モンテンルパ 獄中から現代に届いた元死刑囚たちの手紙

モンテンルパ 獄中から現代に届いた元死刑囚たちの手紙(2020/01/23 名古屋局 早川きよカメラマン)

モンテンルパ。

フィリピン・マニラ南部にある街の名前です。終戦後、このモンテンルパの刑務所に、戦争犯罪人として旧日本軍の将兵たちが収監されていました。

それから約70年。彼らが当時獄中から送っていた手紙が、家族の元に届けられました。そこに込められていた思いとは。名古屋放送局の早川きよカメラマンが取材しました。

獄中からの手紙

70年前、フィリピンの獄中から送られた手紙。書かれていたのは…。

“日本に関する総てのものは・・なつかしいものばかりです”
“そちらは秋でしょうね・・フィリピンにも秋があったら”

当時、戦犯として裁かれていた日本人死刑囚たちの望郷の思いです。

手紙のあて先は高校生

手紙を保管していた井垣昭さん(83)です。昭和26年、名古屋市内の高校1年生で文通クラブに所属していた井垣さんは、モンテンルパに戦犯として裁かれた死刑囚がいることを知り、手紙を出したことから彼らとのやりとりが始まりました。

死刑囚の中には愛知県出身者もいました。

“名古屋と聞いただけで・・胸がおどります”(手紙より)

井垣昭さん
「日本の状況を知らせようと思ってかなり長文の手紙を書いて、その頃の切手だとか写真だとかを送りました。まさか自分のところへ返事がくるとは思ってなかった」

軍事裁判~突然の処刑

激戦の地となったフィリピン。現地住民の虐殺や強姦(ごうかん)に関わったとして、終戦後、旧日本軍の将兵ら79人が戦犯として死刑を宣告されました。その中には、虐殺の現場にいなかったのに罪に問われた人もいたと言われています。

そして終戦から6年が過ぎた昭和26年1月19日、突然、一挙に14人の処刑が行われました。

嘆願運動の高まり~帰国

この事は日本で衝撃を伴って受け止められました。歌謡曲「あゝモンテンルパの夜は更けて」がヒットするなど、世論の関心が高まります。

帰国への嘆願運動や海外からの働きかけもあってフィリピンからの恩赦が決まり、残る人たちは帰国を果たしました。

70年の時を越えて

静岡市に住む森内陽子さん(72)です。父親が死刑囚としてモンテンルパに収監されていました。

森内さんの父親は帰国することができましたが、家族の立場からモンテンルパのことを伝えていきたいと活動を続けてきました。

話を聞ける関係者も次第に少なくなるなかで2年前から始めたフェイスブックで、思いがけず手紙を持っている井垣さんとつながったのです。


森内陽子さん
「神様が続けさせたいと思えば、こういう風に何かつながることがある。本当に驚きです」

手紙が家族のもとへ

1月19日はモンテンルパで14人が処刑された日です。ことしも遺族など関係者が集まり、慰霊祭が行われました。

この日、井垣さんは70年近く保管してきた手紙を家族の会に渡しました。

一度は死も覚悟した当時の死刑囚たちの手紙に込められていたのは、若者に日本の未来を託したいという強い思いでした。

“戦争を繰り返すな”
“平和のために頑張れ”

手紙を読んだ家族
「これ初めてですね。自分たちの気持ちを伝えたいというのが込められているんじゃないでしょうか」

父親の思いに触れた長女は、「自分の昔のことは口をつぐんで語らない父でしたので、改めてこの年になって本当に貴重な思いをさせていただいています」と話していました。


井垣昭さん
「“あとの日本を頼むぞ”という当時のみなさんの気持ちを、なんとか受け継いでいかないといけない。こんな風に思います」

70年前、遠いフィリピンで刻まれた祖国への思いは、手紙とともに次の世代へと語り継がれていきます。