5月と6月、世界各地ではさまざまな選挙が行われました。大統領選挙から総選挙、地方選挙まで。
今回、選挙の現場を取材したのは、オーストラリア、フィリピン、韓国。
そして、見えてきたキーワードは「民主主義ソーセージ」「カップ」「18歳の候補者」。
いったいどういうこと?
(シドニー支局 青木緑、ジャカルタ支局 伊藤麗、ソウル支局 佐々一渡)
9年ぶりの政権交代オーストラリア
5月に総選挙が行われ、9年ぶりに政権交代したオーストラリア。
選挙当日の朝、シドニーの投票所に到着すると、何やら“おいしそうなにおい”が。
においを頼りに、投票所の敷地内を歩いてみると、そこにあったのは、屋台でした。鉄板でアツアツに焼いたソーセージをパンに挟んで販売しているようです。そしてその食べ物には、こんな呼び名が。
「民主主義ソーセージ」
調べてみると、この「民主主義ソーセージ」、実はオーストラリアの選挙では欠かせないものだそうです。
選挙当日、各地の投票所では、それぞれの投票所ならではの「民主主義ソーセージ」が販売され、投票に訪れた人たちが、小腹を満たすのだそう。
各陣営が販売しているとしたら、票の買収なのでは…。でも、そんな心配は必要ありませんでした。
販売するのは、投票会場となっている学校や地域のボランティア。売上金は、社会福祉などへの寄付に充てられるということです。
そして、インターネット上には、オーストラリア全土の投票所の「民主主義ソーセージ」を紹介する地図まであります。SNSでは、投票を終えたという人たちが、各地の「民主主義ソーセージ」の写真を次から次へと投稿。
さらに、テレビをつけると、リポーターが「残念ながら雨のため、こちらの投票所ではことしは『民主主義ソーセージ』の販売は中止になってしまいました」と中継までしていました。
実は、オーストラリアでは、18歳以上の有権者は、国政選挙での投票が義務づけられていて、正当な理由なく投票しなかった場合、日本円にして2000円近く(20オーストラリアドル)の罰金が科されます。
「民主主義ソーセージ」が有権者の投票意欲に一役買っているのかと思いましたが、実際に投票に訪れた人たちに話を聞いてみると、“食べ物目当て”だという人も、“罰金を払いたくないから来ている”という人も、見受けられませんでした。
むしろ、誰もが選挙を「自分に関係のあること」として受け止め、生活の一部として投票に訪れているように感じられました。「民主主義ソーセージ」は、そうした選挙にちょっとした楽しみを添えているのかもしれません。
新政権が発足したフィリピン
続いては、5月に大統領選挙が行われたフィリピン。選挙の結果、フェルディナンド・マルコス氏が勝利しました。
この選挙を取材するために首都マニラを訪れると、街では一足先にある“投票”が行われていました。
日本でもおなじみの大手コンビニエンスストアに入ってみると…。
目に飛び込んできたのは、レジの横にずらっと並ぶ、候補者の顔が印刷された飲み物のカップ。客が飲み物を購入する際、支持する候補者のカップを選ぶ「人気投票」となっているのです。
「SpeakCUP!」と名付けられたこの人気投票。“Speakup(声を上げよう、はっきり意見を言おう)”という意味の英語と“カップ”を掛け合わせ、2010年の大統領選挙から始まったということです。
毎回、地元メディアに大きく取り上げられ、大統領選挙では恒例のイベントとして定着しつつあるのだそうです。そして、過去2回の人気投票で1位になった候補者は、いずれも大統領に当選していて、注目が集まっています。
3回目となる今回の人気投票。用意されたカップは、大統領選の候補者10人のうち、支持率上位の5人と「投票先未定」のあわせて6種類。
投票の結果はそれぞれの店内と特設サイトで発表され、1位になったのは、カップ全体の売り上げの43%を占めたマルコス氏でした。
コンビニエンスストアの店内で取材していて印象的だったのは、友人と楽しそうにカップを選んだり、親子連れが子どもに選ばせていたり、フィリピンの人たちが選挙を楽しんでいるように感じたことです。
コンビニで飲み物を買うついでに、政治や選挙のことを身近な人たちと話したり考えたりするきっかけになっているのかもしれません。
立候補できる年齢が18歳に引き下げられた韓国
最後はお隣、韓国。
実は、韓国では、2022年から立候補できる被選挙権の年齢が25歳から18歳に引き下げられ、10代でも選挙に出られるようになりました。
6月に行われた9つある道の知事や各都市の市長などを選ぶ、今回の統一地方選挙では、道議会や市議会の議員選挙に10代の候補者が7人立候補し、メディアでも大きく取り上げられ、注目を集めました。
そこで、実際に10代の候補者に密着取材をしてみることに。
取材したのは、韓国南部の古都、キョンジュ(慶州)の市議会議員選挙に立候補したキム・キョンジュ(金炅珠)さんです。
キムさんは、18歳の大学1年生で、革新系の最大野党「共に民主党」の候補者でした。なぜ立候補したのか聞いてみると、幼いころから政治に関心があり、高校では生徒会長を務めたといいます。
同じ選挙区に立候補したほかの3人の候補者はいずれも50代で、街を活性化するためにも“新しい力”が必要だと感じて、挑戦することを決めたのだそうです。
選挙運動に同行すると、路上駐車を減らすことや、子どもたちが安全に遊べるよう屋内の遊び場を設けることなどを訴え、“生活者目線”での活動を展開。
また、地元の小学校の前を毎日訪れて交通整理を行い、子どもたちの安全をみずから守る姿もアピールしていました。
一方で、キムさんは、地盤や資金力などを持たない18歳がゆえのハードルにも直面していました。スタッフの確保などに必要な資金を半分ほどしか集められず、スタッフには父親にも入ってもらいました。
また、韓国では、“選挙の風物詩”とも言える、候補者をアピールする歌を流す車を使うのが一般的ですが、キムさんは、この車も用意できませんでした。
こうした選挙活動を終えて、いよいよ投開票日の当日。キムさんは、みずからの事務所で開票を見守りました。そして、結果は…。
15%あまりの票を集めましたが、与党「国民の力」の2人の候補が当選し、落選でした。
今回の統一地方選挙で当選した10代の候補者は、19歳の女性1人。
キムさんは、選挙活動中に通うことができなかった大学生活を再開していますが、今後も政治活動に関わっていく意欲を見せていました。
10代が立候補できるようになり、実際に10代の議員も誕生した韓国。こうした候補者や議員が、韓国社会にどんな変化をもたらすのか。若者の政治参加に悩む各国にも参考になりそうです。