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コロナ禍で急増する“産後うつ”「1人も取り残さない」
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「コロナ禍で母親たちが苦しい状況に追い込まれることはわかっていました。1人も取り残さない。絶対に救います」
急増する産後うつに最前線で向き合う医療スタッフの言葉です。私は去年、育児休業から復職し、この問題を取材してきました。今回取材したのは母親たちを支える医療現場。大きく様変わりする環境に戸惑い、疲弊しながら、試行錯誤を繰り返していました。
(社会部 記者 藤田日向子)
最前線からのメール
去年10月、私は産後うつについての記事を書きました。
新型コロナウイルスの影響で産後うつの可能性のある母親が以前の倍に増えているおそれがあるという研究者の調査結果を伝えるものでした。
NHKには多くの反響が寄せられ、中には医療機関から「ぜひ現場を見に来てほしい」というメールもありました。
送り主は東京・品川区の「NTT東日本関東病院」のスタッフ。
産後うつは実際に急増しているとして、こんな内容が書かれていました。
「ぜひ、現場を見に来てほしい。これまでの試行錯誤を知ってもらうことで1人でも多くの母子、そして医療関係者を救うことができたら」
去年11月、早速、その病院を訪れました。
取材に応じてくれたのは主に産婦人科で勤務する母性看護専門看護師の長坂桂子さん。
最前線のスタッフたちが経験した苦闘を語ってくれました。
このままでは母子も医療スタッフも共倒れに
この病院では去年3月の時点で、母親学級や両親学級、立ち会い分娩や産前産後のメンタルケアなど12のサービスが感染防止のため中止に追い込まれていました。
すみやかな周知や対応が難しいものもあり、現場は混乱したといいます。
妊婦の不安やクレームも増加。
長坂さんの残業時間は大幅に増え、前の年の3倍以上に上る月もあったといいます。
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NTT東日本関東病院 母性看護専門看護師 長坂桂子さん
「正直なところ、どう働いていたのか思い出せないんです。単に忙しいだけでなく、人の価値観が変わったり、これまで良いと思ってやってきたことができなくなったり」
妊婦に寄り添う助産師たちも苦悩を抱えていました。
産婦人科外来の助産師や看護師6人全員に睡眠障害や、頭痛などの不調が出ていたといいます。
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NTT東日本関東病院 助産師 河野優美さん
「当時は妊婦さんを怖く感じてしまうこともありました。コロナについてうまく答えられないことも多く患者対応がこれで良いのか毎日毎日、ほかの助産師と振り返り、支え合うようにしていました。そうしないと自分のメンタルが崩壊しそうでした」
まずは「30秒」
このままでは母子だけでなく、医療スタッフも共倒れになってしまう。
そう感じた病院は、産前・産後の母親を支える取り組みを感染防止に配慮しながら強化することになり、去年4月から新たな対策を導入しました。
まず取り組んだのが「30秒リスクスクリーニング」。
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不安や家庭内暴力などのトラブルが起きていないかおよそ30秒で判断する検査で、妊婦健診のたびに行います。
過去1か月の間で気分の落ち込みがないかやパートナーの言うことを怖いと感じることはないかなど8項目を毎回チェックします。
その結果、健診を受けた妊婦のおよそ1割が「当てはまる」もしくは、「気になることがある」と答え、早期の対応につながったといいます。
毎回聞かれることで、妊婦からも悩みを打ち明けやすいという声が聞かれました。
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スクリーニングを受けた女性
「もし当てはまっていても聞かれなかったらなかなか口に出せないので毎回聞いてもらえるのは良い取り組みだと思います。できるだけ短時間のほうがストレスも少ないですし」
母性看護専門看護師 長坂桂子さん
「スタッフ全員が疲弊している中で、さらに負荷をかけるのが良いのか分かりませんでした。それでも最前線に立っている助産師は賛成してくれたし、早く解決することで、その後の仕事の負担が少なくなるというメリットもありました」
多忙な助産師が「産後2週間フォロー」も
加えて翌5月から導入したのが「産後2週間フォロー」です。
産後2週間は母親の身体や環境が激変する時期。
このタイミングで電話やオンラインで、出産した母親に連絡を取り、産後うつの傾向が出ていないかや子どもの健康状態を確認します。
多忙を極める助産師が、さらに時間を割いて、新しいケアを始めるには工夫が必要でした。
まずは、短時間で確認を終えるための問診票を作ることから始まりました。
「はい」や「いいえ」で簡単に答えられるようにしたり、育児の負担や、赤ちゃんへの気持ちをわかりやすく数字で評価できる質問も導入したりして、15分以内に母親の話を聞き取れるようにしました。
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その結果、産後1か月の健診で産後うつの症状がある母親は、コロナ以前より少ない、1割程度に抑えられるようになったといいます。
スタッフが疲弊する中で、母親の不調も急増
しかし、その後、これらの取り組みは一時、中止されました。
スタッフの疲弊が深刻化する中、病院内部で取り組みの必要性を疑問視する声が上がったためです。
すると、産後うつの症状がみられた母親が、急増してしまいました。
産後1か月健診を受けた28人の母親のうち10人に産後うつの症状があるとされました。
取り組みによって1割前後に抑えられていたものが3倍の3割以上になってしまったのです。
涙を流して不調を訴える母親もいてケアに時間がかかるケースが増え医療スタッフの負担は逆に増加してしまったといいます。
現場の助産師から再開をのぞむ声が上がり、ふたたび取り組みをスタートしたところ、産後うつの可能性がある母親の割合は、1割程度に落ち着きました。
NTT東日本関東病院 母性看護専門看護師 長坂桂子さん
「驚きのデータでした。あなたの育児は間違っていないよ、大丈夫だよと誰かが伝えることが安心につながるんです。特にそれを産後2週間という早い段階で解決したほうが良いと感じています」
オンラインでのケアにも“救われた”
再開した取り組みによって救われたという母親もいます。
話を聞かせてくれたのは産後うつの症状に苦しんだ30代の女性。
この病院で長女を10月に出産しました。
出産に夫が立ち会うこともできませんでした。
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実家は遠方にあり、退院後、手伝いに来てくれる予定だった実母や、義理の母は新型コロナウイルスの影響で都内に来ることができなくなりました。
夫が予定していた育児休業も短縮されました。
“産後うつ”悩んだ女性
「授乳がうまくいかず、体調も悪く、非常に精神的に不安定な状態でした。眠れなくなってごはんものどを通らず、味がしない。夜になっても電気をつけるのを忘れて、1人、涙を流しながら赤ちゃんをあやしていました」
みずから、SOSを発信する余裕は無かったといいます。
“産後うつ”悩んだ女性
「母親はみんなきっとがんばってやっているはずだと。子育てが大変だと思うことそのものに罪悪感がありました。みずから相談することはできず、『2週間フォロー』の日を指折り数えて待っていました」
なじみの助産師からオンラインで連絡があり、顔を見て話すことができました。
授乳のしかたや、眠れないことへのアドバイスなど一つ一つの悩みに答えをもらいました。
安心したと同時に自分の気持ちが落ち込んでいることにも気付いたといいます。
その後、ためらっていた実家への帰省を決意。
周りにもっと頼って育児をすることが赤ちゃんの健康にもつながると感じたといいます。
今回の取材も、東京から遠く離れた実家からオンラインで協力してくれました。
“産後うつ”悩んだ女性
「帰省したあとも、オンラインでもう一度フォローしてもらい、退院して終わりではない、途切れないケアを続けてもらったことで、家族全員が助けられました」
この病院では、コロナ禍だからこそ、出産後の“つながり”が重要だといいます。
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NTT東日本関東病院産婦人科 杉田匡聡 部長
「病院はこれまで、出産をしたらそこで終わりで離れていました。以前なら何の問題も無かった人が、コロナ禍では仕事を失うなど生活が一変して突然大きなストレスを抱えることがあります。子どもが1歳を迎えるくらいまで、出産した病院がお手伝いできる仕組みがあると良いと思っています」
医療現場をどう支える
2度目の緊急事態宣言を受け、産前・産後の女性を取り巻く環境はさらに厳しくなっているおそれがあります。
今回取材した病院の取り組みはその解決策の1つです。
ただ、取り組みの数々は想像を絶する医療スタッフの献身によって支えられていました。
産後の女性を支える取り組みをめぐっては、母子保健法が改正され、ことし4月から自治体が努める義務があるとされました。
医療や公共政策の専門家からは、医療機関などに対する公的な助成や人的な支援などを拡充すべきだという声も上がっています。
疲弊する医療機関にさらなる負担を強いることなく産後うつの対策をどう進めて行くのか。今、その重要性がさらに増しています。
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社会部記者
藤田日向子
2010年入局 秋田局・仙台局を経て社会部で裁判取材などを担当
7月に育児休暇から復帰