日韓が対立している
「今だから」
戦跡に集う(2019年8月15日 札幌局 北井元気記者)

戦時中に工事などに動員され、過酷な労働環境の中で亡くなった日本人と朝鮮半島出身の人たち。その位牌(いはい)を安置する寺が、北海道北部の幌加内町(ほろかないちょう)にあります。
日韓関係が悪化しているなかで、この寺の存続に動き出した日韓の人たちを取材しました。

ダム工事で200人以上が
命を落とした

幌加内町にある旧光顕寺には、太平洋戦争中に過酷な労働で亡くなった人たちの80あまりの位牌が安置されています。

僧侶の殿平善彦さんは寺で位牌が見つかったことをきっかけに、過酷な労働の実態を調べてきました。

ダムで作業する労働者たち(1940年頃)

北海道では15万人近い朝鮮半島出身者が動員されて、軍需を支える各地の炭鉱などに配置され、氷点下の劣悪な労働環境で多くの人が命を落としました。

幌加内町では、電力不足を補うための水力発電用のダム工事が5年あまり続けられ、日本人と朝鮮半島出身の人たち200人以上が犠牲になりました。

遺骨を前に日韓の若者が議論

殿平さんは、身元不明のまま道内各地に埋葬されていた遺骨を発掘して、遺族に返す活動を40年ほど前から続けてきました。

発掘作業には日韓両国の若者たちも参加しました。夜には寺に集まって議論を交わし、互いへの不満をぶつけあうこともありました。

しかし亡くなった人に直面して率直に意見を交わしたことで、歴史認識にとらわれない信頼関係を築けるようになったといいます。

殿平善彦さん:
「出てきた遺骨と出会ったときに、あなたたちは何を考え、どんな行動を起こすのかということです。この遺骨に私たちが向き合うことによって、政治や過去の歴史の壁を越えて人々がつながり合うということが生まれたんです」

発掘された遺骨

寺の危機に広がった支援

倒壊寸前の本堂

日韓の若者の信頼関係を育む場となってきた旧光顕寺に、ことし2月、危機が訪れました。大雪で本堂が大きく傾き、倒壊の恐れが出てきたのです。再建する資金は無く、殿平さんは活動を終えるしか道はないと感じたときもありました。

殿平さんがSNSに投げたメッセージ

殿平善彦さん:
「この建物があったからこそ取り組みができたということは間違いない。私たちが培ってきたつながりが、これからどうなっていくんだろうという不安も浮かび上がってきました」

するとSNSに意外な声が寄せられました。

「日本・韓国・北朝鮮・中国・台湾、わだかまり無く友好できれば」

「微力ですが、なにか力になれることがあれば」

「応援いたします」

日韓両国から、活動の継続を求める声が相次いだのです。殿平さんは寺の存続を決意し、再建に向けた作業には道内各地から支援者が集いました。

その中には韓国から来た人もいました。

ユン・ジョングさん:
「一人一人が役に立てば少しずつ何かちょっとよくなるんじゃないかと思います」

ジョングさんは、13年前に行われた遺骨の発掘活動に初めて参加しました。それまで「日本は悪い国だ」という印象しかなかったそうですが、日本人と直接向き合うなかで、「同じ過ちを繰り返してはならない」という思いだけは、日韓とも一緒だと思うようになりました。

日韓関係がかつてないほど悪化していると言われるなか、日本に行くことに反対する声もありました。しかし厳しい状況だからこそ、寺が持つ可能性を次の世代につなげたいと話します。

ユン・ジョングさん:
「われわれの民族の先祖が、ここで苦難の末に亡くなった。それは本当に心が痛いことです。けれど同じように犠牲になった人の中には、多くの日本人もいました。日韓関係が悪化しているなか、いろいろな意見があると思いますが、個人個人が互いと向き合って関係を築けば、政治のいざこざに関係なく融和のきっかけを見いだせると思います」

日韓が対立している
今だから

殿平さんは今、寺の再建を目指して募金集めをすることを考えています。1人でも多くの日本人と韓国人に74年前の戦争と向き合い、互いの考えをぶつけることのできる場を提供することが、日韓関係の改善と発展にもつながると信じています。

殿平善彦さん:
「日韓関係はさまざまな変化を遂げてきました。よくなったときもあれば悪くなったときもあります。でも政治の動きとは全く別に、人どうしのつながり、お互いの友情、そして信頼関係をずっと深めてきたのです。
だからこの寺を再建すれば、僕らが長年にわたって培ってきた関係を絶やさずに、さらに育んでいけると思っているし、それはやはり民衆、市民にしかできないことだと思います。
政治に委ねて『なんとかしてください、お願いします』という時代はもう終わったんだと思っています」

遺骨を前に交流を深め、同じ過ちを2度と繰り返さない思いを共有することが、深い断絶を乗り越えるきっかけになる。北海道で再建を待つ寺は、融和に向けた1つの答えを示しているようでした。