2019年03月13日
(聞き手:佐々木快)
大阪生まれ、千葉育ちの立川志の春(たてかわ・しのはる)さんは、現在42歳。アメリカのイェール大学を卒業し、三井物産に入社。その後、落語家に転身した異色の経歴の持ち主です。落語はビジネスに応用できる部分も多いと語る、志の春さん流の情報活用術です。
学生
佐々木
きょうはよろしくお願いします。志の春さんは新卒で三井物産に就職されたということですが、就活のときのお話をお伺いしたいです。
私は1999年に就職活動をしたのですが、そのころは氷河期で、多分そこそこ大変だったんだと思うんですよ。でも、留学生枠みたいなところから行ったので、みんなと一緒の活動は経験してないんですよね。
志の春さん
商社に入られた理由はなにかあったんですか?
正直な話、理由はそんなになかったんです。海外の大学を卒業する人のために、商社で少し遅れた入社試験があるというのを聞いて、じゃあ一応と…。
それで受かって入られたと。
そうですね。面接とか受けてるうちに「いい会社だな」って思って、こういうところで働きたいなと思い始めて、そしたら内定頂いたので入ろうと思ったんですね。
でも、立川志の輔師匠の落語に出会って、会社を辞めて、落語の道へ進まれたんですよね。
最大のものは「直感」ですね。師匠の落語を聞いて、そこから半年ぐらいいろんな方の落語を聞いて、落語家になりたいって思った時に、一番あったのは「ここでやらなかったら一生後悔する」という直感だけですね。
「仕事を捨てて・・・」みたいな感覚は一切なかったです。三井物産での仕事が嫌だったとかじゃなくて、よりやりたいものが見つかってしまったので、もう落語やるしかないんじゃないのっていう感じでしたね。
落語家さんってどんな生活を送っているか、想像がつかないんですが・・・だいたいの1日のスケジュールを教えて下さい。
私は、結構、落語家にしては早起きな方で、午前7時ぐらいに起きます。平日で、夜7時から落語の独演会がある日の場合だと、起きてから、会場入りする午後5時半くらいまで、稽古をしたり、「まくら」を作ったりして過ごしています。
まくら:落語の本題に入る前の導入部分のこと。挨拶や世間話などで客をリラックスさせ、聞いてもらいやすい空気を作るなどの目的がある。
基本、何回も何回も繰り返して落語の稽古をするんですけど、その合間で、新しい話題やニュースがあったら、それも「まくら」に盛り込もうかなと思ってるので、ニュースをチェックします。
どんなところを重点的にご覧になっていますか?
世の中、スピーディーで、ネットとかで見ているとその瞬間瞬間のニュースが入ってくるんですけど、2、3日したら忘れてたりするじゃないですか。
取っておいた新聞を見返して、今、話しても新鮮さを失っていないニュースを探します。
どういう話に注目されることが多いんですか。
ちょっと物語性があったり、すぐには消えていかないニュース、例えばちょっと前に火星探査機が10年以上火星で探査活動をしてて、寿命を全うしてさよならということになったというニュースがあったんですね。
その火星探査機の最後の通信が、「電池が少なくなってきました・・・周りも暗くなってきました・・・」といってプチっと途絶えたっていう。
物語性があるというか、ちょっと感情を動かされるようなニュースだったりして。新作とか、なにかのきっかけにならないかなっていう観点で見ることが多いかもしれないです。
そういったニュースも、「まくら」に盛り込むんですか?
「まくら」は、その前から何となく考えてたり、そのひと月の間に自分の身に起きたことをもとにしゃべることが多いんですが、当日、直前にニュースをチェックして、アドリブ的に「さっき新聞読んでたらこんなことありましたね」とか言って盛り込むこともあります。
出番の直前にもチェックするんですね!
しますね。午後5時ぐらいに、ネットでザーッと見ます。当日一番気になるのが「その日、何についてお客さんが笑えないか」ってことなんです。タブーをチェックしておく。
例えば、「佃祭(つくだまつり)」っていう船の事故の話があるんですけれども、海難事故が起きた日だったりしたら、そのネタはそぐわないわけですよ。事故を連想してしまうし、心配しているお客さんもいるし、笑えなくなってしまうわけですよね。
「鼠穴(ねずみあな)」という話には大きな火事のシーンが出てくるんです。そうすると大きな火事を連想させるものがあった時には、伝えたいメッセージが伝わらない。
台風・大雨とか去年はたくさんありましたけれども、そういうときに天災を扱った話をやっても、合わないですよね。それを最終チェックするために、直前にニュースを見ますね。
落語家さんが、こんなにニュースを活用しているのは意外でした。逆に、このニュースをまくらにすると、この落語にぴったりだなって思うこともありますか?
ありますね。例えばちょっと前ですけど、行方不明になっていた男性がいて、ご遺体が見つかって、ご家族もその男性だと思って、お葬式をしてしまった後にその男性が現れて、「えー!」って。
「こんなこと、今の世の中でもあるの?」みたいな事件なんですけど、古典落語で全くそれと同じような「小間物屋政談(こまものやせいだん)」という話があるんです。
人に服を貸したら、その服を着たまま亡くなってしまって、元の持ち主が死んじゃったんだと思って町内で盛大にお葬式を上げちゃって、そしたら旅に出ていたその人が戻ってきて、「えー!」っていう話なんです。
落語をできるだけお客さんに受け入れてもらえるようにしたい、その「場」づくりに「まくら」の意味があるんですけれども、その環境づくり、お客さんとの関係づくりの中で、やっぱり情報・ニュースっていうのは、重要ですよね。
本当に大事なんですね。ニュースは、具体的にどんなものをチェックされているんですか?
僕はネットで購読しているのは、朝日新聞とニューヨークタイムズ。ニューヨークタイムズは気が向いた時ぐらいなんですけど。
あとはたくさんの人が触れているYahoo!とか。みんなが触れているニュースが何かっていうところからタブーが分かるので、(出番の)直前なんかは、Yahoo!とかが多いかもしれないですね。
まくらに時事ネタを使うときに、気をつけてることってありますか?
誰かを一方的に断罪したりしないということですかね。バッシングとか炎上騒ぎとかって、責めている人たちって対岸から責めてる、「私は絶対そっち側にはいかない」みたいな感じでバッシングしているような気がするんですね。
落語って、そもそも人間って愚かな生き物で、バカなことやったり、ずるいことやったり、せこいことやったりするけど、それが魅力的なんじゃないのって言っている芸なので。
なので、誰かを一方的に断罪するというのはないですね。
志の春さんの話を聞かせて頂いて、「まくら」がすごく重要なことがわかりました。
営業マンで、この商品は絶対にいいものだという自負があって「実はあなたが求めているものとうちの商品はぴったり合うんですよ!」という「絶対に伝えたいこと」を言うためにつなげるのがまくらだと思うんです。
なるほど。例えば新入社員になった時ってプレゼンテーションとか、そういう時に「まくら」は活用できるものでしょうか?
それはあると思いますね。まず必要なのは、相手、聞いている人たちがどういう人たちなのかを分析すること。
自分がこれからプレゼンテーションする内容は、自分にとっては大事なわけですけど、相手にとっては、全然大事じゃない場合もあれば、ものすごく興味がある場合もある。それによって最初のアプローチの仕方が違いますよね。
相手が興味がない時に、「これはすごいんです」ってアプローチしても多分距離は縮まらない。
でも、「皆さん全然興味ないでしょ?しかたなくここへ来てるでしょ。そのお気持ちはよく分かります。ひと月前まで私もそうでした。でもこれ実は、すごいんです」みたいにいくと・・・
相手は「自分たちのことを理解してもらってる」、「こいつは理解したうえでしゃべろうとしているな」っていうことが伝わるので、聞いてもらいやすくなる。
まず相手の姿勢を把握したうえで、メッセージを投げかけていくのって大事なんですね。
同じ気持ちになっていくことが大事なんですね。
そうですね。相手が今、何を感じているかなっていうのを探っていくのが大事だと思います。
就活生だと、面接で、どう話し始めていいか全然わからないという人もいると思うんです。なにかアドバイスはありますか?
相手の立場に立って考えてみると、面接官は恐らく正解みたいな答えを言われることにはもう慣れてると思うんですよね。
こういったら正解だろうという90点とか80点ぐらいの答えを学生さんたちが用意してぶつけてくるのには慣れているはずなので、アピールするとしたらそうじゃない部分。
もう素の部分であったり、本当に自分で考えて自分の言葉でしゃべるということ以上に伝わるものはおそらくないと思います。
落語のエッセンスで取り入れられることはありますか?
(相手の頭のなかに状況の)絵を浮かばせるというのは大事ですね。たとえば、会話調を時々入れたりするっていうのは、使えるテクニックかなと思いますね。落語の。
テクニック!落語は全部会話してますもんね。
落語は会話そのものを見せるので、そうすると(聞いている人の頭の中に状況の)絵が浮かぶわけですね。
日常会話の中でやってみると、若干大げさになったりするかもしれないですけれども、臨場感が出るかもしれないですよ!
たしかに!早速やってみます(笑)就職活動では、疲れることや落ち込むこと、失敗もあると思うんですけど、そんなとき落語家さんはどうしているんですか?
失敗をしたりうまくいってない時は、僕の場合は「これが後日ネタになるんだ」って、思うようにしてますかね。そう考えると、どちらに転んでもおいしいわけですよ。
物事がうまく運んでいる時はそんなにネタにならない。人は人がうまくいってる話を聞きたがらないですから。受けたり共感されたりするのって失敗したりうまくいってなかったりする時の話だったりするわけですよね。
面接でも、自分の自慢よりは、自分の失敗談をネタにして語れる人間の方が強いと?
強いと思いますね。まず失敗談をネタにして語れるって事は、そこから一歩離れて第三者として客観的に自分を見つめることができるっていう能力があるわけですよね。
それを再構成して、つらさみたいなものが先に出ると相手は笑えないですけれども、そこにおかしみが出てくるように再構成して人にしゃべれたら、それは強いと思いますよ!
つらいことも、「ネタになる」と思えば頑張れる気がします。ニュースの活用術から、面接対策までとても参考になりました。ありがとうございました!