目指せ!時事問題マスター

世界が注目の米朝首脳会談 採点は?

2019年03月12日
(聞き手:工藤 菜摘)

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ベトナム・ハノイで2月末に行われた2回目の米朝首脳会談。

世界が注目しましたが、北朝鮮の非核化の進め方とその見返りをめぐって合意できませんでした。

一体どういう駆け引きがあったの?これからどうなるの?

アメリカ・北朝鮮それぞれの立場から徹底解説してもらいます。

国際部でワシントン特派員などを歴任されたアメリカ担当の髙橋祐介解説委員。

トランプ大統領特集に続き、2回目の登場です。

学生
工藤

トランプ大統領の特集でもお話を聞かせていただきました工藤です。

よろしくお願いします。今回の米朝首脳会談、現地に取材に行かれていたんですよね。

首脳会談のプレスカード

そうなんです。

ベトナムよかったよ。ごはんがおいしかった(笑)

髙橋
解説委員

ベトナム料理、いいですね!

髙橋さんにはアメリカの立場から首脳会談についてお話しいただきます。

北朝鮮の立場からお話しいただくのは・・・

元ソウル支局長で朝鮮半島担当の出石直解説委員です。

よろしくお願いします!

成功?失敗?採点してください

まず、アメリカと北朝鮮、それぞれの立場で見ると、今回の会談は100点満点で何点をつけられますか?

点数が全然違いますね・・・。

まずアメリカは、なぜ80点なんですか?

アメリカにとって有利な状況を作り出せたと思うんですよね。今までずっと北朝鮮ペースで進んできたのを、最後の最後でトランプ大統領が「もういい。合意はあきらめる」と言ったことでアメリカが主導権を握り返した。トランプ大統領は成果が欲しいから最後サインしてしまうかなと思っていたんだけど、土壇場で彼は蹴った。主導権を握るという点で、これはなかなかいい判断だったのではないかと思います。

事前の準備から言っても、もともと非核化で合意できるという期待値は低く、中身のあるいい合意は難しいだろうなというのが一般的な見方だったわけですし。

そうなんですか。

あと、日本から見ても評価できるなと思ったのが、キム委員長が「核実験とミサイルの発射実験はもうやりません」とトランプ大統領に約束したということです。今の緊張緩和の流れを断ち切らなかったのは評価できますよね。アメリカは何も譲らずに、こうした言質を引き出したわけだから、得るもののほうが多かったと思います。

20点マイナスなのは合意できなかったからですか?

やっぱりトランプ大統領としては形に残る成果がどうしても欲しかった。北朝鮮を説得しきれなかった部分はあると思うので、その点はマイナスかなと。

北朝鮮は30点。厳しいですね。

北朝鮮からすると成功だったとは到底言えないと思うんですよね。でも完全に失敗だったとも言えない。このままアメリカと交渉ができなくなったらほんとの失敗だと思うけど、完全に決裂したわけではないとトランプ大統領も言っているし、まだ望みはつないでいる。

出石
解説委員

北朝鮮側には、何か誤算があったのですか?

北朝鮮は今回、お土産を用意していたんです。具体的にはニョンビョンというところにある核施設を廃棄しますとかね。このお土産でアメリカも喜んでくれるだろう、見返りがもらえるだろうと思っていたけど、アメリカは全然喜んでくれなかった。北朝鮮は読み違いをしたのだと思います。はっきり言って、お土産が足りなかった。

アメリカが要求してきたのは、すべての核施設を出しなさいという、北朝鮮にとっては、一番触れて欲しくないところだったので、思っていたのと違うなとなった。

それぞれの交渉カードは?

今回の首脳会談で用意していたとされる交渉カード

会談では、それぞれどのカードをきって、どの見返りを得ようとしたのでしょうか?

今回面白かったのはね、普通こういうゲームって易しいカードから順番に出していくでしょ。

北朝鮮が易しいカードを1枚出したら、アメリカも1枚出します。そしたらその次に易しいカード、という風にだんだんハードルをあげていくというのが普通の交渉ですよね。

でも、今回は両方がいきなり一番難しいカードを相手に要求した。で、終わっちゃったんです。

アメリカは「全部教えろ」と。「あなたたち、そもそもどことどこに核があるのか、まず言いなさい、話はそこからだ」と。そういう言い方をしたかどうかはわからないけど、それに類することを言ったんです。

でも出石さん、最初に一番難しいカードを要求してきたのは北朝鮮なんじゃないんですか。初日の夕食会で、「これと、これと、この制裁を解除しろ」と北朝鮮側が言って、アメリカは「それ全部じゃないか」となった。

まあ厳密にどっちが先だったかはわからないんだけど、どっちにしろいきなり両方が一番難しいカードを要求して、それで両方とも「えー!これは飲めません」となった。

そうだったんですね。

北朝鮮は「ニョンビョンを廃棄します」と言ったんだけど、アメリカから見たら、それだけじゃないだろうと。ニョンビョンの横に、地下に隠されたウラン濃縮施設があるとずっと言われていたんだけど証拠がなかった。

でも今回トランプ大統領は「俺たちは知っているんだぞ」と証拠とともに北朝鮮に突きつけた。「ニョンビョンだけでは到底納得できませんよ」と。

北朝鮮にしてみれば、アメリカもさすがにそこまでの情報は持っていないだろうと思っていたのが、これも知っている、あれも知っている。お前隠しているだろうと迫ってきて、押し返せなかった。北朝鮮が思っていた以上に、アメリカはたくさんのことを知っていたし、相当強く出てきたのだと思います。

それぞれがいきなり一番難しいカードを出したということですが、なぜそんなことになったのでしょうか?

本当のところはわからないけど、易しいカードから順番に出していくと時間がかかるし、あまり大きな成果は期待できない。事務方でやる分にはそれでいいかもしれないけど、首脳会談は2日間しかない。それで「よし」と言って両方がいきなり難しいカードを出したのかもしれない。

ただ、お互い驚いて、そしたら難しいカードは引っ込めて、1枚目、2枚目と戻ることもできたはずなんですよ。

でもそうすると2枚目ぐらいで終わって時間切れになってしまう。本当に2枚2枚のディールでいいのかと。特にトランプ大統領はそれだと「わざわざハノイまで行って、そんなんで帰ってきたの?」と批判されるんですよね。

何もないよりは2枚目まででもあった方がいいと思うんですけど、そうでもないんですか?

40点、50点、60点で満足するという方法もあったけど、あくまで90点、100点を求めたんでしょうね。

実はトランプ大統領はこの会談の後、アメリカに帰ってすぐに、政権を支える保守派の支持母体の年次総会に出席する予定があって、そこで自分の支持者たちに「いやあ、ちょっと中途半端だけど、このぐらいでお茶をにごして帰ってきました」とはやっぱり言えないじゃない。そういう事情もあって、安易な妥協は絶対できなかったんです。

トランプ大統領の事情はわかりました。北朝鮮側はどんな思惑があってこういう交渉になったのでしょうか?

北朝鮮としてはね、ちょっと甘く見ていた可能性はあります。シンガポールでの1回目の会談のときは、「非核化って大事ですね、お互い頑張りましょう」とそれしかやっていない。それって最も易しいカード。

だから北朝鮮側は、今回2回目で、まぁこれぐらいかなと、易しめのカードを2、3枚出して、60点同士でオッケーとしようと思っていたのかもしれない。100点にするのは、まだ先でいいという作戦だった可能性ですね。

そうですね。北朝鮮側は今トランプ大統領が置かれている状況を見て、内政もいろいろ問題続きだし、ディールを焦って乗ってくるのではないかと、少しアメリカをなめていたところがあったのだと思います。

でも、トランプ大統領は最初から60点なんてだめ、90点、100点を求めてきたので困ったなと。

トランプ大統領に合わせて、北朝鮮も強いカードを出したということですか?

わからないけど、普通向こうが強いカードを出してきたら、こっちも強いカードを出しますよね?やっぱり交渉だから、片方のハードルが高いときに、うちはこのぐらいでいいですとは言わない。

去年6月の1回目の米朝首脳会談(シンガポール)

1回目のシンガポール会談のときに、アメリカが一度会談をキャンセルすると言ったことがあったんです。「そんなつべこべ言うならもうやめようよ」とトランプ大統領が言って、北朝鮮が「ちょっと待って」となって、それで会談が実現した。トランプ外交ってそういう怖さがあってさ。

脅しということですか?

そうそう。どこまでが脅しなのか、どこから本当にちゃぶ台をひっくり返すのかわからない怖さというのかな。今回もちゃぶ台返しをしたように見えるんだけど、実際は決裂にはならないようにちゃんと演出もしていて、次も会うこと、交渉を続けることはやぶさかではないと言っているし、意図的に曖昧にしているわけ。中国なんかもアメリカと貿易交渉をしていて、トランプ大統領は最後の最後にちゃぶ台返しをするかもしれないと恐れているところがある。

マッドマン戦略っていうんだけど、「この男は何をするかわからない」と思わせる彼の交渉戦術なんですね。もちろんリスクはあるんだけど、相手を追い詰める非常に強力な武器になると今回見せつけた形ですよね。

アメリカと北朝鮮 これからどうするの?

非核化協議をそれぞれ今後どう進めていくつもりなのでしょうか?

3回目は絶対失敗できない。3回目も失敗すると、もうこの交渉は先がない、この2人では無理だという評価になってしまう。だから北朝鮮は相当慎重になると思います。やっぱり今回の結果は北朝鮮の計算違いだし、想像以上にアメリカは強硬だった。

もう一度作戦を立て直して、アメリカがどういうことを考えているのか、色んなレベルで探ると思うんです。そのうえで、お土産が足りないと判断したら足してくるかもしれない。まずは事務レベルでお互いの腹の探りあいをして、これなら合意できそうだというところまでいけば、3回目の首脳会談も見えてくる。

準備が大切だということですね。

北朝鮮は今回、ニョンビョンは出しますと言ったけど、アメリカはニョンビョン以外にあれもこれも出せと言ってきた。でもそれは、北朝鮮にとって隠し玉なわけですよね。

全部出しちゃうと、今後交渉が決裂してアメリカと険悪になったときに、ここを攻撃してくださいと、ここに私の隠し財産がありますという風に全部ばれてしまっているということになるから、相当なリスクです。

それを「今まで隠していました」と告白して、「どうぞ見てください、全部廃棄します」と言うことを決断できるかどうか。

例えば、全部の核兵器や施設を100とすると、「確かに今までは50でした。100は出せないけど80で勘弁してください」と言って、アメリカも「じゃあ今は80で許してやるよ。その代わり、次は90だぞ。その次は95だぞ」と約束していくとか。こういう交渉ができないと、先には進まない。

3回目に向けては時間がかかるということですね?

そうですね。時間はかかると思います。

アメリカはどうですか?

大きく言えば、次の一手は北朝鮮の出方次第なんですよ。

ただ、トランプ大統領が置かれている状況を考えると、大胆な決断をする選択肢の幅はこれからどんどん狭まっていくと思います。自分の再選がかかった選挙が来年11月にあって、大胆なことをして大失敗しちゃったら再選が危うくなってしまうので。そういう意味では、アメリカ側もこれからちょっとずつ慎重になっていくんだと思います。

あともうひとつ大事なのは、アメリカっていうのは北朝鮮だけを見ているのではなくて、世界を見ているんだよね。北朝鮮はやっぱり最後は中国に頼らざるをえない部分が出てくると思うので、特に中国の出方、中国が今回の会談をどう評価してどういう方向性を望むのかは、ひとつ大きな不確定要素なので、それを見極めることも大事だと思います。

あとはね、時間がどっちに味方するか。トランプ政権は、再選できなければあと2年弱で終わってしまうかもしれない。再選されたとしても6年弱しか残っていない。その間にこの問題で成果をあげて、ノーベル平和賞をもらうためには残り時間はそんなにない。

でもキム委員長はトランプ大統領に比べてずっと若いし、死ぬまでトップの座にいるのだろうから焦る必要はない。そういう点では、もしかしたら時間は北朝鮮に味方するかもしれない。

でも逆の考え方もあって、北朝鮮はずっと経済制裁を受けていますよね。今は我慢できるかもしれないけど、これが2年、3年、10年と続いたら、もうキム委員長ではだめだと革命が起こるかもしれない。

まだ耐えられる今のうちにまとめないと、核を廃棄して、経済制裁を解除してもらわないと、国がだめになる。そう考えると時間は北朝鮮にとって不利なものかもしれないよね。

ありがとうございました。両方の立場から解説して頂いたので、よくわかった気がします。ひとつの会談でも、前後の流れやそれぞれの置かれた立場が大きく影響するんですね。

今回、現地に取材に行かれた髙橋解説委員。裏話も聞いてみました。

実際取材されていて、交渉決裂だとわかったときは驚きましたか?

さすがにちょっと面食らいましたね。

もともと大合意はないだろうという前提で行っていたけど、文書にサインしないことはないだろうと思っていたので。

2日目の拡大会合の前にキム委員長が初めてアメリカの記者の質問に答えたのね。ワシントンポストの、私もよく知っている記者なんだけど、彼が「非核化に自信はあるんですか」と聞いたら、「そのために来ているんだ」って。

すごく画期的な出来事だったんだけど、その後、キム委員長は「1分たりとも時間を無駄にできないんだ」とかなり顔がこわばっていて。焦っているのかな、何か起きたのかなという感じはあったんだけど。そしたら昼食会がキャンセルになって、署名式もないと。かなり劇的な幕切れではあったんだけど。

中止となった昼食会の会場

出石さんも予想外の結果でしたか?

正直、予想外でした。首脳会談に失敗はないという言葉があるんですよ。やっぱり首脳に恥をかかせるわけにはいかないから。だから100点100点はないとしても、2枚2枚ぐらいのカードをきって、すばらしいで終わるのかなと思っていたんですけど、予想が外れました。

会談の舞台となったハノイ 街は活気に満ちていたそうです

写真もいろいろ見せていただきましたが、ベトナムいかがでしたか?

経済成長もして、非常にうまくいっている国だなという印象でした。ベトナムって共産党一党独裁の社会主義国家なので、北朝鮮に近い政治体制の国ではあるんですよね。あれだけ発展を遂げたベトナムの姿を、北朝鮮の若き独裁者は、どういう風に見たのかなということがすごく気になりましたね。

知っているかな、ホーチミンさんというベトナム建国の父と言われる指導者、独立運動の英雄なんだけど。このホーチミンさんのお墓をキム委員長も最終日に見に行ったのね。私もそこで初めて生で彼を見たんだけど。

へえ~。

キム委員長っていまだによくわからない人ではあるけど、これまでの2回の会談のやり取りを検証すると、それなりに合理的で、決しておかしい人ではないんですよね。そんな彼が今のベトナムをその目で見てどんなことを感じただろうかと。

北朝鮮ってね、首都のピョンヤンは高層ビルもあって、地下鉄も走っていて、栄えているんですけど、田舎のほうはね、行ったことあるんですけど、半日いて車とすれ違ったのは2回だけ。

えー!!

まだ牛車とかでしょ。

そう。牛車と自転車。まだオートバイもほとんどない。ハノイは町中オートバイが走っている。キム委員長、自分の国はまだまだ貧しくて、遅れているとわかっている。北朝鮮が豊かになるためにはどうすればいいのか考えていて、そのためにすべきことはわかっていると思う。

ベトナムはある種、理想的なモデルなんですよね。一党独裁は続いているけど、国民は豊かになっている。トランプ大統領はわざとそれをキム委員長に見せたんだと思う。あなたの国も核をあきらめたら、こうなれるよと。

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