NEW2020年03月17日

“通貨マフィア”のメッセージの意味は?

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、世界各国で株価が急落するなど金融市場の混乱がおさまりません。市場が動揺すると注目されるのが、財務省の国際業務担当のトップ、「財務官」の発言です。「通貨マフィア」とも呼ばれ、微妙なことばの使い方1つで金融市場の動きをけん制する財務官。今どんなメッセージを発していて、今後は何に注目すればいいんでしょうか?経済部の影圭太記者に聞きます。

このところ、財務官の発言のニュースをよく見ます。財務官のメッセージにはどんな重要性があるんでしょうか?

影記者

財務官は、財務省の国際業務のトップです。財務官は政府・日銀が行う「市場介入」の判断に深く関わるため、市場が混乱する時ほど発言が注目されるのです。

市場介入とは、政府・中央銀行が外国為替市場で、ある通貨を売ったり買ったりして為替相場の安定を図ろうとするものです。その売り買いの量がばく大なため、ひとたび市場介入があると、例えば円相場は瞬間的に数円単位で変動します。

投資家からすれば、その動向で巨額の利益や損失が出かねないため、財務官の微妙な発言の変化に注目するのです。

財務官のことばと市場介入とは関係が深いということですか。

影記者

過去の歴史を振り返ってみてもそうなんです。

榊原英資氏

例えば、「ミスター円」とも言われ、国際金融局長時代から積極的に市場介入を行った榊原英資氏(1997年~99年財務官在任)は、「為替も株式も価格は市場が決めるものだが、市場は完璧ではない」などと強いメッセージを発しました。

また、今の日銀総裁である黒田東彦氏も財務官だった当時(1999年~03年在任)、円高が進む市場の動きを見て「為替の安定のために必要であれば断固たる措置をとる」「ドルと円は適切でない動きをしている」などと述べて、断続的な円売りドル買い介入に踏み切っていたのです。

黒田東彦日銀総裁(2015年6月)

ちなみに黒田氏は日銀総裁になったあと、2015年6月の衆議院の財務金融委員会で、大規模な金融緩和を背景に1ドル=125円台後半になっていた円相場に関し、「さらに円安が進むことはありそうにない」と発言しました。

市場はこれを政府・日銀の円安へのけん制だと捉えて、急速に円相場が円高方向に動いたこともあります。このときの円相場は「黒田ライン」とも呼ばれ、以降この水準を超えて1ドル=126円台の円安水準に進んだことはありません。

それくらい発言には重みがあるということですね。現在の武内良樹財務官は、今回、どんなメッセージを出しているんでしょうか?

影記者

財務省 武内財務官

直近では3月13日に開かれた財務省・日銀・金融庁の3者会合のあと、武内財務官は記者団の取材に応じ、「金融市場全般で引き続き神経質な動きがみられる」「より一層緊張感をもって市場の動向を注視し、必要な場合には適切に対応していく」と話しました。

ポイントとしては、今の市場の動きを「神経質な動き」とは指摘していますが、国際的に市場介入が許容されると言われている「過度な変動」や「無秩序な動き」だとまでは言及していないことです。

市場介入が国際的に認められる水準があるんですか?

影記者

市場介入は言いかえれば、政府と中央銀行が、市場が決めた相場に異論を挟み、強制的にそれを是正しようというものです。メリットがある国もあればデメリットがある国もあるため、G7=主要7か国の間では意図的な相場操作は避けるべきで、介入が認められるのは実体経済に悪影響が及ぶ「過度な変動」や「無秩序な動き」の時だという認識が共有されてきました。

武内財務官は、いまがまさにその対象となる変動なのかどうかについては言及を避けていて、じっと動きを見ているよ、というけん制球を投げています。そして今後は対象になる変動になった場合には適切に対応するよと、言っているのです。

適切な対応とは、市場介入のことを指しているのでしょうか?

影記者

市場介入は、実際は簡単ではなく、政府・日銀の介入は2011年11月を最後に一度も行われていません。今もし介入を行って円安ドル高が進んだ場合、為替相場に神経をとがらせるアメリカのトランプ政権から、どう責められるかわからず、伝家の宝刀は抜きにくい状況にあるのは確かです。

一方で新型コロナウイルスの感染拡大に対する不安感は広がり、金融市場の動揺は今後も続きそうです。こうした難しい状況の中で、市場関係者に足元を見透かされずにしっかりけん制できるのか、財務官のメッセージの重要性が増しています。