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“もうけ”は誰の手に? 闇に消えるネット広告費

2018年10月12日

年間1兆5000億円を超える規模となったネット広告。この巨大市場を狙い、広告費が不正にかすめ取られる行為、「アドフラウド(ネット広告不正)」が広がっている実態が明らかになった。私たちは先月、「クローズアップ現代+」で放送し、WEBでも記事にした。広告主となっていた企業や自治体は、被害を受けていることにさえ気づいておらず、請け負った広告代理店や広告配信業者は、不正が存在することを把握していたものの、ネット広告の複雑な仕組みを理由に、完全になくすことは難しいと口をそろえた。かすめ取られる広告費は、どこに消えているのか。もうけは誰の手にどれだけ渡っているのか。闇を追跡した。(ネットワーク報道部記者・田辺幹夫 科学文化部記者・斉藤直哉 ディレクター・中松謙介)

明らかになった広告不正

私たちが追跡したのは、インターネットのサイトを訪れた人を、ほとんど見られることのない無関係のサイトに勝手に飛ばす不正な仕掛け。

アダルトサイトやアニメの海賊版サイトなどおよそ1000のサイトに仕掛けられていた。

こうしたサイトでは、アクセスした人が動画などを見ようとしてクリックすると、再生ページに移動するが、その裏で新しいタブが開き、ネットの話題やニュースなどをまとめた、「まとめサイト」が自動的に読み込まれていた。

まとめサイトには、複数の広告が配信されていて、たとえ見られていなくても「見た」とカウント、まとめサイトの運営者側に、広告料が入る仕組みになっていた。

そうしたまとめサイトには、アダルトサイトには通常掲載されないような大手の広告が配信されていた。広告主は、トヨタやセコムなどの大企業のほか、法務省や総務省などの中央官庁、それに東京都といった自治体など、あわせて200を超えていた。

多くのアクセスがあるアダルトサイトを踏み台にして、「まとめサイト」で、閲覧したことにするという、“閲覧数の偽装”による広告費の横取りが行われていたのだ。広告主が自治体の場合、広告費は私たちの税金であり、企業の場合は、広告費は商品の価格に上乗せされ、結局、消費者である私たちの負担としてはねかえる。

(参照:News Up「アダルトサイトのその裏で~ネット広告不正の実態~」9月4日

不正な仕掛け まとめサイトにも

今回、私たちの取材では、アダルトサイトから飛ばされる「まとめサイト」は、少なくとも19サイト確認できた。

これらの「まとめサイト」には、いくつかの共通点があった。

サイト内には複数の「記事」が掲載されていたが、芸能関係の話題が多く、テレビ放送のキャプチャー画像などが使われていた。

そして、サイト名やURLが異なるのに、記事のタイトルや中身がそっくりなものや、まったく同じものも複数あった。

またサイトの「運営者」が表記されているページもあったが、特定の企業名や個人名ではなく、「○○(サイト名)運営事務局」となっているか、空欄になっていた。こうしたサイトのドメインやサーバーの登録情報を調べると、ほとんどが匿名で取得されていた。

まとめサイトの運営者を突き止めろ

サイトの運営者につながる情報はないのか。

私たちは、インターネット上の膨大なデータを蓄積した、「インターネット・アーカイブ」と呼ばれるデータの倉庫から、19のまとめサイトの過去の情報を調べた。

すると、それぞれのサイトの運営が始まった時期は、1年以上前から、ここ数か月のものまで、ばらばらだったが、サイトが立ち上がった初期の段階で、運営者の欄に具体的な業者名が記載されているものが複数見つかった。

法人登記などの公開情報とつきあわせてみると、こうした業者は、確かに実在していた。

東京や愛知、福岡など、少なくとも7か所の業者が確認できた。私たちは、このうち、鹿児島県曽於市のふるさと納税の広告を掲載していたまとめサイトに注目。徹底追跡することにした。

そのまとめサイトを運営していた業者は、福井県のとある町に登記された会社だった。登記簿の事業目的には「土木工事」や「電気工事」などと書かれていたが、平成29年5月に、「インターネットメディア」など広告や情報サービスに関連する事業が新たに加えられていた。

私たちはこの会社から直接、話を聞こうと福井に向かった。

運営者を直撃すると…

会社の所在地は、山間の集落、そこには、古い、大きな一軒家が建っていた。

ガレージには社名が書かれた業務用車がとまっていた。

玄関から声をかけると、出てきたのは70代の男性。

会社のことを尋ねると、代表は息子に譲ったという。

サイト運営についても聞くと、「息子に任せていて詳しく知らない」と話し、息子が仕事をしている事務所を教えてくれた。

その事務所は隣町にあるビルの一室だった。

3階の入り口には、看板はかかっておらず、インターホンもなかった。

ノックして声をかけると、中から携帯電話で話しながら1人の男性が出てきた。代表を務める息子だった。

入り口から見えた部屋の中は、がらんとしていて、机といすだけがぽつんと置かれていた。

電話が終わるのを待ち、話を聞きたいと伝えたが、「何も話すことはない」と取材は拒否された。

なんとか事情を聞こうと、登記簿でこの会社の役員になっていた男性の母親に電話で連絡をとった。

母親は、初め、取材に消極的だったが、何度か交渉すると、ぽつぽつと、事情を語り始めた。

まず、まとめサイトについて、運営していることは認めた。

しかし、サイトの内容については詳しく知らないと答えた。

そこで、広告費を横取りしようとするサイトの仕組みについて尋ねると、「息子にも確認したが違法なことはなにもない。広告主からの苦情はなにも聞いていない」とした。

ネットの『初心者』

母親の話では、会社は元々原子力発電所関連の工事を請け負っていたが、東日本大震災以降、原発の再稼働にめどがたたず困っていたところ、息子が知り合いの紹介でインターネット関連の仕事を始めたという。

息子はインターネットに詳しくなかったものの、大阪など各地で開かれた「研修」に参加し事業のノウハウを学んだこと、初期費用のために数百万円の借金をしたことを明かした。

母親は「もし広告主からやめてほしいと言われればやめないといけない」と話し、広告主の企業からの苦情があれば対処する意思を示し、電話は切られた。

どれだけの稼ぎ?試算してみると

今回、不正に使われていたまとめサイトの運営者は、いったいどれだけの収入を得ているのか。

見つかったある1つのサイトを例に試算してみた。

このサイトのアクセス数を民間の調査会社「シミラーウェブ」に依頼して調べると、ことし7月の1か月間に、推計でおよそ3000万あった。

このサイトには、1ページの中に複数の配信事業者が合わせて15の広告を配信していたことが確認できた。ネット広告には表示されただけで広告料が生じるものや、クリックされてはじめて広告料が生じるものなどさまざまあるが、仮に、1つ広告が表示されたときに0.01円の収入が得られるとすると、このページからは、ひと月に450万円の収入が得られる計算になる。

また、ネット広告専門の調査会社「モメンタム」が調べたところ、このサイトには、「ボット」と呼ばれるプログラムが自動的にアクセスして、アクセス数を増やす仕組みになっていた可能性が高いことも分かった。

つまり、このサイトは、アダルトサイトからの流入に加え、ボットを使ってアクセス数の水増しを行い、広告費を不正に得ようとしていたと考えられる。

いったいどれだけの広告費が…

国内のネット広告の市場は、右肩上がりの成長を続け、去年、およそ1兆5000億円に上った。近い将来、テレビの広告費を抜いて広告界のトップになると見られている。

こうした巨大市場の中で、広告不正は、どれくらい広がっているのか。

さきほど出てきたネット広告調査会社「モメンタム」が、去年、国内の顧客企業の広告(運用型広告)の中に含まれるアドフラウドの割合を調査したところ、件数ベースで、全体の9.1%がアドフラウドに相当したという。

また、アメリカの調査会社「IAS」の去年の同様の調査では、日本国内でアドフラウドは、全体の8.4%。いずれの数字も件数ベースのため、実際にどれくらいの金額が、こうした広告不正によってかすめ取られているのかは、わからない。

しかし、その市場規模からすると、相当の金額に上ると推測されている。

今回の取材で、驚きだったのは、企業や自治体が、ネットを含めた広告費に巨額のお金をつぎ込んでいることだ。

取材で確認できただけで、東京都では事業の企画運営費も含めて、およそ7000万円、鹿児島県曽於市は、ネットを含めたさまざまな広告の費用として、3000万円を投じていた。

次々と現れる不正サイト

私たちは、さらにほかの不正なまとめサイトの運営者にも取材を試みた。

福岡市の業者は、繁華街にあるビルの一室が登記された「本社」の所在地だった。

インターホン越しに話をすると、若い男性が出て「担当者は外出している。いつ戻るかは分からない」と答え、それっきり取材には応じなかった。

また別の業者は、「そのまとめサイトは自分で作ったものだが、他人に売ったと思うので、いまどうなっているか知らない。なんせ、たくさんやってるからなぁ…」と話し、現在の関わりを否定した。私たちが取材を続けている間、同じような不正なまとめサイトが次々と現れては、消えていった。

8月中旬に存在を確認したサイトでは、当初、「運営者」欄に社名が記載されていたが、連絡先を突きとめて電話すると「そんなサイトは知らない。何のことか、まったくわからない」と答え、電話が切られたが、数時間後、サイトに記載されていた社名は「○○運営事務局」に変わっていた。

「ノウハウはあるつながりで」

複数の業者への取材を続けていた8月下旬、ある業者の代表から、ようやく、具体的な話を聞くことができた。

この男性は、「合わせて10ほどのサイトを運営している」と話した。この男性も福井の業者と同様にインターネットの技術には詳しくなかった。

まとめサイトの運営を始めたのは、ほんの数か月前。これまで、飲食店や不動産などさまざまな仕事に携わってきたという。

どうやって、アダルトサイトから、まとめサイトに飛ばす仕掛けをほどこしたのか。

聞くと、男性は、「アダルトサイトの運営者と面識があるわけはなく、あるつながりの中で紹介された別の業者に、ノウハウを教えてもらった」と明かした。

さらに、「まとめサイトに飛ばす仕掛け」を提供してくれる会社があり、「そこがこの仕組みを作った大本(おおもと)だ」と答えた。その会社の名前を聞いたが、男性は「絶対に言えない」と強い口調で返した。

浮かび上がった「A社」

今回、広告不正の舞台となったまとめサイトの運営者の多くが、ネットの技術にそれほど詳しくなかった。

そして、複数の関係者の証言から、仕掛けのノウハウを提供している業者の存在が見えてきた。

その業者はいったい何者なのか。

私たちは、ネットセキュリティーの専門家に協力を依頼し、サイトの「設計図」にあたる「ソースコード」を解析することにした。

すると、アダルトサイトからまとめサイトに飛ばす仕掛けは、ウェブサイト上で動く「JavaScript」と呼ばれるプログラムで書かれていることがわかった。

このプログラムをさらに調べると、「仕掛け」は、あるサーバーから配信されていた。

このサーバーの登録情報を調べると、都内に本社のあるIT企業「A社」が浮かび上がった。

私たちは、A社に取材を試みた。

電話で応対した責任者を名乗る男性は、アダルトサイトにアクセスした人をまとめサイトに自動的に飛ばすのと、同様の働きをするサービスを提供していることを認めた。

しかし、「自分たちがアダルトサイトに仕掛けていたかどうかは言えない。会社として広告不正にあたるようなことはしていない」と話し、「それ以上は答えられない」とした。

ネット広告の配信事業者は

「クローズアップ現代+」の放送翌日、不正行為に使われていた19のまとめサイトのうち、複数のサイトが閉鎖された。しかし、10月12日現在、11のサイトはまだ閲覧できる状態になっている。

今回の事態を広告の配信事業者はどのように受け止めたのか。IT大手の「ヤフー」はNHKの指摘に対し、不正があったことを認めた。

そして、見つかった不正なサイトへの広告の配信を停止するとともに、実態の調査を進め、結果が確定次第、広告主に連絡をとって、必要に応じて返金などの対応も行うとした。

そして、ヤフーは、9月21日から、安全性の確認できていないサイトへの広告配信を一斉に停止する措置を取った。

もう一方の大手の配信業者、「グーグル」に対しても、私たちは、9月上旬、具体的なサイト名や手口を伝え、コメントを求めた。

これに対して、日本法人の広報は「個別の案件についてはコメントしていない」としたうえで、「アドフラウドに対しては無効なトラフィックによって発生した広告料金を払い戻すポリシーを長年運用している」などと回答した。

私たちが確認したまとめサイトでは、グーグルが配信していた広告は、9月下旬、ようやく配信がとまったことを確認した。

私たちは、ヤフーとグーグルのほかにも、複数の配信業者が広告を配信していたことを確認している。

闇に消える広告費

ある業者の言葉が、頭から離れない。

「ネット広告の世界は、バン(禁止)されるまではブラックではない。ダメになったら、また別の方法を試せばいい」

巨大なネット広告の市場は、広告主、広告代理店、配信事業者、まとめサイトの運営者、そしてアダルトサイトの運営者、また、それをつなぐ闇の業者など、数多くのプレイヤーが関係する複雑な構造を持つ、ブラックボックスだった。

そのブラックボックスの中で、「見られていない」広告が、「見た」ことに偽装・水増しされ、その数字を、配信業者や広告代理店が、気づかないまま広告主に報告、その対価を受け取るという仕組みが、成立していた。

「サイト閲覧」という行為によって、その構造を結果的に支えている私たちユーザーも無意識のうちにそこに組み込まれている。

ネット広告に関わる巨額の資金が、複雑なネットの闇に吸い込まれ、少しずつ消えていっている。

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