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頼れる人はどこに

子どもと親、そしておじいちゃんおばあちゃんの3世代の同居。この「3世代同居率」が全国で最も高いのは山形県で、平成27年の国勢調査では17.8%にのぼっています。祖父母に子育てを手伝ってもらいやすい環境に見えますが、子育てについて取材しようと調べてみると、そんな山形にも、頼れる人がいないお母さんたちがいました。夫の転勤で移り住んでくるなどして、孤独な子育て=孤育ての中にいる人たち。寄り添っているのは、同じ“孤育て”を経験したお母さんたちが手作りする新聞でした。(山形放送局記者 永田哲子)

「1人で子育てするのはもう嫌だ!」

「お母さん業界新聞」。

横浜で発行されている全国版をはじめ、地域版の福岡版や大阪版など、全国各地で発行されています。

東北で唯一発行されているのが「山形市版」のお母さん業界新聞です。

およそ4年前に発刊され、月に1回、地域の児童館などで配布を始めました。

最初は30部ほどだった部数は、およそ500部まで増えています。

私も孤育てを経験した1人

お母さん業界新聞山形市版の発行を始めたのは、8歳と5歳の2人の子どもを育てる多田理恵さん。

多田さんもまた、“孤育て”を経験した1人でした。

夫の転勤で、福岡から1000キロ以上も離れた山形に引っ越してきました。

山形に来てから1人目の子どもを出産しましたが、知り合いなど誰もいない環境での子育てが始まりました。

夫は、仕事に追われる日々。

ほぼワンオペで子育てをせざるをえませんでした。

子どもが1才になる直前のある日、我慢していたワンオペ育児に限界を感じる出来事が起きました。

多田さん自身が、高熱を出してしまったのです。

夫は仕事で帰りが遅く、高熱で体が思うように動かない中でも子育てをしなくてはいけませんでした。

しかし、子どもがおなかをすかせて泣いていても、授乳すらつらい状況。

多田さんは、わらをもつかむ思いで、行政に助けを求めました。

多田理恵さん
「行政に電話をかけて、状況を伝えて、助けてくれませんかとお願いしました。すると担当の人は、『頼れる人はいませんか』と返してきました。頼れる人がいないから電話したのに。その時はすごく悲しかったです」

多田さんはこれまでも、授乳のしかたや夜泣きへの対処法など、子育てに関する疑問や悩みを相談できる相手はおらず、1人でなんとか乗り越えてきました。

多田理恵さん
「山形県は3世帯同居率が高いですが、だからといって誰でも頼れる人がいるわけではないと思います」

しかし、このときは1人ではどうしようもない状況に陥り、頼った行政にさえも助けてもらえず、絶望を感じたといいます。

生の声を聞いてほしい

多田さんは1人、インターネットに救いを求めました。

「授乳・やめる時期」や「育児・いつ楽になる」などのキーワードを入力して、毎日のように検索した末にたどりついたのが、全国版のお母さん業界新聞でした。

この新聞を通してなら、お母さんの生の声を聞いたり、相談できる相手が見つかったりするのではないかと感じた多田さん。

全国版の新聞を読んでいるうちに、記事を書くようになりました。

そして、上の子どもが4歳になったころ、同じ地域で自分のように孤独な子育てをしているお母さんたちと思いを共有したいと、“東北地方では唯一”のお母さん業界新聞の発行を決めたのです。

多田理恵さん
「子育てでしんどいなんて、弱音を吐いてはいけないと思っていました。弱音を吐いてしまったら育児もできないのかと、周りに責められるのではないかと怖かったです。でも、お母さん業界新聞に出会って、子育ては一大事業で、育児で困るのは当たり前、しんどいと感じているのは自分だけではないと気付くことができました。“私も同じだよ”と新聞を通じて思いを共有したい。そんな思いから山形市版の発行を始めました」

広がりを見せるお母さん業界新聞

お母さん業界新聞山形市版はいま、子育て支援センターやスーパー、地域のイベントなどでも配布されています。

コロナ禍で外出の機会が減り、孤立しがちになっているお母さんにこそ読んでほしいと、配る場所も日常生活で利用するスーパーなどを選んでいます。

「1人で子育てするのはもういやだ!」

「友達が欲しい!ママ友じゃなくて、私の友達が欲しい!」

「2人育児になって、余裕がなく、プチ反抗期の長女に怒ってしまったり、イライラする日もあります」。

記事は育児での悩みや困りごとから、ちょっとした子育てのヒントまでさまざまです。

すべて新聞を作るお母さんの実体験に基づいた、手触り感いっぱいの新聞の発行にこだわっています。

この新聞を読んだ人からは、「子育てのささいなことだけど共感できる部分がたくさんある」「私も息子とけんかしてしまったときに、私だけじゃないんだと思えることはすごく大きいんだと思います」など共感の声が多く聞かれました。

つらいことも、楽しいことも、赤裸々につづられる新聞。

その中に自分と重なる部分を見つけ、仲間とのつながりを感じる人も少なくありません。

広がり続ける共感の輪

お母さん業界新聞山形市版は、紙面の枠を超えて、いま広がりを見せています。

月1回、新聞を折ることを目的に集まる「折々おしゃべり会」。

お母さんどうしが出会い、おしゃべりをする場になっています。

子育てで感じていることを話したり、悩みを打ち明けたり。

取材したこの日、参加した1人のお母さんが「幼稚園に行きたがらないと相談すると『お母さんが好きなんだよ』って言われるけど、それも言われすぎると苦しくなる」などと、悩みを打ち明けました。

参加者からは「みんな同じように頼る人がいない中なので、声をかけやすいです。やっと居場所ができた感じがしました」「悩みを打ち明けるだけでも心が少し軽くなります」という声が聞かれました。

孤育てをしている人もいる

多田さんは行政から「頼れる人はいませんか」ということばをかけられたあの日以来、「頼れる人を作ってこなかった自分が悪いと思った」と自身を責めていたといいます。

しかし、悩みや愚痴を話したり、しんどいときにすぐに頼れる人をつくったりすることは、そう簡単ではないと感じています。

3世代同居率が高い山形にも、自分たちのように孤独の中で子育てをしている人がいることを知ってほしい。

そして、お母さん業界新聞のように「つらい」「しんどい」と感じている人に寄り添う場所があることを、多くの人に知ってほしいと、多田さんは考えています。

多田理恵さん
「私もすごく孤独でしたが、新聞を作ることで、友達も増えました。応援してくれる人も増えたし、山形でやっていけるという自信がつきました。孤独な子育てをしているお母さんがいるなら、“一緒に子育てしよう”」

「1人じゃない」

お母さんたちの思いのこもった、手作りの新聞。

インターネット全盛のいまも必要とされる理由は、読者が口をそろえて言う「共感」ということばにあるように思います。

育児で同じような経験をしたお母さんたちが、実感を込めて交流しながらつくる“手作り感”のある新聞だからこそ、共感を呼んでいるのだと取材を通じて感じました。

「悩んでいるのは自分だけじゃない」

そう感じられるようなこうした取り組みが、これからももっと広がっていってほしいと思います。

山形放送局 記者

永田哲子

令和2年入局 東京都出身
警察・司法などを担当
大学時代に保育園でアルバイトを経験し保育や医療のテーマも取材

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