愛知県の佐藤明夫さん、92歳。
小学生だったころの自分をロボットだったと振り返ります。
今はロボットではなくなった佐藤さん。
いったい、何があったのでしょうか?
(名古屋放送局カメラマン 柳川侑一郎)
ことし、ある絵本が出版されました。
タイトルは「ロボットになったあきおくん」
友達と遊ぶのが大好きだった小学生のあきおくん。
近所の子どもたちと野山を走りまわったり、かくれんぼをしたりするのが大好きです。
学校でみんなと季節の歌を歌うのも大好きです
(絵本より)
しかし、学校で習う内容は次第に変化していきます。
軍歌を歌ったり体を鍛えたり…
当時の日本は太平洋戦争へ突き進むさなかでした。
6年生のお兄さんたちは大声で号令をかけて頑張っています。
あきおくんは、もうすぐ6年生なのに、僕はあんな風にはできないなと思いました
あきおくんは次第に学校が楽しくなくなり、笑顔も少なくなっていきました。
そして、ある朝、あきおくんにある変化が…
次の朝、あきおくんが起き上がると、あれ?いつもと違うぞ…
あきおくんの顔も身体もカチカチのロボットに変わっていたのです
軍国教育のもと、次第に自分で物事のよしあしを考える力を失っていったのです。
庭のきれいなお花が咲いて嬉しいな
近所の優しかったお兄さんが急にいなくなって悲しいな
隣のお家の赤ちゃんが歩き出して不思議だな
昨日までの気持ちはありません。もう何にも思わなくなりました
戦争体験を直接話せる人が減るなか、子どもたちが戦争について考えるきっかけを作りたいと、作られたこの絵本。
あきおくんのモデルとなったのは佐藤明夫さん(92)です。
佐藤さんは、これまで自分の経験は語ってこなかったといいます。
佐藤明夫さん
「私の戦争体験は、空襲とか親兄弟が戦死したとか、そういう本当に過酷な経験はあまりなくて、平凡な体験だと思っていたのであまり人前で話すこともしなかったんですけども」
みずからの体験を語り始めたきっかけは2015年に自宅で見つかった一枚の手紙でした。
日中戦争のさなか、佐藤さんが小学3年生の時に授業で書いたものです。
(当時、佐藤さんが書いた手紙)
兵たいさん元気ですか。ぼくも元気で遊んでいます。
―中略―
ぼくはらぢを(ラジオ)やしんぶんで兵たいさんがわるいしな(支那)兵をやっつけて下さると思ふと、ほんとうにありがとうといはずにはをれません。
こないだはかん口(漢口)をおとして下さった時、むねがすーっとしました
中国に進軍する兵隊を応援する気持ちがつづられていました。
「兵隊さんがお喜びになるでしょう」
手紙には先生のコメントとともに10点中9.5点の高い評価がされていたといいます。
小学校でも子どもたちを戦争に巻き込むような教育が行われていたことを記録しなければいけない。
佐藤さんはみずからの体験を手記にまとめ、伝えていくことにしました。
小学6年生に進級した佐藤さんは、下級生をまとめる級長に任命されました。
もともと恥ずかしがり屋でしたが、少しずつ軍国少年として下級生を厳しく指導するようになっていきます。
佐藤さん
「先頭に立って号令をかける。下級生でたるんでいるのがあれば叱り飛ばすと。いま考えると戦争ロボットに変身していたわけですね。小学生でも戦争に協力、加担したんだなと。自分自身も戦争責任があるんだなと」
日々身の周りで起こることに対して、何も感じられなくなっていったといいます。
戦地から遺骨が帰ってきた時は、どこでどのように亡くなったのか疑問を持つことなく、ただ「兵隊が死んだか」と事実だけを受け入れていたといいます。
1945年8月15日。
玉音放送で日本の敗戦を実感した佐藤さん。
人生で一番悔しかった経験だと振り返ります。
ただ、少しずつ時間がたつにつれ、自分が戦時中に学んできたことが本当に正しかったのか冷静に考えるようになっていきました。
戦時中当たり前だった“軍国教育“の常識が戦後少しずつ変わっていったといいます。
絵本ではあきおくんが、涙を流し体からロボットが剥がれ落ちる姿で表現されています。
自分が巻き込まれた戦争を理解しようと歴史を勉強し、高校の社会の教師になった佐藤さん。
授業では生徒たちに「自分で考えることの大切さ」を繰り返し伝えてきました。
戦争を直接経験した人が少なくなっている今、子どもたちにも身近な絵本を通して、どんな場所でも起こりうる戦争の恐ろしさを感じてほしいといいます。
佐藤さん
「子どもたちには、何にでも疑問を持つことの大切さを伝えていました。疑問を持って、間違っていることは反対する。だまされる人間にはなるなと。周囲が特定の方向に向かうような雰囲気が戦争の始まりだということを、絵本を通して知ってほしいと思います」
佐藤さんの体験は、少しずつ若い世代にも広がっています。
8月2日、愛知県半田市で開かれた絵本の読み聞かせ会。
あきおくんと同年代の子どもたちやその親などが内容に耳を傾けました。
参加者
「戦争体験を聞くという仰々しい感じではなくて、子どもにも親しみやすい絵本を通して、子どもたちが何かしら感じるとすごくいいと思います」
「子どもの戦争体験はあまり聞いたことがありませんでした。心を捨てるというか、自分の感情をなくすしかないという気持ちがよくわかりました」
「子どもに関わる仕事をしているので、この絵本を通して戦争のことを伝えていきたいと思います」
絵本の最後には、佐藤さんが繰り返し子どもたちに伝えてきたメッセージが描かれていました。
先生になったあきおくんが教えてくれたこと。
それは「みなさん、たくさん本を読んでください。そして自分の頭で考えられる人になってください」
今回の取材で感じたのは、戦争が子どもたちに与える影響の大きさです。
佐藤さんが体験を語るきっかけになった小学校の時に書いた手紙の原本はすでに処分したそうです。
「傷口をえぐるようだ。本当を言うと読みたくない」
佐藤さんは戦争を正しいと考え、鼓舞するような内容を子どもたちが書いていたことに、今でも胸が苦しくなると話していました。
ただ、当時の雰囲気や教育を知っているからこそ、若い世代に平和の尊さを伝えていきたいという佐藤さんの強い思いも感じました。
終戦から78年がたち、当時の経験を直接聞くことができる機会は限られています。
「小さなことにも疑問を持って自分で考えることを続けなさい」
佐藤さんの言葉からは、日々自発的に考える習慣をつけていくことが必要だと改めて感じました。