「オバマゲート」に揺れるアメリカ

新型コロナウイルスが依然、猛威を振るうアメリカ。
そのアメリカで、コロナウイルスに関するニュースと並んで今、注目を集めることばがある。

「オバマゲート」。

ニクソン元大統領が辞任に追い込まれた「ウォーターゲート事件」になぞらえた造語で、「オバマ疑惑」とも訳されるこのことば。
11月の大統領選挙の行方をも左右する可能性さえある、この問題の波紋を取材した。

目次

    「オバマゲート」とは?

    5月10日。初夏の日ざしがまぶしい穏やかな日曜日だった。

    だが、「嵐」が吹き荒れていた場所がある。
    トランプ大統領のツイッターだ。
    オバマ前大統領の政権運営を非難する投稿を中心に、126回にわたって投稿。
    そして、その怒りはあることばに集約された。

    「OBAMAGATE(オバマゲート)」だ。
    トランプ大統領は「オバマゲート」を「アメリカ史上、最大の政治犯罪だ!」と糾弾する。

    では、オバマ前大統領は、どんな犯罪に手を染めたのか?

    翌日の5月11日。ホワイトハウスのローズガーデンで行われた記者会見。
    ワシントン・ポストの記者が2回、「オバマゲート」でのオバマ前大統領の具体的な犯罪行為についてトランプ大統領に質問する場面があった。
    トランプ大統領は「犯罪は誰の目にも非常に明白だ。新聞を読めばいい。ただし、あなたのところ以外の新聞を」と述べ、次の質問に移ってしまった。

    トランプ大統領がリツイートしている記事の内容や、これまでの大統領の発言から、ワシントンでは「オバマゲート」は次のように解釈されている。

    「いわゆるロシア疑惑の捜査の背後にいたのはオバマ前大統領であり、オバマ前政権とFBIなどの官僚組織が共謀して、トランプ政権への違法な妨害行為を行った」

    異例の起訴取り下げ

    なぜ、今、ロシア疑惑の捜査が問題になっているのか?
    そこにはトランプ大統領の元側近、マイケル・フリン氏をめぐる最近の動きがある。

    トランプ大統領とマイケル・フリン氏(右)

    フリン氏は、前回の2016年の大統領選挙のときからトランプ氏を支えた側近中の側近だ。
    政権が発足すると大統領補佐官に抜てきされた。
    ところが、政権が発足する前の2016年12月、ロシアの当時の駐米大使と、オバマ政権が科したロシアへの制裁について電話で協議し、それを隠していたことが明らかになり、フリン氏は就任からたった3週間で辞任に追い込まれた。
    さらにFBIに電話協議について虚偽の説明をしたことで起訴され、2年余りにわたって裁判が続いていた。

    しかし、4月29日、FBI捜査官が過去に作成していたメモが新たに公開されると、状況が一変する。

    メモにはFBIの内部で、フリン氏について「真実を自白させるか、それともうそをつかせるか」などと話し合われていたことが記されていたのだ。

    CNNテレビなど、トランプ大統領から「フェイクニュース」と名指しされるメディアは「メモの前後の文脈が分からなければ、判断できない」とか「捜査官がこれから行う捜査の方針について部内で議論するのはごく当たり前だ」として、メモは重要な意味を持たないと伝えた。
    これに対し、FOXテレビをはじめ、保守系のメディアは「フリン氏の無罪を示す決定的証拠だ」として、その重要性を繰り返し伝えた。
    1つの証拠をめぐっても、アメリカメディアの報道は正反対だった。

    もちろん、トランプ大統領は「FBIがフリン氏をわなにかけるため偽証をしむけた」として、FBIへの非難を一層強めた。

    フリン氏の起訴取り下げの申請書

    そうした中で、司法省は5月7日、フリン氏への捜査は不当だったとして、起訴の取り下げを裁判所に申請した。
    いったんは罪を認め、司法取引に応じた被告の起訴を取り下げるのは異例だ。

    しかも、フリン氏の起訴に踏み切ったのは、政権から独立した立場で捜査するために任命された当時のモラー特別検察官。
    今までロシア疑惑を追及していた野党・民主党は当然、猛反発する。
    ペロシ下院議長は即座に次の声明を発表した。

    「フリン氏は、圧倒的な証拠を前に捜査官にうそをついたことを認めていたが、今になって、バー司法長官はトランプ大統領のための隠蔽を続けるために起訴を取り下げた。特別検察官の決定を覆すことは前例がない。バー長官の司法の政治化は底なしだ」

    司法省OBによる共同声明

    元検察官ら2000人以上の司法省のOBも、「法の支配に対する攻撃だ」としてバー司法長官の辞任を求める共同声明を発表した。

    一方、トランプ大統領にとっては、政治的大勝利だ。
    フリン氏はロシア疑惑の中心人物とされてきただけに、トランプ大統領はロシア疑惑が当時のオバマ政権によってトランプ政権を妨害するために「でっちあげられた」という主張が裏付けられたと考えているのだ。

    共和・民主、深まる分断

    この急展開を、有権者はどう見ているのだろうか。
    去年、大統領選挙の取材で出会った人たちに連絡を取ってみた。

    客の髪を切るジョー・ディアンブロージオさん

    東部ペンシルベニア州で理髪店を経営するジョー・ディアンブロージオさん(79)。
    トランプ大統領の支持者だ。
    新型コロナウイルスの影響で、店はことし3月から休業を余儀なくされているうえ、長年の友人を2人もコロナで亡くしたと、肩を落としていた。
    だが、フリン氏のことを聞くと、画面をまっすぐ見て、力強く語った。

    「フリン氏は何も悪いことはしていない。彼は愛国者だ。ようやく正義が実行されてうれしい」

    ディアンブロージオさんは、新型コロナウイルスの影響で人々が苦しむ中でも、トランプ大統領が改めて強い指導力を示した結果が、フリン氏の救済につながったと指摘する。

    「トランプ大統領は強い政治家だ。必要とされるときに大統領になってくれた」

    テレビ電話での取材に応じるジェフ・ルゴウさん

    一方、民主党支持者の大学職員、ジェフ・ルゴウさん(36)は、180度違った受け止め方をしていた。

    「残念なことに、今回の件は、トランプ政権下でずっと続いている、司法システムに対する新たな攻撃だ」

    ルゴウさんは、秋の大統領選挙でトランプ大統領の再選を阻止することが必要だと強く感じたという。

    「トランプ大統領がこれ以上、司法制度を弱体化させることを防ぐためにも、対立候補となるバイデン氏をさらに強く支持する」

    フリン氏の新しい捜査メモに関するアメリカメディアの伝え方の違いを見たときにも感じたが、共和党支持者と民主党支持者の間で、同じ1つの現象にここまで違った見方が出ることに、アメリカの分断のすさまじさを感じた。

    オバマゲートはどこまで伸びる?

    「オバマゲート」は今後、どこまで捜査の手が伸びるのか?
    その鍵を握るのが、バー司法長官から任命されたジョン・ダーラム連邦検事が進めている捜査だ。

    ジョン・ダーラム連邦検事

    ダーラム検事はロシア疑惑の捜査の発端や、その過程において、FBIによる情報収集などに違法性がなかったか、刑事事件として捜査している。
    その捜査の結果、FBIやCIAなどの関係者が訴追される可能性は十分にある。

    かつて司法省で刑事部門を担当する次官補代理を務めた、ワシントンのシンクタンク・ヘリテージ財団のジョン・マルコム上級研究員は、ことしの夏には結果が明らかになるとの見通しを示す。

    ヘリテージ財団 ジョン・マルコム上級研究員

    「マイケル・フリン氏とトランプ陣営を陥れる不正な政治目的を達成するために、違法な捜査をした者がいたという疑惑があるのは間違いない。それを明らかにして、関わった者たちに責任を負わせることが非常に重要だ。ダーラム検事が捜査を終えるのはおそらく夏ごろになるだろう」

    では、オバマ前大統領やバイデン前副大統領が訴追される可能性はあるのか?
    現時点では、答えは「ノー」だ。
    バー司法長官も5月18日の記者会見で、これまでの証拠を考えると、ダーラム検事の捜査によってオバマ前大統領やバイデン氏が罪に問われることはないと明言している。

    だが、連邦議会では、バイデン氏に対する追及が激しくなることは間違いない。
    トランプ大統領と与党・共和党は、フリン氏への不当な捜査に、バイデン氏も関わっていたと主張している。
    共和党は、フリン氏に関する機密情報を要求したオバマ前政権の高官の一覧の中に、バイデン氏の名前が残されていることを証拠として提供している。
    共和党はバイデン氏を議会に呼んで追及したい考えだ。

    審判を下すのは有権者

    トランプ大統領が「オバマゲート」への強いこだわりを見せるのは、世論調査で苦戦が伝えられている秋の大統領選挙を見据えた動きでもある。
    背景には、新型コロナウイルスの影響によって大統領選挙の状況が一変したことがある。
    感染拡大によって株価は下落し、経済という最大の成果が消えた今、「オバマゲート」を追及することは支持者に誇れる最大の功績だ。
    ただ、フリン氏の起訴取り下げの判断をめぐっては、世論調査でも国民の意見は真っ二つに割れている。

    5月7日、バー司法長官とアメリカメディアのインタビューの中で、次のようなやり取りがあった。

    記者「今回のフリン氏の起訴取り下げの決定は、アメリカの歴史にどのように記されると思いますか?」

    バー長官「歴史は勝者によって書かれる。したがって、それは誰が歴史を書いているかに大きくよる。しかし、公正な歴史は、今回の判断が法の支配を守ったものとして、よい決断だったと記すだろう」

    フリン氏への捜査をめぐる「オバマゲート」に審判を下すのは、紛れもなく11月の大統領選挙に一票を投じるアメリカ国民だ。

    ワシントン支局記者

    太田 佑介

    2004年入局。横浜局をへて国際部。
    ジャカルタ支局駐在中、南シナ海問題やテロ事件を取材。
    2018年からワシントン支局に駐在し、主に国防総省を担当。