詳報 ウクライナ疑惑① トランプ大統領は本当に弾劾されるのか

アメリカの大統領選挙まで1年足らず。民主党の候補者選びが本格化する中、トランプ大統領がウクライナの大統領との電話会談の中で、軍事支援を取り引き材料に、民主党の有力候補、バイデン氏に関する情報を得ようとしたとされる、いわゆる「ウクライナ疑惑」。
この疑惑をめぐってトランプ大統領を弾劾訴追する決議案が12月13日、議会下院の司法委員会で可決されました。

決議案は、18日にも下院本会議で可決される見通しで、これによりトランプ大統領は、弾劾訴追をされるアメリカ史上3人目の大統領となる見通しです。(ワシントン支局・国際部取材班)

目次

    議会下院が弾劾訴追の決議案を可決

    議会下院司法委員会

    ウクライナ疑惑で、議会下院の司法委員会は13日、トランプ大統領がみずからの政治的利益のためにウクライナに圧力をかけた「権力乱用」と、議会による疑惑の調査を妨害した「議会妨害」を根拠に、大統領の罷免を求める弾劾訴追の決議案を採決し、賛成多数で可決しました。

    議会下院では、17日に議事の進め方などについて協議を行ったうえで、翌日の18日に本会議を開き、その日のうちに採決を行う方針です。

    本会議での採決では多数派の民主党議員の賛成で決議案が可決されるとみられ、これによりトランプ大統領は1860年代のジョンソン大統領、1990年代のクリントン大統領に次いで、弾劾訴追をされるアメリカ史上3人目の大統領となる見通しです。

    本会議で可決されれば議会上院で年明けにも弾劾裁判が始まります。

    上院は与党・共和党が主導権を握り、トランプ大統領は徹底抗戦したい構えですが、共和党・上院の幹部からは、手続きを簡略化し、大統領の無罪の評決を早期に決議すべきだという声も出ています。

    弾劾裁判の行方は来年の大統領選挙にも影響する可能性があるため、その日程や進め方に早くも注目が集まっています。

    決議案はどういうものか

    議会下院に提出された弾劾許追の決議案

    議会下院の決議案は、一般の刑事事件の起訴状にあたるもので、トランプ大統領がみずからの政治的利益のためにウクライナに圧力をかけた「権力乱用」と、議会による疑惑の調査を妨害した「議会妨害」を根拠に、「トランプ大統領は憲法への脅威だ」として、大統領の罷免とあらゆる公的地位からの追放を求めています。

    11日から行われた審議では、トランプ大統領の不正は弾劾に値すると主張する民主党の議員に対し、与党・共和党の議員は不正の証拠が示されていないと反発していましたが、「権力乱用」と「議会妨害」のいずれの条項も、賛成23票、反対17票の賛成多数で可決されました。

    決議案の内容

    今回、可決された弾劾訴追の決議案は、トランプ大統領の「権力乱用」と「議会妨害」の2つを大きな柱としています。

    詳しく見ていきます。

    問題となったのはことし7月25日のトランプ大統領とゼレンスキー大統領の電話会談

    <1.権力の乱用>

    権力の乱用では、「トランプ大統領がウクライナ政府に対し、政敵であるバイデン前副大統領に関する捜査の公表を不当に要求した」と認定しています。

    また、2016年のアメリカ大統領選挙にロシアが介入したとされる疑惑をめぐり、ロシア側が介入したのはウクライナだと主張していることに関しても調査するよう求めたとしています。

    そのうえで、トランプ大統領はこれらの調査の公表が3億9100万ドルの軍事支援とホワイトハウスでのゼレンスキー大統領との首脳会談の条件だとウクライナ政府に伝えたと指摘しています。

    また、トランプ大統領はこれらの行為が明らかになったあと、最終的にウクライナへの軍事支援を実行したものの、ウクライナには公然と調査を要求し続けたとも認定しています。

    こうしたことから「トランプ大統領は上記のすべてにおいて、大統領の権限を悪用し、国家安全保障をはじめ重要な国益を損ね、政治的利益を不当に得た。そして民主的な選挙に外国勢力の介入を許し、国家を裏切った」として、権力の乱用にあたるとしています。

    <2.議会への妨害>

    議会への妨害では、「トランプ大統領は唯一議会下院に与えられている弾劾の調査権限による召喚をいまだかつてない形で完全に無視するよう指示した」と認定しています。

    具体的には、ホワイトハウスの職員に法的強制力のある議会の召喚状を無視するよう指示し、議会の委員会が要求した文書の作成を拒んだとしています。

    また、そのほかの政府機関に対しても召喚状を無視するよう指示した結果、国務省、行政管理予算局、エネルギー省、国防総省が文書の提出を一切拒否したと指摘しています。

    さらに、行政機関の職員や元職員に議会の調査に協力しないよう指示した結果、9人の政権幹部が証言を求める議会の召喚状を無視したとして、「アメリカ史上、大統領の弾劾に向けた議会下院の調査権限をこれほどまでに妨害した大統領はいない」としています。

    決議案では、「トランプ大統領はアメリカ大統領や行政の信頼、法と正義の理念を損ねる行動を取り、アメリカ国民を傷つけた」としたうえで、「トランプ大統領が在任し続けた場合、憲法に対する脅威であり続けることが明らかになった」と厳しく非難しています。

    そして、「トランプ大統領は弾劾裁判を経て大統領職から解任され、いかなる公的な地位からも追放されなければならない」として、大統領の罷免を求めています。

    弾劾に向けた今後の動き

    弾劾訴追の決議案は下院の司法委員会で可決されたことを受けて、本会議に送られ、採決にかけられます。本会議では野党・民主党が多数派を握るため、賛成多数で可決される見通しで、この結果、トランプ大統領が弾劾訴追されることになります。

    訴追されたあとは、この制度で裁判所の役割を担う議会上院が弾劾裁判を開いて訴追の内容を審議します。

    そして、出席議員の3分の2以上の賛成を得られれば、大統領は弾劾され、罷免となりますが、上院は与党・共和党が過半数を占めるため、罷免の可能性は低いとみられています。

    民主党としては、一連の手続きを通じてトランプ大統領の資質や適性に疑義を投げかけ、世論を喚起して来年秋の大統領選挙に向けた流れを引き寄せたいねらいです。

    これに対し、トランプ大統領と共和党は疑惑を徹底して否定し、民主党の政治的な思惑による動きだと非難することで乗り切る構えです。

    トランプ大統領の弾劾を巡っては世論も大きく分かれていて、今後の弾劾手続きで、この世論がどう動くのかが来年のアメリカ大統領選挙の行方にも影響を与えそうです。

    トランプ大統領「でっち上げ」

    アメリカのトランプ大統領は、ウクライナ疑惑でみずからを弾劾訴追する決議案が議会下院の司法委員会で可決されたことを受けて、13日、ホワイトハウスで記者団に対し、「これは魔女狩りだ。偽りで、でっちあげだ。アメリカにとっても非常に悪いことだ」と述べ、野党・民主党を強く非難しました。

    そのうえで、弾劾訴追された場合、来月にも開かれる見通しの弾劾裁判について問われ、「私はやりたいようにやる。われわれは何も悪いことはしていない。裁判が長引こうとかまわない。なぜならペテン師である内部告発者を見てみたいからだ」と述べ、疑惑の発端となった内部告発者を証人として呼ぶ考えを示すなど徹底抗戦の構えを見せました

    そもそも「ウクライナ疑惑」とはどういう疑惑か

    発端となったのは、ことし7月のトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談です。

    この会談でトランプ大統領はウクライナへの軍事支援と引き換えに、大統領選挙に向けた野党・民主党の有力候補のバイデン前副大統領とウクライナとの関係をめぐる調査を要求し、圧力をかけたとされています。

    これを問題視したアメリカの政府機関の当局者が8月に内部告発し、その後、9月中旬にメディアで報じられて疑惑が明るみになりました。報道を受けてトランプ大統領はウクライナへの軍事支援を一時、保留していたことを認める一方、これが見返りだったことや圧力は否定し、会談の記録だとする文書も公表して、問題はなかったと主張しました。

    これに対して民主党のペロシ下院議長は9月、「トランプ大統領の行動はアメリカの安全保障や大統領に就任する際の宣誓に反している」として、主導権を握る議会下院での弾劾調査に踏み切り、関係する政府高官らの聞き取りを非公開で進めてきました。そして10月、議会で正式に調査開始を決議し、公開での公聴会の開催を決めました。

    弾劾調査開始を正式決議 ペロシ下院議長(10月31日)

    下院議会情報委 司法委のこれまでの動き

    ウクライナ疑惑を巡っては、民主党主導の議会下院で大統領の不正行為の有無を調査してきた情報委員会が3日、政府高官らの証言から、トランプ大統領がみずからの政治的利益のためにウクライナに圧力をかけ、アメリカの国家安全保障を危険にさらしたのは明らかだとして、不正行為を認定する調査結果をまとめていました。

    これを受けて議会下院は弾劾訴追すべきかどうかを審議する司法委員会での手続きに入り、4日、法律の専門家に意見を求める初めての公聴会を開きました。

    公聴会では、民主党側の証人として呼ばれた3人の専門家全員が、調査結果で認定された大統領の不正行為は、弾劾の根拠になるという見解を示しました。

    これに対し、共和党側の専門家は、証拠が不十分だとして、弾劾に否定的な見方を示しましたが、共和党としての証人は1人に限られたため、トランプ大統領は4日、記者団に「史上かつてないほど不公平な手続きだ」と不満をあらわにしました。

    トランプ大統領は「民主党は弾劾に向けて証拠のねつ造やうその証言など、あらゆることをしている。これは政府転覆の試みだ」と述べ、徹底抗戦の構えを崩していません。

    民主党有力候補バイデン氏の親子をめぐる疑惑

    NBAを観戦するバイデン氏父子(2010年1月30日)

    民主党に主導の下院議会によるトランプ大統領への弾劾訴追の動きは、「もろ刃の剣」になりかねないと指摘する声もあります。

    トランプ大統領は、ウクライナをめぐっては、疑惑はむしろバイデン氏と、その次男のハンター・バイデン氏の側にあり、真相を明らかにするべきだと訴えています。

    ハンター氏をめぐる「疑惑」

    ハンター・バイデン氏

    ハンター氏は、父親のバイデン氏が副大統領を務めていた2014年に海軍を除隊となったあと、ウクライナのガス会社、「ブリスマ」の役員に就任しました

    ハンター氏はそれまでガス事業に携わった経験はありませんでしたが、ことし4月に退任するまで毎月5万ドル、日本円でおよそ550万円の報酬を受け取っていたとされています。

    これについてハンター氏はことし10月、ABCテレビのインタビューで、不正はなく何も問題はなかったと強調する一方で、「副大統領の息子でなかったらおそらく役員には就任していなかっただろう」と述べ、父親の立場が役員就任に影響したという考えを示しました。

    そのうえで「父親を攻撃する材料を与えてしまった。それが私の過ちだ」などと釈明していました。

    バイデン氏をめぐる「疑惑」

    ジョーバイデン候補

    一方、父親のバイデン氏は、副大統領だった2015年にウクライナを訪問した際、汚職対策の推進が不十分だとしてウクライナに対して検事総長の解任を求めました。

    バイデン氏は、のちにシンクタンクで行った講演で当時を振り返り、検事総長を解任しなければ10億ドルの経済支援を行わないとウクライナ側に圧力をかけたとみずから述べています。

    ウクライナの汚職対策の推進は、各国やIMF=国際通貨基金などと連携して要求していたものですが、トランプ大統領は、ウクライナの検察当局によるガス会社、「ブリスマ」をめぐる捜査から息子のハンター氏を守るために、バイデン氏が副大統領の地位を利用し不当に圧力をかけたと批判しています。

    民主党への影響

    バイデン氏親子はいずれも反論していますが、ハンター氏が副大統領の次男という立場を利用し、利益を得てきたという指摘を完全に否定するのは難しい面もあり、民主党の指名争いでトップを走ってきたバイデン氏の勢いにかげりも出ています。

    今後、民主党が議会を舞台に進めているトランプ大統領の弾劾に向けた調査の展開次第では、バイデン氏の選挙戦にさらなる影響が出る可能性もあります。

    トランプ大統領は本当に弾劾されるのか

    アメリカでは、過去にジョンソン第17代大統領とクリントン第42代大統領の2人が訴追され、弾劾裁判にかけられましたが、いずれも罷免には至りませんでした。

    ビル・クリントン元大統領

    このうちクリントン大統領はホワイトハウスの元研修生との不倫疑惑でうその証言をした偽証の罪に問われ、1998年10月に弾劾手続き開始を決議され、およそ2か月後の12月に訴追、さらに2か月後の1999年2月に弾劾裁判の評決が出されました。

    リチャード・ニクソン元大統領

    一方、「ウォーターゲート事件」で知られるニクソン第37代大統領は、敵対する民主党本部の盗聴未遂事件などの疑惑で世論の反発を招き、議会で弾劾される公算が高まったため、訴追される前に辞任に追い込まれました。

    今回のウクライナ疑惑では議会下院を主導する野党・民主党がトランプ大統領による不正の疑いを強めていて、今後、公聴会での聞き取りや関係文書の調査を進め、早ければ来月にも訴追に踏み切るという見方も出ています。

    しかし、弾劾裁判が開かれる議会上院はトランプ大統領を支える与党・共和党が過半数を握っているうえ、今のところ大きな造反の動きも見られないことから、現状では裁判で3分の2以上の同意を得るのは難しいと見られています。

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