被爆体験の継承に著作権と新型コロナの壁

被爆体験の継承に著作権と新型コロナの壁(2020年8月6日 映像センター 寺田慎平)

8月6日、広島に原爆が投下されてから75年です。
全国各地で戦争の記憶を後世に伝えるための取り組みが進められています。かつて作られた被爆者の証言集を改めてとりまとめる取り組みも始まっています。しかし、この取り組みをある2つの壁が阻んでいました。
それは「著作権」と「新型コロナウイルス」でした。

被爆の証言を再び世に

「熱い!苦しい!助けてくれ!の悲鳴や呻き声が」

「『原爆にあっています』とは言えぬ。身重でも仲々話す事が出来なかった。胎児を抱えて不安々々、…」

いずれも被爆者の貴重な証言です。

被爆者が高齢化し、被爆の記憶を語り継ぐことが困難になっている中、残された被爆者のことばの重要性は年々増しています。
全国各地にある被爆者でつくる団体では、戦後、こうした被爆者の声を手記や証言集として発行してきましたが、被爆者の高齢化で解散する団体が相次ぎ、証言集も十分に保管されないままとなっていて、どのように後世に伝えていくのかが大きな課題になっています。

一編たりとも失いたくない

奈良県の被爆者団体「わかくさの会」が発行した証言集「原爆へ平和の鐘を」です。
この証言集は、1986年から1995年にかけて発行されたもので、延べ63人の被爆者の証言が盛り込まれています。

しかし、この団体が2006年に解散したことから、この証言を取りまとめ、再び発行しようという取り組みに乗り出した人がいます。
奈良市に住む仏像修理士の入谷方直さん(47)です。

入谷方直さん

母方の実家が広島にある入谷さんは広島で生まれ、毎年夏になると広島に行き、被爆者の声に耳を傾けてきました。
団体が解散したことをきっかけに奈良県の被爆者について調べたところ、証言集がわずかしか残されておらず、この貴重な資料に多くの人が接することができる状況にないことを知り、このままでは、奈良県の被爆者が残した声が埋もれていくのではないかと、感じたといいます。

入谷方直さん
「被爆者の方だけではなくて戦争体験者の多くの方々が自分の悲惨な体験というものを残すことで平和を願って手記にしていただいていると思う。つらい体験を形として残してくださった声というものは、できるならば一編も失いたくない」

立ちはだかった壁 著作権

この証言集を再び発行しようと5年前からボランティアで動き出した入谷さんですが、思わぬ壁に直面しました。
それが「著作権」です。

この証言集の著作権は当初、団体にありました。
しかし、団体が解散したことで、著作権が被爆者や遺族に移ることになり、再発行したりインターネットなどで二次利用したりする場合には、被爆者やその遺族からの承諾が必要になりました。
入谷さんは、団体の関係者などに聞き、連絡先を調べ、直接訪問しましたが、すでに引っ越していたり亡くなったりしていて、会うことさえできず、思うように進みませんでした。ようやく会うことができても協力できないと断る人もいて、承諾が得られないケースもありました。

つのる焦り 新型コロナウイルスの壁

さらに追い打ちを掛けたのが新型コロナウイルスの感染拡大という壁でした。
直接の面会を心がけてきた入谷さんにとって、感染のリスクを考えると、高齢の被爆者や遺族に会うことはできません。
ことし3月からは直接、訪問することをやめ、電話や手紙で連絡するようにしました。

「この電話番号は現在使われておりません」

8月1日に、入谷さんは4人に電話をかけましたが、いずれも電話は通じず、2件は使用されていなかったため連絡を取ることさえ難しくなりました。
3月以降、1人も承諾をもらうことはできていません。
これまで承諾を得ることができたのは、63人のうち13人分にとどまっています。

入谷さんは、できるかぎり被爆者や遺族と直接会って話すことを大切にしています。
証言になかった被爆の状況を聞くことができたり、その後の生活の状況も話してくれたりすることもあるからです。

遺族の中には生前の日記や活動の記録などの遺品を渡してくれる人もいて、感染拡大で直接会うことができないことに不安を感じています。

歩みはとめない

それでも入谷さんは、来年春には、これまでに承諾を得られた証言だけでもまとめ、本を発行する計画です。

8月1日、本の発行に向けて連携している団体と打ち合わせを行いました。
打ち合わせの中で、新型コロナウイルスの感染拡大で承諾を得る活動に見通しが立たないなどの不安の声もあがりましたが、入谷さんはできるかぎり活動を続けたいと考えています。

入谷方直さん
「新型コロナウイルスの影響で新しく被爆者の方々を探し直すことが難しくなりましたが、このコロナの時間の間に今度は伝えていくための準備もしていかなければならないので、その作業になんとか、いかしていきたいと思っています」

被爆地の証言も著作権の壁

こうしたケースはほかにもないのか。

広島市にある国の追悼平和祈念館では、館内で被爆者からの証言を得る際に文書で館内での展示や冊子に収録することを確認しているとして問題は起きていないとしています。

一方で被爆地の長崎市にある国の追悼平和祈念館では、「黒本」と呼ばれる3万人分の被爆体験記については、著作権を持つ被爆者や遺族一人一人に許可を取る作業が膨大となることから、インターネットへの掲載や館外に出すことができない状況になっているということです。

専門家も危機感

立命館大学国際平和ミュージアム 安斎育郎名誉館長

長年にわたって被爆関連の資料を収集している立命館大学国際平和ミュージアムの安斎育郎名誉館長は、証言集などを作成した段階で著作権がどこにあるのかはっきりと取り決めていないケースもあるということで、再発行や二次利用が難しい状況にある資料は全国に数多くあるのではないかと指摘しています。

安斎育郎 名誉館長
「同じようなケースは全国に何万もあるのではないか。被爆者が高齢化し過去の証言の貴重さがますます高まる中で、著作権の影響は深刻だ。団体が解散する場合は著作権を他の団体に譲渡するなど将来、著作権に困らないための対策を講じる必要がある」

国の対応は

こうした状況について文化庁では、著作権者が分からない場合や、どこにいるのか分からない場合、それに相続人が誰でどこにいるか分からない場合などは個別に判断し、著作権を使用できる制度を設けて対応しているということです。

ただ、入谷さんは、被爆というデリケートな問題でもあり、できるかぎり直接、被爆者や遺族と会ってその思いを聞き取ることが重要だと考えていて、今後も活動に理解してもらえるよう、承諾を得る活動を続けたいと話しています。

“つなぐ”のは今を生きる私たち

取材を通じて入谷さんが繰り返し話していたことばがあります。

「一度失われたものは二度と取り戻すことができない」ということばです。
数々の仏像を修理する仕事をしている入谷さんにとって傷んだ仏像が、人の手によって受け継がれていることを実感しているといいます。

被爆者が残したことば一つ一つには、戦争を二度と起こしてほしくないという思いが込められています。
取材を通じて数多くの壁があっても被爆者の方々の声に向き合うこと、引き継いでいくことの大切さを改めて感じました。