子どもたちが見た東京五輪・パラ

「観戦に行くか行かないかは、おうちの人とよく相談してください」

新型コロナウイルスの感染が急拡大する中、パラリンピック観戦を実施することになった小学校。各家庭の判断によって子どもたちの間に立場の違いが生まれました。

観戦の意義に悩みを深める教員、そして、観戦できるかできないかで葛藤する子どもたち。国立競技場にいちばん近い小学校に密着した2か月間の記録です。
(映像センターカメラマン 竹岡直幸)

観戦は学んできたことの集大成

東京にある新宿区立四谷第六小学校は、東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなった国立競技場から、わずか150メートルの位置にあります。

東京大会の開催そのものに賛否がある中、間近で準備を見続けてきた子どもたちはどう受け止めているのだろうか、それを伝えようと考えたのが、今回の取材のきっかけでした。

東京オリンピックの開幕直前の7月下旬、6年生の教室を訪ねると、大会を心待ちにしている子どもたちの姿がありました。

「あれは、ペルーの国旗かな?」
「いや、オーストリアじゃない?」
「ペルーは真ん中にマークがあるんだよ」

国立競技場に掲げられた色とりどりの国旗を見て、どこの国の国旗なのか覚えることが習慣になっていました。

私が取材した6年生は、国立競技場の建設が始まった2016年に小学校に入学しました。

この6年間、オリンピック・パラリンピックの準備や国立競技場の建設を目にしながら学校生活を送ってきました。

授業でも、“多様性”や“共生社会”などをテーマに、オリンピック・パラリンピックの教育を積極的に行ってきました。

社会科の授業では、人種差別問題や他文化への理解を深めたり国語で日本文化の魅力を学び、それを英語で説明できるように学習したりしてきました。

総合学習では、外国人との交流や障害者スポーツも体験しました。

その時間は、6年間で300時間にのぼりました。

「パラリンピック観戦」は、これまで学んできたことの集大成だったのです。

新型コロナに揺れた教育現場

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で、ぎりぎりまで観戦できるのかどうかがわからないまま、準備が進みました。

大会そのものが1年延期になり、7月に開幕したオリンピックは、観客を入れずに開催。

子どもたちに移動教室の中止が告げられた

パラリンピック開幕の前の週になって、東京都内では5000人以上の感染が確認される状況になりました。

学校では、10月に長野県伊那市に行くはずだった移動教室を中止することにしました。

子どもたちの反応
「東京感染者5000人で、終わったなと思った」
「増え続けていたし、悲しいけど本当にしょうがない」

コロナ禍での観戦に賛否が分かれる中、教員たちは、感染リスクがある中での「観戦の意義」について悩んでいました。

岩澤肇校長
「感染予防という方向ですべてを考えるなら、当然、全部の行事がなくなることになりますが、子どもたち一人一人の今までの経験や学習にどう意義を持たせるのか、難しい判断です」

観戦するかどうか各家庭での判断に

東京都は、子どもたちの観戦については、教育的意義を重視して実施する方針を示していましたが、新宿区教育委員会から、実施する方針が示されたのは、観戦予定日のちょうど1週間前でした。

学校では、各家庭に配るお知らせを慌ただしく印刷。

最終的に参加するかどうかは、各家庭の判断に委ねることにしました。

6年生の理乃さんは、帰宅してすぐに、観戦の意思を確認するプリントを母親に見せました。

母親が行きたいかどうか尋ねたところ、理乃さんは「ずっとオリパラについて勉強してきたから行きたい。座席はとなりの友達と何席か空けて座るらしいし」と答えました。

母親は感染リスクを心配しましたが、しばらく考えたあと、プリントの「参加」に○印を書き込みました。

母親
「1年半もの間、子どもたちはいろんなことを我慢してきました。ずっと楽しみにしてきていたことなので、娘の気持ちを尊重してあげたい」

理乃さん
「オリンピック・パラリンピックは、ただ単にスポーツができる人が集まる場というだけではないと思います。国籍や肌の色の違い、障害があっても、みんなが羽ばたけるという意味が込められていると思うので、実際にその様子を自分の目で見て感じてみたいです」

観戦する児童としない児童 新たな心配

観戦の2日前に臨時の職員会議

観戦の直前になって、教員たちの間では新たな心配が生まれました。

各家庭の判断によって、参加する子どもとしない子どもと、立場の違いが生まれてしまうのではないかというものでした。

学校では、観戦の2日前、臨時の職員会議を開きました。

教員たちは「観戦の意義」は何なのか改めて話し合いました。

男性教員
「共生社会について子どもたちが学びを深める場になれば」

女性教員
「他者理解につなげる機会にしたい」

岡千恵 副校長
「直接観戦したかどうかという価値観ではなくて、“自分としての考えを持てたかどうか”ということを評価して、勇気づけてあげるというのが大事ではないでしょうか。競技場に行かなかった子どもたちの思いもきちんと聞き取って、それを認めてあげられたらいいですよね」

職員会議では、競技場に行かない子どもにはテレビで観戦したうえで感想を書いてもらい、クラス全員でお互いの考えを分かち合う時間をもつことにしました。

パラリンピックは子どもたちに何を残したか

観戦する子どもたち

観戦当日の9月3日、6年生69人のうち59人が国立競技場で観戦、全員がマスクを着用し隣とは二席空けて座るなど対策をとりました。

会場に行かなかった10人はテレビで観戦しました。

自分の限界に挑戦する選手や国籍を越えてたたえ合う選手たちを見つめ、観戦後に、教室に集まって、互いに感じたことを発表し合いました。

このパラリンピックが子どもたちの心に何を残したのか、その内容に表れていました。

競技場で観戦した女子児童
「パラリンピアンはみんな何らかの障害を持っています。生きていてつらいことが、私たちの倍はあると思います。そのつらい経験を乗り越えて“自分に勝てた”という思いと、楽しかった、やりきったという思いが、笑顔とジェスチャーにあふれていました。以前、ある選手が『かわいそうと思われるのが嫌』と言っていましたが、その理由がわかった気がしました」

競技場で観戦した男子児童
「振り返ると、僕自身の中に、障害者の方に対する遠慮があったのかなと思いました。けれどその考えを、アスリートが変えてくれました。障害者であることや、人種が異なることなどを“自分とは違う”と考えるのではなく、個性として尊重することを今回学びました。これから生きていくうえで大切な気付きになったので、この経験を深めていきたいです」

テレビ観戦した女子児童
「わたしはパラリンピックをテレビ越しに見て、感じたことがあります。試合が終わったあと、メダルをとった選手が、負けた選手のもとへ行き、ハグをして相手をたたえる姿に驚き、すごいなと思いました」

この6年間、オリンピック・パラリンピックから何を学ぶべきなのか教員たちは時間をかけて考えてきました。

また、子どもたちは、他者への思いやりや違いを認めることの大切さを学び、自分事として考えていました。

オリンピック・パラリンピックから何を学ぶべきなのか、時間をかけ真剣に考えてきた教員や児童の中に東京大会のレガシーを見た気がしました。

映像センターカメラマン

竹岡 直幸

2011年入局
松江→熊本→福岡を経て現職
コロナ禍の子どもたちを取材し続けている

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