絵本でもっと伝えたい 彼女のことを

絵本でもっと伝えたい 彼女のことを(2018年8月14日 神戸局 吉田敬市記者)

神戸空襲の語り部を続け、おととし80歳で亡くなった女性の話をもとにした絵本が、ことし出版されました。
絵本には、若い人たちに平和の大切さを伝えたいという思いが込められています。

空襲で右腕を失った9歳の女の子

その絵本は、今月、兵庫県明石市で開かれた戦争の遺品などを展示する催しで紹介されました。

絵本のタイトルは「さなえさんのて」。神戸で空襲にあった、9歳の女の子の話です。

女の子は、疎開先から自宅に戻っていたときに空襲に遭いました。警報を聞いて避難しようとした直後、右腕に焼夷弾が直撃したのです。

絵本で描かれたその場面です。

「にぶい衝撃を感じ、見ると、右手が飛ばされて無くなっています。
さなえのおててがなくなっちゃったよーっ。
字も書けないし、学校にもいけないよーっ。
お母さんは、『わたしたちは、もうここで死にます』と泣き崩れました」

モデルの女性は

絵本は、長年神戸空襲の語り部として活動していた、石野早苗さんの体験がもとになっています。

石野さんは住み慣れた家を焼かれ、何の罪もない人の命を奪ってしまう戦争の怖さを少しでも知ってほしいと、講演を続けてきました。

しかしおととし体調を崩し、講演活動に復帰できないまま80歳で亡くなりました。

残した原稿をもとに絵本を

石野さんが亡くなる前、その思いを多くの人に伝えるため「講演の内容を絵本にしたい」と石野さんに伝えていた人がいます。

「神戸空襲を記録する会」の、小城智子さん(66)です。

小城智子さん:
「石野さんは、子どもたちに心に残るお話をしてくれる方なので、このまま石野さんがいなくなるというのはすごく大変なことだと思い、何とか形に残したいと考えました」

絵本のもとになったのは、石野さんが残した原稿でした。

戦争を知らない若い人たちに、どうすれば平和な世の中の大切さを伝えることができるのか、200回を超える講演会のたびに、何度も書き直していました。

小城さんはこの原稿に加え、石野さんがあまり語らなかった戦後のことも、絵本に描きました。

右腕を失った石野さんが、苦労しながらも2人の子どもを育てたエピソードを通して、戦後の平和のありがたみを伝えようと考えたからです。

知らなくても思いを巡らせて

小城さんは、約1年半かけて絵本を完成させ、ことし3月に自費出版して、神戸市内の小中学校や図書館に寄贈しました。

そして今月、兵庫県明石市で開かれた戦争の体験談を話す催しで、絵本を紹介しました。

絵本は、次のことばで締めくくられています。

「戦争を知らないあなた方も、その悲惨さに思いを巡らせることができる。若いあなた方が、平和な社会を守ってください」

中学生の息子と一緒に絵本の内容を聞いた女性は「空襲の恐ろしさがすごくリアルに書いてあり、言葉が出ない。子どもの教育にもすごくいいと思いました」と話していました。

小城智子さん:
「石野さんから思いを託された者の責任として、若い世代にこの話を伝えていきたいですね」

絵本「さなえさんのて」は、出版後、多くの人から問い合わせが寄せられたため、一般向けの販売も始めました。

長年、戦争の恐ろしさと平和の大切さを訴え続けた石野さんの思いは、絵本の中に受け継がれています。