巨大地震などで想定されている津波の浸水区域内に、3800か所あまりの高齢者施設が建てられていることが分かりました。
利用しているのはおよそ12万人のお年寄りです。
あなたのお母さんやお父さん、おじいさんやおばあさんが暮らしている施設、そして将来あなたが入るかもしれない施設は安全ですか?
増え続ける高齢者施設の津波対策の現状と課題、そして解決のヒントまで、徹底取材しました。
(NHKスペシャル 「あなたの家族は逃げられますか? ~急増“津波浸水域”の高齢者施設~」取材班)
※特集サイト「全国高齢者施設の 津波リスクMAP」はこちらから
あの日、施設では多くの命が失われた
思い出してほしいのは、東日本大震災で思い知らされた現実です。
厚生労働省と各県の調査では、震災で74の高齢者施設が全半壊の被害を受け、利用者と職員あわせて638人が犠牲になりました。
写真は、被災した宮城県気仙沼市の老人保健施設です。
外壁は破壊され、津波の威力のすさまじさが伝わってきます。
この施設には、当時の想定を超える高さの津波が押し寄せました。
車いすや寝たきりの人などが津波にのまれて亡くなったほか、その後、避難所で低体温症で死亡した人もいました。
犠牲者は59人に上りました。
海が好きだった母親をこの施設に預けていた遺族は、津波のリスクを考えなかったことを悔やんでいます。
預けていた母親が亡くなった島田久照さん
「立地のことや、津波のリスクは、入所させる時はみじんにも思っていませんでした。まさか母親のところに津波が来るとは、思えなかったんです。『すまない』という気持ちはありますね」
【新事実】津波浸水想定区域の高齢者施設にお年寄りが12万人
震災の教訓は生かされているのか。
私たちは、全国およそ5万5000か所の高齢者施設のデータを入手し、高齢者施設の津波の浸水リスクを独自に分析しました。
GIS=地理情報システムという技術を使い、まずは、施設の位置情報と、自治体などが想定している津波の浸水区域を重ね合わせました。
その結果、全国で3820か所の高齢者施設が、南海トラフの巨大地震や日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震などで想定されている津波の浸水区域にあることが明らかになりました。
こうした施設の入居者を調べると、およそ12万人に上ることも分かりました。
しかも、このうち7万7500人余りは、全面的な支えがないと歩行などが難しい「要介護3」以上でした。
浸水リスク施設の要介護度別の入所者数
▼要支援1 2608人、要支援2 2927人
▼要介護1 1万5456人、要介護2 1万8752人
▼要介護3 2万5024人、要介護4 2万9883人、要介護5 2万2645人
さらに気になったのが、これらの施設が開設された時期です。
東日本大震災のあとに建てられた施設が多いとすれば、あの時の教訓は十分生かされているのかという疑問が浮かぶからです。
施設の開設時期を調べたところ、3820か所のうち1892か所と、半数近くが震災後の2011年4月以降に開設されていました。
このうち1006か所は、都道府県が浸水想定区域を公表したあとに開設されていて、少なくとも開設された時点では、浸水のリスクを知ることができる状態だったことが分かりました。
なぜ津波浸水想定区域に立地?アンケート調査で見えたのは
なぜ、震災後も多くの高齢者施設が浸水リスクのある場所に建てられ続けているのでしょうか。
NHKは、浸水想定区域に震災後開設された1892の施設に対し、ことし1月から2月にかけて郵送でアンケートを行い、対象の20.66%にあたる391施設から回答を得ました。
Q浸水想定区域に開設した理由(複数回答)※小数点以下切り捨て
▽「近隣住民のニーズがあった」 24%
▽「まとまった広い土地がほかに無かった」 21%
▽「建物を高くするなどの対策で安全を確保できると考えた」 17%
▽「都道府県が浸水想定を公表する前に建てた」 17%
▽「土地取得のコストを抑える必要があった」 15%
自由記述には「地域全体が浸水想定区域だが、地域の高齢者のために施設を作りたかった」とか、「市の土地を無償で貸与していただけた」など、行政も含めて地域のニーズを重視した結果だという意見が多くありました。
続いて、津波からの避難計画をつくっていた施設に、計画に沿って入所者全員の安全を確保できるかについて聞きました。
▽「確保できる」が7%、「ほぼ確保できる」が21%だったのに対し
▽「不安がある」は31%、「やや不安がある」は38%で、あわせて7割を超えました。
地域住民のニーズと助けられないかもしれない命
さらに現状を知るため、2つの施設に話を聞きました。
そのひとつ、大阪市此花区に5年前に開設された特別養護老人ホーム「クレーネ大阪」では、南海トラフ巨大地震の想定で、2階まで津波が到達するとされています。
立地について運営の責任者は、住民の多い都市部ならではの事情があったと説明しました。
クレーネ大阪を運営する社会福祉法人 沼谷勝之理事長
「津波が来るエリアだとは知っていたが、昔ながらの街で高齢者が多く、ニーズが高かった。一方で収入はどの地区でも一緒なので地価が高い中心部での建設は事業として難しい面があった」
津波の際は利用者を上の階へ避難させる計画で、訓練も重ねています。
しかし職員の数が少ない夜間の対応などについては「助けられない命があるかもしれない」という声も上がるなど、限界も感じているようです。
震災後、想定が “建物水没”に引き上げ
施設が建設された後に津波の想定が引き上げられ、対応が急務となっている施設もありました。
土佐湾をのぞむ高知県中土佐町の特別養護老人ホーム「望海の郷」です。
震災の1年前、最大で5メートル浸水するという当時の津波想定に基づき、高さ11メートルある新館の建設を始めました。
津波警報が出たら屋上に避難する計画でした。
しかし、東日本大震災後に津波の想定が最大で15メートルに引き上げられました。
建物がまるごと水没する高さです。
周囲に避難できる高台などもないため、施設は「津波救命艇」と呼ばれる水に浮く7台のシェルターを町から無償で借り受けました。
「津波救命艇」は定員20人で、流れるがれきなどとの衝突にも耐えて海上で救助を待つものですが、利用者は足腰が弱っている人が多く、乗り込むのに時間がかかるうえ、衝突でけがをするリスクもあります。
移転も検討していますが、土地代や建設費をあわせ、13億から16億円にのぼる費用を捻出する必要があります。
望海の郷を運営する社会福祉法人かど福祉会 清岡一幸理事長
「東日本大震災を目の当たりにして、何とかしないといけないと思った。今は津波救命艇に逃げ込むしかないが、時間内で全員を避難させるのは非常に難しい。利用者と職員、全員が助かる道を見つけるのが私たちの務めだと思っているので移転を目指したい」
移転難しく行政の支援必要
アンケート調査では、移転についても聞きました。
Q津波リスクのない場所への移転について(複数回答)
▼「安全確保のためには必要」32%
▼「高いコストがかかり現実的ではない」 61%
▼「適切な用地を確保することが難しい」 46%
多くの施設が移転を必要としながらも、コストや用地の問題が移転を阻んでいる実態が浮かび上がりました。
国が対応に乗り出すも…
津波の浸水想定区域内に立地する各地の高齢者施設をどう考えるべきか、国は次のような見解を示しました。
厚生労働省高齢者支援課 須藤明彦課長
「国土の狭い日本で災害の危険性のない土地は限られる。安全な土地を確保するために高い費用を払って経営が成り立たず、サービスが提供できなくなっては本末転倒なので、浸水リスクのある場所での施設の整備を一律に認めないというのは現実的ではない」
「日本の国土の条件を考えれば受け入れざるをえないリスクだと考えている。災害が激甚化する中、高齢者は増え続けており、高齢者施設の防災対策は重要な課題だ。ソフト・ハード両面で実効性のある対策に取り組みたい」
国はエリアごとに防災対策も
狭い国土の中で施設の災害対応を行っていくために国が導入したのが、東日本大震災が起きた2011年の12月に施行された「津波防災地域づくり法」です。
この法律で都道府県は、想定される津波の高さなどをふまえ、エリアを分けて指定し防災対策を講じることができるようになりました。
このうち「津波災害警戒区域(イエローゾーン)」では、高齢者施設には避難確保計画の策定や訓練などが義務づけられます。
ことし2月末時点で、18道府県の295市町村で区域が指定されています。
そして、より深刻な被害が想定される地域が指定されるのが「津波災害特別警戒区域(オレンジゾーン)」です。
この区域内では高齢者施設や学校、病院などを建設する際、居室は想定される津波の高さより高くしなければならないなどの制限が設けられます。
しかし、「津波災害特別警戒区域」に指定されたのは、これまでに静岡県伊豆市の土肥地区1か所だけです。
津波のリスクが強調され、観光業などに悪影響が出ることを懸念する声が根強くあったということで、全国的に指定が進まない背景にはこうした事情もあるとみられます。
地域住民との協力で対策強化
一方、高齢者の命を守るための独自の取り組みを行っているところもありました。
そのひとつが静岡県焼津市の特別養護老人ホーム「つばさ」が設置した避難階段です。
施設は海からおよそ800メートルの場所に立地しています。
周辺は地震発生から最短20分で津波が到達するとされていて、1メートル以上浸水するところもあります。
しかし施設以外、高い建物がありません。
そこで施設は震災後、市から補助金約2000万円を得て、建物の屋上につながる避難階段を整備しました。
この避難階段を使って地域の住民が避難する際に、施設の利用者の避難をサポートをしてもらおうというねらいです。
施設の避難訓練に町内会のメンバーも加わるなど、一体となって津波への備えを進めています。
特別養護老人ホーム「つばさ」奥川清孝施設長
「日ごろからの地域との交流がいちばん大切だ。どうしたら上手に避難できるかを地元の皆さんにも協力いただいてやらなければ何もできないと思う」
廃校グラウンドに高齢者施設 自治体が移転を支援
自治体の強力な支援を受けて、少ない施設の資金負担で移転を実現した例もありました。
三重県南伊勢町の特別養護老人ホーム「真砂寮」です。
以前は海の目の前に立地し、南海トラフ巨大地震で最大10メートル近い津波が想定されていました。
東日本大震災で危機感を募らせた当時の施設長らは、町に移転を要望しました。
そして4年前の4月、海から離れた内陸に移転することができました。
移転先は、なんと廃校となった、中学校のグラウンド。
町がもともと所有していたので土地を無料で借りることができました。
とはいえ建設費など、事業費はおよそ9億円に上りましたが、その9割を町が負担しました。
なぜ町は高額の補助をすることができたのでしょうか。
「過疎対策事業債」という、自治体の過疎化を防ぐための国の支援事業を活用したからです。
この事業では福祉や産業振興、教育幅広い用途で使うことができ、国が実質7割を負担します。
町の支援のほか周辺の自治体の補助も受け、施設の費用負担は6400万円に抑えられました。
地域で議論することが必要
福祉や防災に詳しい専門家は、津波の浸水想定区域に高齢者施設が立地している現状について次のように指摘しています。
山梨大学 秦康範准教授
「高齢者施設だけに、利用者の命を守ることを求めるのは、かなり厳しい要求だとも思う。安全にどこまでお金をかけるかが問われていて、国として高齢者施設の防災に力を入れるかどうか、限られた財源の中でやるべきか、それは政治判断だ。地域の理解を得るために、高齢者施設と子どもの施設を一緒にするなど、安全な場所に立地させるには、地域でウィンウィンになるやり方も模索すべきだ」
国のまとめでは、全人口に対する65歳以上の割合が2000年は17.4%だったのが、2020年には28.8%に増え、さらに、2065年には38.4%になるとも推計されています。
『超高齢社会に私たちは安全な場所で老後を過ごすことができるのか』
東日本大震災の教訓は、いまなお、私たちにその課題を突きつけています。
詳しくは3月12日(土)総合テレビ、夜9時からのNHKスペシャル「あなたの家族は逃げられますか?」で放送します。
浸水域の高齢者施設はどこに?MAPで検証
全国に3820ある浸水想定区域内の高齢者施設の、場所や開設時期、高齢者の人数や想定される浸水の深さなどのデータを地図上に掲載しました。
より詳しくは、こちらの特集サイトをご覧ください。