NEW2021年11月25日

石油備蓄の放出なぜやるの?

原油価格が高騰する中、日本政府は11月24日、アメリカ・バイデン政権の要請を受けて石油の国家備蓄の一部を放出することを正式に発表しました。ほかにインドや韓国などあわせて6か国が協調した石油放出。異例の対応のようですが、なぜ必要なのか、決定にいたる舞台裏も知りたいです。エネルギー担当の五十嵐圭祐記者、西園興起記者、教えて!

そもそもですが、石油備蓄って何ですか?

五十嵐記者

日本は石油のほとんどを輸入に、それも中東に依存しています。

中東で政情が不安定になった場合、輸入できなくなると国民生活に大きな影響が及ぶので、万が一に備えて国などが石油を備蓄しているんです。

過去に石油が輸入できなくなったことってあったのですか?

五十嵐記者

もともとこの仕組みができあがったのは1973年に起きた第1次オイルショックがきっかけです。

1973年10月

この年の10月、第4次中東戦争(イスラエルとエジプト・シリアをはじめとするアラブ諸国との間で行われた戦争)が勃発、OPECが原油の供給制限と石油価格の引き上げを行ったことで、石油の国際価格は3か月間でおよそ4倍に跳ね上がり、日本国内は一気にインフレになりました。

トイレットペーパーが買い占められて、店頭からなくなったという話は有名ですよね。

それで石油を備蓄しようということになったのですね。

五十嵐記者

そうなんです。1975年に石油備蓄法が制定され、万が一に備えた備蓄が始まりました。

備蓄の種類は3つあります。ことし9月末時点の備蓄量とあわせてまとめると次のようになります。

備蓄のタンクはどこにあるのですか?

西園記者

国家石油備蓄基地が全国に10か所、そして民間の借り上げタンクが10か所あります。

これだけたくさん備蓄しているなら、石油の放出は簡単にできそう。

西園記者

それがそう簡単ではないんです。五十嵐記者がこれまでの歴史を説明したように、この備蓄はオイルショックがきっかけでした。

法律にも石油の放出は、中東情勢の悪化や災害時にガソリンなどの供給不足の恐れがある場合に限定されているんですね。価格が上がったから石油を放出しようというのは法律の建て前からすれば、できないことなんです。

え?ではどうやって放出するのですか?

西園記者

この方法が決まるまで、政府内で激しい議論が交わされていました。舞台裏をお伝えします。

国家備蓄を扱うのは経済産業省の外局である資源エネルギー庁です。資源エネルギー庁の中には、当初、備蓄の放出に否定的な声がありました。石油備蓄法にかかれているように、放出は石油の供給が危うくなるような有事の「最後の手段」だと考えていたからです。

万が一、大規模災害が起きたときに備蓄が不足するということはあってはなりません。また、放出できる量はわずかで、価格抑制効果は限定的だという見方もありました。

では誰が放出は決断したのですか?

五十嵐記者

ひとことでいえば総理官邸ということになるでしょう。アメリカ政府、バイデン政権からの要請ということで、政治的にこれは進めるべきだという判断に傾いていったんだと思います。

官邸と資源エネルギー庁で考え方が違うというわけですか?

西園記者

表向きは同じですが、裏では温度差がありました。資源エネルギー庁は価格抑制目的で備蓄を放出するという前例をつくりたくない。一方、官邸はバイデン政権との関係を重要視していたのだと思います。

バイデン大統領は支持率が就任以来最低の水準にまで低下しています。アメリカは来年、中間選挙を控えています。ガソリン価格の上昇は、車での移動が中心となるアメリカ人の有権者には大きな不満材料です。

ある日本政府高官はバイデン政権が支持率低下でかなり困っている状況にあると分析していました。日米同盟という大きな枠組みから、要請がある以上、石油の備蓄放出に協力しないわけにはいかないと官邸主導で動き出したのです。

法律上難しい国家備蓄の放出、具体的にはどうやって行われるのですか?

五十嵐記者

資源エネルギー庁は備蓄している石油の売却時期を前倒しするという方法を考え出しました。

売却時期の前倒し?どういうことですか?

五十嵐記者

備蓄している石油はずっとそのまま保管しているわけではなく、一部は年に数回、新しい石油に入れ替えているんです。入れ替えるために古い石油を入札によって石油元売り会社や商社などに売却するんですね。

当初は、来年春以降の実施を予定していました。その入札時期を前倒しして、一時的に備蓄量を減らすという形でなら、法律の趣旨に反することなく放出できると考えたわけなんです。

いつごろ、売却するんですか?

五十嵐記者

規模は数日分、数百万バレルだと説明していますがいつ売却するのかは精査中だとしています。

これで原油価格下がるのでしょうか?

西園記者

原油の国際的な指標となるWTIの先物価格は、アメリカ政府が各国に備蓄の放出を要請という海外メディアの記事が伝えられた11月17日に下がり始め、一時、1バレル=74ドル台まで値下がりしたのですが、アメリカが正式に備蓄放出を発表すると価格は上昇し、一時、1バレル=79ドル台まで戻ってしまったんです。(25日午後5時時点)

あれ?なぜ、備蓄放出を発表したら原油価格が上がるんですか?下げるために放出したのでしょう?

五十嵐記者

専門家に話を聞くと、すでにバイデン政権が各国と協調して備蓄を放出するというニュースが伝わった段階で市場が織り込んだ価格になり、下がっていたといいます。

しかし、放出量が発表されると、それが想定より少なかったという見方から、逆に先物価格が上がってしまう結果をもたらしているとのことでした。

原油価格、今後、どうなるんでしょうか?

西園記者

供給側がどう動くか、ボールは産油国にあると思います。12月2日に開かれるOPECプラスでの議論がカギを握ります。OPECプラスとは原油の産出国が集まって、これからの生産量をどうするかを話し合う枠組みのことです。

議論はどうなりそうですか?

五十嵐記者

見通すのは難しいのですが、産油国にとって原油の販売は国家収入の生命線であり、価格は高い方がいいと思っています。

新型コロナウイルスの感染が世界的に再拡大しているなか、原油の需要は今後も伸びるのかどうか、半信半疑でいるはずです。それでも原油の増産には一定程度協力してきたという立場です。そこに今回、アメリカがまさかの石油備蓄の協調放出というカードを切ってきた。

産油国からすれば「ちゃんと増産に協力してきたのに、なんてことするんだ!」と怒って、生産量を絞るのではないかとの見方も出ています。

西園記者

産油国と消費国の思惑と駆け引き、そこにグローバルな需給や出来事を先読みする市場。複雑に絡み合いますが、今回の石油備蓄の放出がさらに話を難しくしないのかどうか、注視していきたいと思います。