新型コロナ影響 生活費“特例貸付”
返済が1月以降始まる

2023年1月16日

仕事を失った人などが当面の生活費を借りられる国の制度は、特例として新型コロナウイルスの影響を受けた人にも対象が広げられましたが、この返済が1月以降、順次始まります。すでに返済の免除の申請が3分の1に上り、免除の対象者以外からも返済が見通せないという相談が寄せられていて、借りた人の生活の再建や貸し付けた資金の回収が課題となりそうです。

当面の生活費を無利子で借りられる国の「緊急小口資金」と「総合支援資金」は、3年前の感染拡大以降、特例として、新型コロナの影響で失業した人や収入が減った人にも対象が広げられました。

2人以上の世帯の場合、最大200万円を借りることができ、厚生労働省によりますと、特例措置が終わった2022年9月までの決定件数は、およそ335万件、1兆4200億円余りに上ります。

このうち2022年3月までに申請があったおよそ250万件の返済が、1月以降、順次始まります。

住民税が非課税の世帯などは返済が免除されますが、貸し付けの窓口となった全国社会福祉協議会によりますと、およそ3分の1にあたる83万件で免除の申請が出されています。

また、免除の対象者以外からも、再就職や収入の回復が難しく返済が見通せないといった相談が寄せられているということで、借りた人の生活をどう再建するのかや資金の回収をどう進めていくのかが課題となりそうです。

返済のめど立たない人も

国の「特例貸付」制度を利用したものの生活が厳しく返済のめどが立たないという人もいます。

埼玉県入間市で暮らす小久保晴美さんもその1人です。タクシードライバーとして40年近く働いてきましたが、3年前、コロナ禍で会社が事業を続けられなくなり失業。精神的なショックもあって自宅に引きこもりがちになりました。このため複数回にわたり、「緊急小口資金」と「総合支援資金」で合わせて110万円を借りました。

このお金と月に13万円ほどの年金で、生活費のほか、残っている住宅ローンや体調の悪化に伴う治療費などを支払っていますが、新たに収入を得る手立てもないため厳しい生活が続いています。

いま手元には数万円しかなく、物価の高騰で光熱費や食費の負担も増える中、暖房はつけず風呂に入る頻度を減らし、スーパーで値引き品を買うなどして節約しています。

特例貸付の一部の返済が1月末から始まりますが、年金収入があるため返済免除の対象にはならず、月に1万2000円の返済は難しいということです。

小久保さんは、「仕事がなくなって社会に捨てられたような気持ちになり時間がたつにつれどんどん落ち込んでいきました。貸付制度を利用したことはとても助かり感謝していて借りたものは返したいと思っています。ただ、仕事をしないといけないと思っていてもこの年齢で何ができるのかすごく悩みますし社会に復帰できるのか不安も大きいです」と話しています。

小久保さんは、それでもなんとか生活を立て直そうと模索しています。

特例貸付の返済の開始を前に埼玉県内の弁護士事務所に相談に訪れました。弁護士からは仕事が見つかっていない場合や病気にかかっている場合などは返済を猶予できる可能性があると告げられ、具体的な申請の方法を教えてもらいました。

また、体調に無理がない範囲で仕事をして収入を得ることも探ってみてほしいとアドバイスを受けていました。

相談を受けた猪股正弁護士は、「生活の再建に向けて手伝っていきたい。大変な状況の人はたくさんいるので、国には免除の要件の緩和や猶予の制度の周知に努めてもらいたい」と話していました。

小久保さんは、「弁護士も自分のことのように考えてくれありがたく、安心しました。今の状況はかなり厳しいですが、また仕事をやってみようかという前向きな気持ちが必要だと思いました。這い上がる機会があればゆっくりでも這い上がりたいと思います」と話していました。

社会福祉協議会に問い合わせ急増

特例貸付の返済が始まるのを前に窓口の社会福祉協議会には問い合わせが急増していて、「返済が難しい」といった相談も寄せられています。

東京都の大田区社会福祉協議会には、1月に入って、特例貸付を利用した人からの返済に関する問い合わせが急増していて、専門の部署を設けて電話や面談に応じています。

一日におよそ50件の連絡が寄せられ、多くが手続きなどの問い合わせですが、「返済の見通しがたたず免除や猶予などができないか」という相談も少なくないということです。また、返済のほかにも生活の立て直しに向けた家計の相談や仕事の紹介なども行っていて、ハローワークや自立支援の相談機関につなぐケースもあるということです。

この社会福祉協議会では、新型コロナの感染が拡大した2020年3月以降、2万8000件余り、合わせて99億円ほどというかつてない規模の貸し付けを行ったということで、本格的な返済の時期を迎え、当事者の事情を踏まえて丁寧に対応していきたいとしています。

大田区社会福祉協議会の鈴木啓司係長は「当時は一刻も早く対応しないといけない状況でスピード優先で貸し付けを行うため、書類の確認に追われ個々に寄り添った対応に手が届かない部分も少なからずあった。返済の時期を迎えた今はより深く相談に応じなるべく生活の再建につながるような形での支援に努めたい」と話しています。

専門家「生活再建に向け支援必要」

生活困窮者の支援に詳しく国の審議会の委員も務める大阪公立大学の五石敬路准教授は特例貸付の返済の免除の申請や返済が難しいという相談が相次いでいることについて、コロナ禍が長期化したことを挙げ、「生活困窮の時間が長ければ長いほどメンタルや身体的な健康を崩し再就職もできなくなって困窮の度合いが増していくということに気をつけないといけない。返済の免除申請をした3割という数字よりもはるかに多くの人々が返済困難になる可能性がある」と分析しています。

また今後の対応として返済免除の要件の緩和や返済猶予などが考えられるとしたうえで、「生活再建や経済的な自立に向けた支援が必要だ。そのためには圧倒的に数が足りていない支援員の増員整備が必要だし、働きたいけど働けないという人も多いので福祉行政と労働行政の連携も必要になってくる」と指摘しています。

一方、五石准教授は、今回のコロナ禍での「特例貸付」について「困窮のおそれがある人に迅速に対応できた点は評価できるが、一時的にしのげても結局、生活基盤が再建できておらず、その先送りした課題が今後、押し寄せてくる。1兆4000億円を使っている訳で、どういう人がどれくらい支援を受けたのか、どういう生活再建が必要だったのかという情報を国が明らかにしないと国民の理解が進まないのではないか。今後、合理的な施策を立案するためにも制度を検証すべきだ」と指摘しています。