勢を跳ね返せたりすると大会を通して改めて感じました」

中央学院 颯佐心汰 選手

また、初勝利からベスト4まで勝ち上がる快進撃を見せた中央学院(千葉)も出場校で最多となる11本の長打を打って、主導権を握る戦いぶりが印象的でした。

各チームが金属バットの対応に苦労し、思うように得点できないなか、一振りで流れを変えることができる長打は欠かせないものだと改めて実感させられました。

“送りバント”と“機動力”が鍵に

一方、2年連続の準優勝となった報徳学園(兵庫)は長打こそ、わずか3本でしたが、チームの伝統の機動力と小技で着実にランナーを進める攻撃が光りました。

報徳学園 間木歩 主将がスクイズ

5試合で盗塁は10個、決勝でも9回2アウトで、アウトになれば試合が終わるという土壇場で代走の選手が盗塁を決めるなど勝負どころで仕掛けて、すべて成功させました。

送りバントやスクイズといった犠打は13個決めましたが、試みた選手が結果的にランナーを進められなかったケースは1回しかありませんでした。

報徳学園 山岡純平 選手
「低反発バットになったことで『俺たちの時代が来た』と前向きにとらえていました」

報徳学園 福留希空 選手
「どんな形でも塁に出て盗塁できればツーベースヒットと一緒で、チャンスが作れると思って力を入れてきました。ほとんどミスなく戦えたのは自信になります」

“技術を見直すきっかけに” 木製バット使った選手は

新たな金属バットの導入は、選手たちがバッティングの技術を見直すきっかけにもなりました。

青森山田 吉川勇大 選手

青森山田(青森)の3番・對馬陸翔選手と5番・吉川勇大選手は今大会すべての打席で木製バットを使って大きな話題となりました。

主な理由は、木のバットの方が芯に当たったときに打球の飛距離が伸びると感じたからでした。

このうち、對馬選手は1回戦でノーヒットに終わり「緊張でスイングが固くなってバットが出にくいと感じた」とみずから分析。2回戦からはバットの重さを20グラム軽くするなど修正して臨みました。

2人は3試合で合わせて長打を含めた10本のヒットを打つ活躍で、ベスト8進出に大きく貢献しました。

選手と監督は、木製のバットを使ったこと自体ではなく、別のところに本当の意義があったと考えています。

“バット折れる場面も”青森山田 對馬陸翔 選手

青森山田 對馬陸翔 選手
「木のバットを使うことで強引に引っ張らず芯でとらえるために、自分でバッティングを工夫したり、見直したりすることにつながりました。今後も木製バットを使っていきたいです」

青森山田 兜森崇朗 監督
「勘違いしているところがあれば、ただすつもりではいたんですけど、こちらが思っている以上に勉強していました。自分で考えて取り組んで、やりきったところに一番価値があると思います」

野球の原点に立ち返って

今大会は9回までに3点差以上を逆転した試合は無く、逆転されたチームが再び試合をひっくり返す「再逆転」は1回もありませんでした。

高校野球解説者を19年務めてきた川原崎哲也さんは、1点の重みが増すなかで、野球の基本に立ち返ることが勝利につながると指摘しています。

解説者 川原崎哲也さん
「野球の基本はバットの芯でボールをとらえること、送りバントがちゃんとできるか、機動力を絡められるかというところです。守りでも『序盤だから1点あげてもいい』という考えは減っていくかもしれないですね。1点をどう取るか、1点をどう防ぐかという野球の原点に戻っていくんだと思います。歴史は繰り返す。今ありて、時代は連なり始めるんですね

高校野球は“新たな時代へ”

今大会、野球の華とも言えるホームランが激減し「高校野球がおもしろくなくなった」という声も少なくありませんでした。

しかし、大会歌「今ありて」の歌詞になぞらえて今後の高校野球を占った川原崎さんのことばは示唆に富んでいます。

かつて日本の野球のお家芸とされた、機動力や小技を絡めた「スモールベースボール」に立ち返って、手に汗握る展開が増えていく可能性もあります。

一方でトレーニングを重ねることで、反発力を抑えたバットを使いこなし、ホームランを量産するチームが出てくるかもしれません。

新たな金属バットの導入は、次の100年に向けて時代がめぐるなかで、高校野球の可能性を広げる一歩になると感じました。

(4月3日「ニュースーン」で放送予定)