ネット公告の闇 ネット公告の闇

潜入取材!フォロワー3万人買ってみた

2019年5月22日

フォロワーの数が仕事や報酬に直結するSNSのインフルエンサーの世界。そのフォロワーを購入して水増しする行為がインスタグラムの一部のインフルエンサーの間で行われている実態を取材した記事を21日に掲載した。

News Up「私は“水増しインフルエンサー”」
https://www3.nhk.or.jp/news/special/net-koukoku/article/article_08.html
(リンクはこちら)

では水増ししたフォロワーはどこからやってくるのか。売買しているのはどんな業者で、どのようなからくりになっているのか。取材で購入した3万人のフォロワーを徹底追跡すると、その一端が見えてきた。 (「ネット広告の闇」取材班記者 田辺幹夫・田隈佑紀・藤目琴実、ディレクター 中松謙介)

いったい何者?フォロワー販売業者に接触

フォロワーを売っているのはどんな業者なのか。「フォロワー購入」とネット検索するだけで、数多くの業者が見つかる。

インスタグラムをはじめ、YouTube、Twitter、Facebook、TikTokなどあらゆるSNSのアクセス数や「フォロワー」、「いいね」を増やすことができるサービスがある。

ホームページには会社の所在地はおろか電話番号も書かれていない。「お客様用」の問い合わせフォームを利用して、片っ端から取材申し込みのメールを送った。期待は持てなかったが、いくつかの業者から返信があった。

「直接会うことはできないが、電話だったら構わない」

そう話すある業者の男性に取材することが出来た。

――注文はどれくらいあるのか?

「ひと月に1000件。今はオーダーの8割がインスタグラムだ」

――「フォロワー」や「いいね」を買い求める人たちは多い?

「どこにでもいる普通の子が髪の毛をいじったり、良い服を買ったりというファッション感覚でフォロワーを買っている。モデルやタレントは、オーディションでフォロワー数を聞かれるので、とりあえずフォロワーが何万人もいなきゃいけないという状況になっている。名前は出せないが芸能人や有名なスポーツ選手のアカウントでも増やしたことがある。ただ、それは本人ではなく、周囲やファンの人が増やして欲しいとオーダーしてきた。本人は気づいていないのではないか」

――どうやってフォロワーやいいねを増やすのか?

「それはシステムとしか言いようがなく、人力ではない。私が大量のアカウントを持っているわけではなく、開発者、協力者が外部にいる」

聞くことができたのはこの程度。どのように増やしているのか、男性は手口については「他の人がやっているのでわからない」と答えた。フォロワーを増やす仕組みはわからないままだった。

フォロワーを買ってみた

このほかの業者も詳しい話を聞かせてくれるところはなかった。そこで私たちは実際にフォロワーを購入して、そのフォロワーを分析することにした。

インスタグラムを運営するフェイスブック社は「コミュニティガイドライン」の中でフォロワーを売ることも買うことも明確に禁じているが、今回は報道の目的で、フォロワー売買の実態を明らかにするため、最小限の範囲で運用することにした。(投稿は行わず、アカウントは検証終了後に削除した)

検証用のアカウントは3つ作り、名前を「渋谷一郎」「渋谷二郎」「渋谷三郎」とし、それぞれ別の業者から1万フォロワーずつ、購入することにした。

支払いを済ませて数時間、二郎アカウントに変化が現れた。フォロワーがどんどん増える。

続いて三郎のフォロワーも増え始めた。

一郎に変化が現れたのは一番遅かった。増えるスピードもゆっくりだ。

最終的に、二郎と三郎アカウントのフォロワーが1万に達したのは1日ほど。一郎は2日ほどかかって1万になった。

フォロワーは世界各国に

インフルエンサーのアカウント解析などを行う技術を持つ会社、Limの協力を得て、それぞれのフォロワーのアカウントが作られた国がどこなのかを分析した。

一郎は世界150か国からフォローされていたが、多かったのがアメリカで15%、次いでブラジルが12%、インドネシアが5%だった。

二郎は約95%がブラジルだった。

そして三郎のフォロワーはエジプト、イラン、イラクなど中東地域が多かった。

それぞれの中身に特徴

アカウントの中身にも特徴があった。一郎と二郎のフォロワーは日常の一場面といった「リアルさ」を感じさせる写真の投稿が多く、具体的な店や会社の名前、メールアドレスや、中には電話番号を載せているアカウントもあった。

それに対して三郎のフォロワーは「生きている」感じに乏しかった。

脈絡のないどこかの風景写真ばかりが連続して投稿されていたり、同一の画像で色味を少しだけ変化させたものが連続で投稿されていたり、アカウントの名前もアルファベットの文字列に、「001、002、…」といった連番でつけられているものも見つかった。人為的に作り出された架空のアカウントである可能性が見て取れた。

一郎のフォロワーに日本人

注目したのは一郎のフォロワーの中に含まれていた日本のアカウント。日本語の含まれる投稿があるアカウントが、およそ150あった。

所在地や住んでいると思われる場所、連絡先を割り出せたものが約100あり、そのうち50ほどと電話で連絡。一郎をなぜフォローしたのかを聞いた。

すべてが「フォローした覚えはない」と答えた。意図していないフォローばかりだった。

神奈川県内の高齢者施設は「アカウントは以前、テスト的に作ってみただけの、もうすでに誰も管理していないアカウントでした」と答えた。

また都内の洋菓子店の男性店主は、理由はわからないがなぜかフォローが増え続けていると話した。

「気持ち悪いなぁと思っていましたが、本業に支障が出ると困るので、増えていた知らない人へのフォローを手作業で外す作業でもう手一杯です。心当たりは…、ないです」

また沖縄料理店のアカウントに書かれていた店を訪ねるとすでに閉店していた。

状況はどこも似たりよったりで、パターンは2つに分けられた。

▼1つはいまも使用中の「生きている」アカウントが、あるときを境にアカウントの持ち主の意思に反して勝手にフォローを増やしているケース。
▼もう1つは、すでに使われなくなったアカウントが、何者かに操られ、多くのアカウントをフォローし始めているケース。

どちらにしても、薄気味悪い現象が起きていた。

“他に誰が買っているのか”

一方、私たちは購入した3万のフォロワーが「渋谷一郎」「渋谷二郎」「渋谷三郎」以外の誰をフォローしているかも調べた。つまり私たち同様「買った可能性が高い」人たちだ。

ざっと数百人の日本のアカウントが見つかった。企業の広告をしているインフルエンサー、大手芸能事務所に所属する芸能人、企業の宣伝用アカウント、美容師やインストラクター等の客商売の人等々。フォロワー売買の広がりが幅広い分野に及んでいる可能性が見えてきた。

何人かに取材したところ、購入を否定する人も多かったが、住宅販売を行っている地方の不動産会社が取材に応じた。

40年以上続くこの会社では最近、チラシなどの従来の広告効果が薄れていく中で手探りでインスタグラムを始めた。どのように活用して良いかもわからない中で、大手の経営コンサルから「フォロワーを買ったほうが良い」と勧められたという。

フォロワー数が1万人を超えると、インスタグラム上で使える機能が増え、広告効果が上がるためだという。

「フォロワーを買うのは、倫理的にどうなのか」

社内でも議論があったが、新しい宣伝手法として試してみようと1万人分購入した。

「実際に増えたフォロワーは外国人ばかりでお客様からどう見えているのか心配だった」

買った後も迷いは消えず、私たちの取材を受けた後、会社はアカウントを削除した。

この会社のように経営コンサル等に勧められて購入したという証言は複数あった。

「一定のフォロワー数が無ければ、見栄えが悪い」
「たとえサクラ(=偽フォロワー)でも人気店のように見せなければ人は来ない」

こうした証言をいくつも取材の中で聞いた。企業の経済活動もフォロワー数に踊らされている実態が垣間見えた。

目の前でフォロワーが…

一方で進めていたフォロワー販売業者への取材。取材を始めてからおよそ3週間、実際に会って話をしてもよいという業者が現れた。

関東在住という20代の男性。ジャケットにネクタイ姿で、身なりや言葉遣いも礼儀正しく、見た目はいたって普通の青年だ。さまざまなWEBサービスを行う中で、急速に人気を集めるSNSのサービスに目を付けたという。

「他社のどこよりも速く安くできる」と話す男性。目の前で、記者が作ったインスタグラムのアカウントに1000人のフォロワーを増やしてほしいと依頼した。

「日本人いいね」、「外国人フォロワー」などのさまざまなメニューの中から最速で付けられるという「1フォロワーあたり0.5円」の外国人フォロワーを注文。

男性がタブレットで注文数を入力した途端、わずか数秒でフォロワーが増えだした。100、200、300…みるみるうちに増え、6分程で何も投稿していないアカウントに1000人のフォロワーがついた。

こんな短時間に、たやすくフォロワーを増やせるのかと正直驚いた。

――なぜこんなに速くできるのか

「全部、システム化、自動化させているのでたくさんのお客様から大量の注文が来た場合でも、24時間自動で納品できます」

――どれくらいの数を増やすことが可能なのか

「1億とかはいけますね」

――億単位のアカウントをあやつれるということ?

「まあ、そうなってますね」

――これらは実在するアカウント?

「実在するアカウントもあるかと思いますし、自動で作ったものもある。他の業者に頼んでいるものもあり、いろんな方法で保有しています」

いいね!も

「日本人いいね」も依頼した。こちらはなぜか、外国人フォロワーの13倍の値段。日本人のアカウントだと購入したことがばれにくく、人気のためだという。

試しにノートに手書きで「テスト」とだけ書いた、誰からも「いいね」などされそうもない写真を投稿し、「日本人」の「いいね」を注文した。

「こちらは先ほどより少し時間がかかりますね」

それでもインタビューしながら数十分後に確認すると、注文通り100の「いいね」が付いた。

「いいね」をした日本人アカウントを覗くと、日本の個人や団体の名前がずらりと並ぶ。中には地方の宿泊施設、大手企業の支店の営業用アカウント、さらには公的機関のものもあった。投稿内容を見ると実際に使われているアカウントのようだ。

数は正義

これはアカウントの「乗っ取り」ではないのか?

尋ねると、「この日本人アカウントは他の業者から“仕入れた”ものなのでこちらではわからない」と言葉を濁した。

これほどまでに簡単に売買されるフォロワー。フォロワーを売買することに罪の意識はないのか、業者に問うた。

「フォロワーは“数があると正義”でしょうね、今の時代で言うと。悪いか悪くないかは、私からは判断できない。インスタグラムの利用規約には違反しているが、法律は犯していない。使うか、使わないかは利用者の判断。需要があるのでうちはやっている」

この業者もどのように大量のアカウントを作り出したり、操ったりするのか、その詳細は語らなかった。

たどり着いたあるフリーソフト

販売業者と私たちが購入した3万人のフォロワーたちの接点はどこにあるのか。アカウントはどのように勝手に操られているのか。

私たちは改めてリストアップした一郎のフォロワーの日本人50人に心当たりがないか聞いていった。

インスタグラムの利用時期や目的、パスワードを簡単なものにしていたり、ほかのサービスと共通して使っていなかったか?

前兆現象のようなことは起きなかったか?

はじめ返ってきた答えはバラバラで、何も見えてきそうになかった。パスワードは複雑にしていた。共用もしていない。インスタと連携するアプリも使っていない…それなのに勝手にフォロー現象は確実に起きていた。

取材を続けると、1つのパソコンソフトの名前を口にする人がちらほらと現れた。

国内でも広く使われている海外のフリーソフトのサイト

このソフトはパソコンからインスタグラムに写真を投稿することができるもので、国内でも広く使われている海外のフリーソフトだ。

インスタは通常、スマホからしか写真を投稿できないが、このソフトを使えば、パソコンからでも投稿ができるという。

利用規約に書かれた“他人をフォロー”

念のため、「利用規約」を確認すると、そこに一つの答えと思しき事が英語で書かれていた。

「このソフトは、あなたのアカウントを使って、ほかの人のアカウントをフォローすることがあります」

このソフトを利用するにはインスタグラムのIDとパスワードをソフトの画面で入力しなければならない。そうすると、その情報を使って、ソフト側のサーバーからインスタグラムにアクセスし、利用者がパソコンから投稿しようとした写真をインスタグラムに投稿してくれると考えられる。

それは利用者の代わりにインスタグラムにログインしたことになり、他人をフォローすることもできることになる。利用規約には現にそのような動作をすることがあると明記されていたのだ。

運営者の情報は書かれていなかったが海外で開発されたものと見られた。サイトのフォームで「詳しい話を聞かせてほしい」と取材を申し込むメールを送ったが、5月22日現在、返答はない。

自治体も巻き込まれていた

一郎のフォロワーで、このソフトを使っていたアカウントには自治体のものも含まれていた。

地球温暖化防止の施策をPRする千葉市と静岡県富士市のアカウント、地域のイベントをPRする千葉県松戸市のアカウントだ。

3つの自治体はすべて外部の業者に委託してアカウントを運用していた。

富士市の担当者は困惑気味にこう話した。

「指摘を受けるまで、こうした現象が起きていることは全く知りませんでした。確かに利用規約には『他人のアカウントのフォローを行う』旨が書かれていて、委託業者側でも認識していなかったものと思われます。自治体の運営しているアカウントが意に反していろんなアカウントをフォローをして、何か誤解が生じてしまっても困ります。今後、外部業者にアカウント運用を委託する際には、フリーソフト使用の可否に関しても契約に盛り込むなど、対応を考えないといけない」

松戸市は私たちの取材のあと、「原因が完全に特定できず、こういう現象が続くのもよくないので」としてアカウントを閉鎖した。

見えてきた世界的なネットワーク

私たちはその後も国内や海外の複数のフォロワー販売業者や関係者に取材した。また3万人のフォロワーのうち、ブラジルやイラク、イラン、エジプト、トルコ、アラブ首長国連邦などのフォロワーにも電話や現地で取材した。

それらの取材結果を総合すると次のような仕組みが見えてきた。

▼世界中でフォロワーを製造している業者、販売する業者がいて、流通するネットワークができている

▼SNSを連携させると予期せぬ形で、勝手に第三者に対してフォローやいいねをするようになるWEBサービスやアプリ、ソフトが世界中に数多く存在する

またサイバーセキュリティに詳しい調査会社「サイント」の岩井博樹さんに確認してもらったところ、「ダークウェブ」や「ディープウェブ」の中のアンダーグラウンドマーケットでも、インスタグラムの大量のフォロワーを売買したり、「パスワードを突破する」とするサービスがあった。

“バブル”に踊らされないよう

フォロワーの売買を追跡してきた取材班が実感したのは本来、人と人をつなげるはずのSNSがインフルエンサーや、インフルエンサーを活用して売り上げを伸ばそうとする企業、マッチング会社などの思惑の中ですっかりマーケティングの道具になっていたことだ。

一方で、あやしげなソフトやWEBサービスで抜きとられた利用者のアカウント情報がお金に換算され、商品として広く売買される世界的なネットワークができあがり、そのネットワークとつながりを持つ業者が暗躍していた。

ある業者は「いま日本ではインフルエンサー・マーケティングはバブルだ」と表現した。今や広告の主戦場とも言われるSNSの舞台裏で闇が広がっていた。

情報・ご意見をお寄せください >>