“あだ名”を知らない…
実態を探るべく最初の取材対象に選んだのは、地元の公立小学校に通う娘(2年生)です。なにしろ、現役に聞くのがいちばんです。
その娘の口から出たのは意外なひと言でした。
- (父=筆者)「友達をあだ名で呼ぶのって学校で禁止されてるの?」
- (娘)「ん?『あだ名』ってなーに?」
なんと、あだ名そのものを知らなかったのです。
- (娘)「先生から『友達を呼ぶときは名字に“さん”をつけましょう』って言われているよ。理由はわかんないけど」
なんと「あだ名」を知らないのはうちの子だけかもしれませんが、そういえば、娘が友達の話をするとき、幼稚園当時からの友達には下の名前に「ちゃん」や「くん」を付けているのに、小学校にあがってからの友達は名字に「さん」を付けて呼んでいます。
一緒に大笑いするときも、けんかをするときも「○○さん」だとか。私にしてみればちょっと距離を感じてしまいますが、今どきの小学生には違和感はないようです。
「あだ名禁止」は本当か?
では、あだ名は本当に禁止されているのでしょうか。教育関係者に聞きました。
まずは文部科学省です。
文部科学省 担当者
「『あだ名を禁止する』などと国から一律に方針や通知を出すことは特段していません。学校の中には、校則の1つとしてあだ名を禁止しているところがあるかもしれませんが、校則は各学校長に決める権限があり、それぞれに判断してもらっています」
どうやら国レベルではなさそうです。
では、学校現場はどうでしょう。
各都道府県の小学校長会で作る「全国連合小学校長会」の事務局長に聞きました。
全国連合小学校長会 事務局長
「学校単位であだ名を一律に禁止するというのはあまり聞いたことがないですね。ただ、あだ名を付けられてつらい思いをしている子どもがいる場合、学級単位であだ名を禁止するというのはあるかもしれません」
なるほど、クラスの取り決めというのはあるかもしれないんですね。
それでは、東京都内の、ある小学校の校長に聞いてみました。
都内の小学校長
「本校では特にあだ名は禁止していません。ただ、男女問わず『さん』付けで呼ぶようにしています」
先ほどの娘の話を裏付ける証言です。
この小学校では、教師が子どもを呼ぶとき「さん」付けにしているそうです。そして、それに加えて、「友達の名前は『さん』付けで呼ぼう」と学校の生活目標に明記して、子どもどうしでも「さん」付けにするよう呼びかけているということです。
その理由は何でしょうか。
都内の小学校長
「かつては、先生が子どもを呼び捨てにしていた時代もあったと思いますが、人権意識の高まりもあって呼び方が変化したのではないでしょうか。そして、男の子だから『くん』、女の子だから『さん』と男女で区別するのではなく、同じように呼びかけましょうということです。子どもどうしでも『さん』付けで丁寧に呼ぶことで、相手を尊重する気持ちにつながると考えているからです」
では、「さん」付けの呼びかけは、いつごろ始まったのでしょうか。
都内の小学校長
「2年前、今の学校に赴任したときには、すでに『さん』付けで呼んでいました。その前の学校に赴任した6年前も、当たり前のように『さん』付けが定着していましたね。20年ぐらいさかのぼると、『さん』『くん』『ちゃん』などが混在していたと思います」
ただ、実際のところ、子どもどうしはあだ名で呼び合うこともあるそうです。
都内の小学校長
「休み時間や授業以外の場ではくだけた言い方になっているのが実情で、それはそれでいいと思います。子どもどうしの関係は尊重しますし、そこまで学校が規制をかける必要はないと思います」
規則があった。でも…
なんだか少しホッとしながらさらに探っていると、ネット上にこんな文書を見つけました。
小学校生徒指導規程
「人の名前は呼び捨てにしない。あだ名等で呼ばない」
あだ名の禁止に触れています。
小学校の名前とともに「平成29年」などの表記がありました。
早速あたろうとしたものの連絡が取れず。
実はこの学校、2年前に閉校したそうです。小学校があった広島県安芸高田市の教育委員会に聞きました。
安芸高田市教育委員会の担当者
「この規程がなぜ作られたか、はっきりとした理由は分かりませんが、いじめにつながるのを防ごうとか、友達どうし大切にしようというねらいだったのではないでしょうか」
今、市内の小中学校であだ名を禁止しているところはないそうです。ただ、その一方で、子どもたちの言動には十分に注意を払っているといいます。
安芸高田市教育委員会の担当者
「あだ名はいじめの手段に使われるおそれがあるので、あだ名を呼ばれて傷ついている子がいないか、先生たちは注意して見るようにしています」
各地で起きたいじめについての調査報告書などでは、
「侮辱的なあだ名で呼ばれた」
「身体的な特徴をやゆするあだ名で呼ばれていた」
といった文言を目にします。
確かに、あだ名は使い方によっては人を傷つけるおそれが十分にあります。そのうえで、市教育委員会の担当者はこんな話をしていました。
安芸高田市教育委員会の担当者
「先生が子どもを呼び捨てにしないのは、子どもの人権を尊重するために当然ですが、子どもどうしのあだ名については一律に禁止すべきではないと思います。大事なのは子どもたちに考えさせることですから」
呼び名のメリットを生かす
親しみを感じさせることもあれば、人を深く傷つけることもある“あだ名”。この違いはどこから生まれるのでしょうか。
ヒントを探るべく、大人社会に目を向けてみました。
すると、ニックネームを積極的に活用しコミュニケーションに役立てようと取り組む企業がありました。
ウェブ展開を支援するコンサルティング会社「フォノグラム」(広島市)です。
ここで働くおよそ30人全員が互いをニックネームで呼び合っています。この「ニックネーム制度」、17年前に導入したそうです。 社長の「ハーチィ」こと河崎文江さんにきっかけを聞きました。
“ハーチィ”こと河崎文江社長
「3人で立ち上げた会社ですが、新しい社員を招き入れたとき、単に言われたことをこなすだけでなく、感じたことやアイデアをどんどん積極的に言ってほしいと思いました。そこで、入社したばかりの人でも意見が言いやすいよう、全員をニックネームで呼び始めたのです」
それ以来、会社のルールとして定着しました。パート社員やインターンの学生からも「ハーチィ」と呼ばれています。
ちなみに、「ハーチィ」は「河崎」の中国語読みで、本場のギョーザが大好物なことに由来するそうです。
「ハーチィさん」と、ニックネームに「さん」を付けるのも禁止。「さん」を付けて呼んでしまうと、100円の“罰金”を徴収するという徹底ぶりです(職場のお菓子代になるそうです)。
でも、いやな呼び名をつけられることはないのでしょうか。
“ハーチィ”こと河崎文江社長
「先輩たちが話し合って、入社から1週間以内に決めるのですが、基本的に、その人が好きなものや、果たしてほしい役割など、前向きなこと、積極的なことを元に決めています。決まったニックネームは会社からのプレゼントとして伝えています」
さらに、ニックネームで呼び合うメリットについてこう話しています。
“ハーチィ”こと河崎文江社長
「雑談をするときも距離感が近くなるので、人間関係が自然とできていきます。若手でも意見を言いやすく、仕事のアイデアが浮かんできます。今は新型コロナの影響でやり取りはすべてオンラインになりましたが、テレビ会議でも距離を感じません。頼れる仲間が増えていくという感覚で、組織づくりにおいてもいい効果が出ていると思います」
会社は創立以来、増収を続けているとのことです。
昔、一人ひとりにニックネームがつけられた刑事ドラマがありました。舞台となった警察署が、意見を言いやすいようにやっていたかどうかは分かりませんが、ニックネームが飛び交う職場はコミュニケーションがなめらかだった記憶があります。
人を傷つけないよう~専門家は
あだ名やニックネームで人を傷つけないために、そしていい面を伸ばすために、どうすればいいのでしょうか。 呼称が果たす役割についての著書もある仁愛大学(福井県)の大野木裕明教授(教育心理学)はこう指摘します。
仁愛大学 大野木裕明教授
「あだ名やニックネーム、呼び捨てもそうですが、互いにそうした呼び方をすることで心理的に相手との距離を縮めることができます。仲間であることを互いに確認したり、周りに示したりする効果もあって、親密性や結束力を高める道具となるわけです」
では、注意点は…。
仁愛大学 大野木裕明教授
「子どもの場合など、あだ名をつけられた人がそれを嫌がる様子を見ると、その人を攻撃できる武器として認識してしまいます。子どもは特に、内面的な部分ではなく、見た目で相手を仲間から外すことがあり、外見的な特徴からくるあだ名がいじめにつながってしまいます。大人も子どもも、その呼び方を不快に感じないか、互いに確認してから呼び方を決めること。そして、時間がたつにつれてだんだんと不快に感じてくる場合もあるので、必要に応じて呼び方を見直すこと。この2つが大切です」
ひとりの人を指す大切な呼び名。
親しみをはき違えて誰かを苦しめていないか、大人社会もしっかりと振り返り、子どもたちの様子も見守りながら、それぞれを尊重する関係づくりに生かしたいと感じました。