“トランプ劣勢”? 世論調査は信頼できるのか

投票まで2週間余りとなったアメリカ大統領選挙。
トランプ大統領が新型コロナウイルスに感染するなど終盤も波乱の展開が続いている。

世論調査ではトランプ大統領は野党・民主党のバイデン前副大統領にリードされている。
ただ、4年前の大統領選挙では民主党のクリントン氏が各種世論調査で終始リードしていたにもかかわらず、実際に勝ったのはトランプ氏だった。

今回は世論調査を信頼できるのだろうか。
「大失敗」をした世論調査の当事者たちが語ったこととは?

目次

    4年前の大統領選挙を覚えていますか?

    前回の大統領選挙では、主要メディアは世論調査で終始リードしていたクリントン氏が勝利する確率が高いと予測していた。
    中にはクリントン氏勝利の確率は99%としていたところもあった。
    それだけに、ただでさえ型破りなトランプ氏の勝利は世界を驚かせた。

    今回の選挙戦では、民主党のバイデン氏が一貫してトランプ大統領をリードしている。注目されていたテレビ討論会やトランプ大統領の新型コロナウイルス感染を経てその差はさらに開き、10月15日時点で9.4ポイントとなっている。

    今回は世論調査を信頼できるのか、取材を始めた。

    「大失敗」の当事者は何を語るのか?

    アメリカ世論調査協会がいわば「失敗報告書」を発表していると聞き、まずはその執筆者にあたってみることにした。
    2017年に発表された報告書は、50ページ以上にわたる詳細なものだ。

    執筆者の1人、ウィスコンシン州のマルケット大学のチャールズ・フランクリン教授が取材に応じてくれた。
    フランクリン教授は、自身も世論調査を行っている。

    失敗の理由は何か。
    単刀直入な私の最初の質問には、意外な答えが返ってきた。

    フランクリン教授 「少なくとも全国レベルの世論調査は極めて正確でした。誤っていたのは州レベル、特に勝敗を決した激戦州の世論調査だったのです」

    アメリカの世論調査は全米を対象にしたものと、州レベルで行われるものとがある。

    確かに全米の選挙直前の世論調査はクリントン氏が3ポイントリード、これに対し開票結果は有権者の総得票数でクリントン氏が2ポイントリードで、その差わずか1ポイント。かなり正確に情勢を反映していたと言える。

    しかし、アメリカの大統領選挙は、総得票数で決まるのではなく、各州と首都ワシントンに割りふられた選挙人の獲得数で勝敗が決まる。
    ほとんどの州が「勝者総取り」方式で、1票でも多く獲得した候補者がその州の選挙人を総取りすることから、総得票数で上回っても、獲得した選挙人の数では下回り、敗北することもある。

    多くの州では伝統的に共和党と民主党のどちらが強いかという傾向がはっきりしているため、最終的には一部の激戦州の結果が当落を左右する。
    そうした州の1つ、ウィスコンシン州で行われた投票日直前の世論調査では、クリントン氏が6ポイントリードしていた。

    しかし結果はトランプ氏が勝利。大きな誤差があったのだ。

    見落としていた「教育レベル」

    州レベルでの世論調査で誤差が大きかった理由についてフランクリン教授は、「教育レベル」の見落としがあったと指摘した。

    世論調査では一般的に大卒以上の高学歴の人が調査に協力しやすく、高卒の人たちのデータを捕捉しにくい傾向があるとされる。
    前回選挙では高卒以下の学歴の人のかなりの割合がトランプ氏に投票したことが分かっているが、世論調査の段階ではこの傾向を見抜けなかった。
    このため、データを補正せず、結果的に回答者の中で大きな割合を占める大卒の人たちの声がより反映され、クリントン氏が実態よりも強いという数字が出てしまったという。
    ちなみにこうした問題は、その後の世論調査では改善されているとのこと。

    「隠れトランプ支持者」いる?いない?

    世論調査の失敗の謎を解くため、次に調べたのが「隠れトランプ支持者」の存在だ。
    「隠れトランプ支持者」とはトランプ大統領を支持しながらも、世論調査などではそれを明らかにしない人たちのことだ。トランプ支持者が実態より少ないように見え、世論調査に誤差が出た理由の一つとなったのではないかと指摘されることもある。

    この「隠れトランプ支持者」について話を聞いたのが、世論調査機関、トラファルガーグループのロバート・ケイヒリー主任調査員だ。

    この団体に話を聞いたのは、早くから「隠れトランプ支持者」の存在を指摘し、前回の選挙でほとんどの世論調査会社がクリントン氏優位とする中、トランプ氏のほうが優勢だと指摘していたからだ。

    「社会的望ましさのバイアス」とは?

    ケイヒリー主任調査員は、「隠れトランプ支持者」の存在には、ある傾向が影響していると指摘する。
    これは回答者が質問に対してみずからの本音とは異なっていても社会的に受け入れられやすい回答をしてしまうという傾向で、「社会的望ましさのバイアス」と呼ばれている。

    前回選挙の場合、トランプ氏の発言やふるまいへの批判の高まりから、批判に同調したほうが社会的に受け入れられやすいと判断したり、トランプ氏を支持していると言い出しにくかったりする傾向があり、これが「隠れトランプ支持者」につながったというのだ。

    この団体では前回の選挙で質問に工夫を加えることで「隠れトランプ支持者」を把握しようとした。
    「トランプ氏を支持するか」という質問に続けて、「あなたの近所に住む人の多くはトランプ氏を支持しているか」という質問を設けたのだ。
    その結果、クリントン氏について同様の質問をした場合に比べ、後者の質問に対して「はい」と答える割合が高かったため、「隠れトランプ支持者」が存在すると判断したとしている。

    気になる今回はどうなのか。

    ケイヒリー主任調査員は、トランプ大統領の就任以降、社会の分断がさらに深まったことで、トランプ支持と言いにくい環境がより強まっているとしている。

    ケイヒリー主任調査員 「隠れトランプ支持者はさらに増えるだろう。人々は自分の意見を口にすることに神経質になっているからだ」

    「隠れトランプ支持者」?態度未定の有権者?

    ただ、話はそう簡単ではない。
    「隠れトランプ支持者」が世論調査に与える影響は限定的だとの指摘もあるからだ。
    冒頭の「失敗報告書」では「隠れトランプ支持者」が調査結果を大きくゆがめた根拠は見つけられなかったとしている。

    代わりに報告書が指摘するのが、態度未定だった有権者の存在だ。

    4年前の選挙では投票日の直前まで誰に投票するか決めていなかった人の割合が13%にのぼっていた。これは、前々回の2012年の選挙よりおよそ8ポイント高い数字だ。
    こうした人たちの投票行動を出口調査の結果から分析したところ、勝敗を左右したペンシルベニア州やウィスコンシン州などの激戦州では、その多くがトランプ氏に投票したことが分かった。
    つまり、最後に世論調査が行われた時点では態度未定だったため、トランプ氏が実態より弱く出てしまったというのだ。

    同じことが起きるのか?

    今回も同様のことが起きるのか。

    「失敗報告書」の執筆者でもあるピュー・リサーチ・センターのコートニー・ケネディ主任調査員はその可能性は低いと言う。

    ケネディ主任調査員 「4年前との最大の違いは、今回はトランプ大統領が現職だということです。トランプ氏、クリントン氏がどのような大統領になるか分からなかった前回とは異なり、今回はトランプ大統領がどのような政策をとるか有権者は理解しているので、直前まで決められない有権者は少ないのではないか」

    いちばん聞きたかった質問

    取材の終わりに、「失敗報告書」の著者の1人、フランクリン教授にどうしても聞きたかった質問をぶつけてみた。

    「トランプ氏が勝利した瞬間はどのような気持ちでしたか?」

    フランクリン教授は選挙当日は、3大ネットワークであるABCテレビのニューヨークのスタジオで当確判定にも関わっていた。トランプ氏の勝利は、世論調査の当事者としてひときわ驚きだったと思ったからだ。

    私の質問にじょう舌だった話しぶりはなりを潜め、小さな声で答えが返ってきた。

    フランクリン教授 「心が沈み込む気持ちだったのは否定しようがないですね」

    そして、今回こそは信頼してもいいのか、と尋ねると、今度は元気のいい答えが。

    フランクリン教授 「世論調査とはそもそも選挙の勝者を占うものではありません。調査の時点で人々がどのように考えているかを伝えるもので、あくまで選挙結果を決めるのは有権者の一票なのです」

    ワシントン支局 記者

    辻󠄀 浩平

    2002年入局。
    鳥取局、国際部、エルサレム特派員、盛岡局、政治部などを経て2020年7月からワシントン支局。