関東地方に住む女性は4月、80代の母親を新型コロナウイルスによる肺炎で亡くしました。救急車に乗ったあと一度も会えないまま遺骨となって帰ってきた母。女性は今も母親の死を、親戚にさえ伝えられずにいると言います。

最後に見た母の姿

女性は実の両親と夫、息子の5人暮らし。3月下旬以降、家族が順に熱を出した

4月の1日に、うちの母が熱を出して、3日に私が熱を出してっていうかたちですね。

母が発熱をしたので近所のかかりつけ医にみせてレントゲンも撮ってもらったんですけど、「肺炎の症状もないので大丈夫だよ」って言われてのどの薬と抗生剤をもらってたんですけど、週明けの4日ぐらいから熱が下がらなくなったんで、保健所とかいろいろ電話したんです。

その週、血の塊のたんが出てきたので「それでも自宅待機ですか?」って(保健所に)言ったら、「それでも自宅待機です」って言われたんですけど、10日の日の夕方、どうしてもやっぱり熱が下がらないから、おかしいなと思って最後の手段で救急車を呼んで、そのまま入院っていうかたちですね。

(救急車を呼んだときは)「この家から出たくない」って。「行かない、行かない、行かない」っていう。でも、そんな状態で置いておけないので救急の方にお渡しして。意識はまだ全然あります。ただ、ぐたーって自分で歩けない。ふだんは血圧が高かったんで、かかりつけ医がたまたまいましたけど誤えん性の肺炎も何もやったことがなかったので、全然、大丈夫だったんですね。

遺骨は玄関に

病院に運ばれたときにはすでに肺炎の症状が出ていたため、母親は即入院となった。数日後、陽性と確認。家族は全員、濃厚接触者となり、母親を見舞うこともできなくなった

自分も陽性かもしれないじゃないですか。出て歩ける状態ではないし。私はもう、母がかかった時点で、私もだな、私のほうが先(に感染していた)かなと思って、絶対そうだなって思ってたので。罪悪感。このコロナを持ち込まなければ元気だったんだよねって。私たちがかかんなかったら(家に)いれたよねっていう、ここに生きてたよねって思います。

だからと言って、私も一緒に検査してくださいって、私はそんなに熱がないし言えないよなあと思いながら。「37度5分以上、4日間」、それが出てないし。

保健所の方と話してても「発熱がないんでしたら大丈夫ですね」っていう言い方なので、やっぱりそれしかないんだなと思って。

自分のなかでその時に、母が戻って来ないっていう、なんだろうな、覚悟みたいなのはその時はないと思います。死ぬとは思っていない。

しかし、入院から6日で母親は亡くなった。家族の誰も立ち会えないまま、母親は火葬された

(病院から)電話がかかってきて、4月の16日に。「きょうは呼吸が荒くなっているんで、大変かと思いますけども」って。「分かりました」って言って。

そのあとかかってきたときには「もうそろそろになると思います」。そのときにはたぶんもうだめだったんですよね、きっと。3回目に電話が来たときに、「(死亡時刻は)何時何分でした」っていうお話で、「はい分かりました」って言って、だめだったねっていう話で。

葬儀社からは「ちょっとケースがケースなので、日にちがどれだけかかるか分からないです」って言われてたんですけど、「焼き場がとれましたので20日に焼きます、20日の3時です。ちょっと時間遅いですけど、やっぱりコロナの関係で早くは焼けない。いちばん最後(に火葬する)のパターンなんです」って言われて。そのあと、遺骨だけ帰って来たっていう。

私たち濃厚接触者なので、家自体もそういうことだから、入れないじゃないですか、向こう(葬儀社の人)も。玄関先に(遺骨を)置いてもらったんです。

今も泣けない

みとることもできなかった母親の死を、女性は淡々と語っているように見えた

こないだ一晩だけ、ちょっと5分ぐらい、お風呂場で泣きましたけど。それは「私たちがかかんなかったら、いられたよね、ここに」っていう思いで。

「ああ、やっと泣けたなぁ」って思ったんですけど。何も見てないじゃないですか。(病院に)行ったことしか見てないでしょ?家から救急車に乗ったことしか見てないじゃないですか。苦しんでるとこも見てないし、弱っていった姿も見てないし、何もないじゃないですか。

だから、たぶん、わかんないんだと思う。お通夜やって、お葬式をやって、ああいうのを全部やって初めて、亡くなったっていうのを受け入れられるんだって。

まだなんとなく泣けないところがあるのはやっぱりどっかで違うって思ってるのかな?心の整理がつかない。死ぬならコロナじゃない方がよかったよねっていう後悔。歳だから、ある程度、覚悟は私も姉もあるんです。死ぬことに関しては覚悟はできているんですけど、コロナで死ぬことはなかったかなっていうのは…。うまく答えられないです。ごめんなさい。

「今も泣けない」と話す女性。夫は、妻の様子をどう見ているのか


私も母親を亡くしてるんですね。がんで亡くなったんで、死に目に会えて、悲しんで、お葬式もあげられて、お墓も作ってあげられて、供養もできたんですね。今回の場合ですけれども、自分もね、支えてあげられないというか、どうしてあげられたらいいのかっていうのも分かんないまま。やっぱり現実を受け入れたくないんですよね。母親がね、お骨で帰ってくることが。だから、(妻が)どういう気持ちでっていうのが、自分自身も分からない状態で、どんだけ苦しんでんのかっていうのを、まだ聞くに聞けないような状況です。

親戚にすら話せずにいる

母親の死から1か月。女性はまだ親戚にさえ、亡くなったことを知らせていないという

まだ主人の家族は誰も知らないですよね。私と姉のところの家族。でも姉の子どもたちはまだ知らないですよね。私のすごくすごく仲の良い友人たちだけですね、知ってるのは。親戚にもまだ言ってないです。

お葬式もまだできないですよね。結局まあ、田舎の古い人たちなので、亡くなったらやっぱりちゃんとしなきゃいけないじゃないですか。でもいざ来るとなっても、来られないですよね、今、コロナで。来てもらっても、その人たちのリスクはこちらは負えないので、それ(葬式)はなしにしようっていうのが姉との話なので。

コロナが落ち着いてから「実は亡くなりました」という報告だけでいいんじゃないと話はしています。親戚も、お歳をとった方ばかりなので、それで承諾してもらうしかない。

近所の人にも伝えていない

ご近所で町会費を集めなきゃならないっていう話になって、「(母親を)見ないね」って言われたので、「ちょっと具合が悪いので入院しています」って言ったら何も聞かないんですね、その後は。「どうしてる?」って言ってた人もいましたけど「うん、入院してる」で、その後スーっていなくなっちゃうので。

だから、うすうす分かってるんじゃないかなって思います。だって、お線香のにおいはするじゃないですか。今までしなかったにおいがするから、何かあるなっていうふうには思われてるだろうなって思うけど、それ以上、皆さんお聞きにならないので、そのままにしています。

(高齢の両親と)同居しているの(近所では)うちだけだったりするし、会うたんびに「お父さん、どう?お母さん、どう?」っていう会話をしてたところはあるので、ちゃんと言わないといけないなって自分の中では思いますけど。まだ、ちょっと…。

“罪悪感たっぷりの病気”

母親が感染して亡くなったことを、なぜ話せないのか。女性が語ったのは、感染した人に対する周囲の視線についてだった

今、ネット社会なので、そういうのですよね。報道見てるとすごいですもんね。医療従事者のお子さんが保育園に入れないとか、医療従事者の方が帰れないとか、帰ってくるなとか、そういうことを見ていくと、世の中ってそんなに差別があるんだと思ったら言えなくなっちゃう。

陰で一生懸命やってる人たちがあんなに苦しんでるのを見聞きしちゃうと、そんなに大変な病気なんだっていうか、そんなことで言われるんだったら、じゃあ亡くなった本人や私たちだったら、もっとされちゃうんだろうな。じゃあ、言えないなっていう。やっぱり後ろめたい病気なんでしょうね、

何かすごく、かかっちゃいけない病気にかかっちゃったっていうのかな。世間的にコロナの病気が罪悪感たっぷりの病気だから言えないかな。

インフルエンザにかかっただけでも世間って嫌がるじゃないですか。インフルエンザでも嫌なんだから、コロナってもっと嫌だから言えないですよね。

何もしていないのにかかっちゃったけど、これだけコロナが悪者にされてると、なった方は悪者になっちゃうじゃないですか。何か世間が悪者にしているっていうか、うん、敗者にさせられてる。勝者と敗者じゃないですけど、勝ち組、負け組じゃないけど、負け組にさせられてる。

一方で、女性はその気持ちを否定しきれないという

どういうふうに説明したらいいか、よく分からないんですけど、差別する気持ちってたぶん誰にでもあるって…。

なんだろうなあ。人間の上下をつけるじゃないけど、かかってない人は偉い、かかっちゃった人は偉くないじゃないけど、下に見てるみたいな。人間、どうしても順位をつけたがるような気がするんですね、私はね。

でもそう考えると、(誰かが)コロナにかかっちゃったって聞いたら、たぶん、距離感を保ってたと思います、自分も。「えー何やっちゃってんの」とか、「ぷらぷら歩いてるからだよ」ってすごく思うと思うんですよ。

職場に戻れるのか

女性の夫は母親の感染が分かってから1か月以上、仕事を休まざるを得なくなった。一時は仕事をやめることも考えたという


(妻の)母が入院した時に「会社をしばらく休ませてもらいます」っていう話をしたんですね。

コロナが陽性だって分かって会社に伝えたとたん、私ももう感染者扱いですね。時系列に細かいことを聞かれて、もう、どこまで説明すればいいのかって。

母親が亡くなった時もちょっと報告が遅れて、それで怒られたりもしたんですけども。その時に上司に、「お通夜がいつだ、葬儀はいつだ、どこでやるんだ」っていうのを言われて。なんかもういらだちじゃないですけど、そんなことできないじゃない、できないし、

母親に対してもね、そういうことやってあげられないのがやっぱり苦しいですよね。そういうことまで全部詳しく説明して。一時期は、なんかもう会社に行けないんじゃないかっていう不安もあったし。

ようは1か月仕事していないなかで、やっぱり仕事もどんどん変わっていくし、私も部下を持ってるわけですけど、私がいない分、部下が私の分まで働いてるんで、部下に対しては申し訳ないなと。(会社に)行って何をするのか、今まで通りにできるのかっていうのは、もう不安なんです。

もう辞めてね、いちから違う仕事も、と考えはするんですけども、なんせその齢は齢なんで、それはできない。どうしても働かないと家族を養えないので、今まで通り働けていけるようになれたらいいなと思ってます。

“コロナ後”の不安

母親の死後、女性が今、最も心配しているのは80代の父親のことだ。感染が確認され1か月入院。回復したため退院する見込みだが、入院中に体が弱ってしまった様子だという

退院になりますって言われて、今はとっても困っています。どう考えたって80代で1か月ベッドにいたら動けるわけはないので、その人をどうやって家で見ていくのか。

(父母どちらか)1人になった時にはいろいろ考えなきゃいけないっていうのは常々、姉と相談していたところなんで。私が腹をくくれるか、どこまで面倒みられるかっていう、今はその葛藤しかないですね。悲しみよりも、そっちの葛藤ですね。

変な言い方ですけど、亡くなってる人よりも生きてる人のこと考えなきゃって。みんなが健康になって出てくるわけではないですよね。

復帰してきた人たちを今度どうするか。退院して来ましたっていう人たちを受け入れられるのか、うちの父みたいに寝たきりになってしまうかもしれない人たちを、ちゃんと受け入れてくれるのか。

復帰してきた人たちを社会はどういうふうにしてくれますかっていうところも考えてもらいたいなってすごく思ってます。

(5月9日、13日取材 社会部 山屋智香子)