導入相次ぐ「抗体検査」
期待の一方 誤解や課題も

2020年6月12日

自分が新型コロナウイルスに感染していないかどうか、はっきりさせたい。緊急事態宣言が解除され、経済活動が徐々に再開される中で、そんな切羽詰まった思いを持つ人は多いようです。そこでいま、導入の動きが相次いでいるのが「抗体検査」。そもそも、抗体検査で何がわかるのでしょうか?これまで感染の確認に使われてきた、PCR検査とどう違うのか、そして、いまの使われ方は正しいのか、専門家は誤解もあると指摘します。
(科学文化部 水野雄太 藤ノ木優 / ニュースウオッチ9 舩村武史)

大手企業で、プロ野球で、導入相次ぐ「抗体検査」

6月9日、ソフトバンクグループは、社員や医療関係者らを対象に独自に行った新型コロナウイルスの抗体検査の結果を速報値として公表しました。4万4000人余りのうち、0.43%にあたる191人が陽性という結果でした。孫正義社長は「企業として試行錯誤しながら対策に取り組んでいる。多くの専門家からアドバイスを頂き、よりよい対策につなげたい」と述べました。

プロ野球・巨人でも選手を対象に抗体検査が行われたほか、ほかの企業でも導入するところが出てきています。

そもそも「抗体検査」とは

抗体検査は、血液の中に「抗体」というたんぱく質があるか、調べる検査です。

ウイルスなどの異物が体のなかに侵入すると、排除するために、免疫の細胞がその異物に対応した「抗体」を作り出します。新型コロナウイルスに応じた「抗体」があるということは、過去にウイルスに感染したことを示す証拠となるのです。血液をとって、検査キットに数滴垂らせば、20分も待てば結果が出ます。

現在、ウイルスに感染したかどうかの確認に使われている「PCR検査」では、鼻の奥の粘膜や唾液からとった、ウイルスの一部の遺伝子を特別な装置で増幅させて調べているので、早くても数時間かかります。抗体検査はPCR検査に比べると、手軽なので、広がりつつあるのです。

「抗体検査」は「地域での広がり」把握に有効

現在の抗体検査では、過去にウイルスに感染したかどうかがわかります。通常の場合、抗体があるということは、ふたたび同じウイルスが体内に侵入した場合、感染や重症化を防ぎます。

しかし、新型コロナウイルスの場合、抗体があっても、感染を防げるかどうかはわかっていません。

ただ、抗体検査では、いま現在感染しているかどうかはわからないとされています。このため、現時点では、抗体検査は、地域での感染の広がりを把握するのに生かせる、と考えられています。

国が今月から東京・大阪・宮城の3つの都府県で1万人規模での抗体検査を始めているのも、感染の広がりを把握するのが目的です。

簡易検査キットで身近なクリニックでも

いま、世界各国の企業や研究機関で、多くの簡易検査キットが開発され、国内のクリニックでも抗体検査を始めるところが相次いでいます。

東京・銀座にあるクリニックでは、5月中旬から抗体検査を始めました。検査費用は、1万1000円。20分程度で結果が出ます。

この1か月で抗体検査を受けた人は200人にのぼり、飲食業や介護・福祉、医療従事者も検査を受けているということです。

検査を受けていた、近くの日本料理店で配膳を担当している50代の男性は、客との接触があるということで、客や同僚への感染を心配して受けた、と話していました。

中には、会社から「陰性であることを確認するために検査を受けるように」と指示されて訪れる人もいるということです。

銀座まいにちクリニック 柳澤薫医師

クリニックの柳澤薫医師は、「仕事に戻れない、職場に戻れないという不安をとるのも我々の仕事の一つかなと思います」と話しています。

感染しているのではないかという不安を解消したい、その手段として、抗体検査が広まりつつあるようです。

「抗体検査」使われ方に疑問も

しかし、こうした抗体検査の使い方に疑問を呈する専門家もいます。

横浜市立大学 副学長 石川義弘教授

日本医師会の新型コロナウイルス対策の有識者会議のメンバーで、横浜市立大学副学長の石川義弘教授は、「いま使われている市販の検査キットに関しては、結果がどう出てもあまり鵜呑みにしない方がいいと思います」と指摘します。

その上で、抗体検査について知って欲しいこととして、3つの点を挙げました。

(1)検査の時点で感染しているかどうかはわからない

ウイルスに感染してから抗体ができるまでには、一定の時間がかかります。さらに、新型コロナウイルスについては、感染からどれくらいたてば抗体が作られるのか、まだ詳しいことはわかっていません。抗体検査は検査を受けた時点で感染しているかどうかがわかるものではなく、石川教授は陰性を証明するのには使えないといいます。

石川教授
「たとえ検査で陰性だったとしても、その時点で抗体がないということがわかるだけです。ウイルスに感染しているのだけれど、まだ抗体ができていないだけということもあり得ます。陰性証明として使うのは難しいと思います」

(2)陽性だったからと言って、感染を防げるかはわからない

アメリカなどでは、抗体検査で陽性だったら「この人は感染しない」として活動範囲を広げる、いわば「免疫パスポート」として使おうという動きも出てきています。

これについて、石川教授は、新型コロナウイルスについては、抗体があれば本当に再び感染しないのか、抗体がどのくらいの期間持続するのかについても、まだわかっていないと指摘します。

新型コロナウイルス対策を話し合う政府の専門家会議は、たとえばすべての従業員に検査を行い、陽性だった人を感染リスクの高い仕事に従事させるなど、検査の結果のみをもとにした扱いの変更があってはならないとしています。

(3)精度に課題がある

現時点で国から承認を受けた抗体検査の検査キットはありません。

中国やアメリカなど、海外の企業が研究用に開発した簡易検査キットが国内で広く使われています。

こうした簡易検査キットについて、5月に日本感染症学会が100人分の血液を使って、4種類の検査キットの性能を評価したところ、実際に感染している人を正しく陽性と判定できるかを示す「感度」は、最も高いもので95%、最も低いもので84%でした。

あるキットで陽性と判定されても、別のキットでは陰性とされることもありました。

政府の専門家会議も、5月に出した提言で「国内で法律上の承認を得たものではなく、期待されるような精度が発揮できない検査が行われている場合があり、注意を要する」としています。

石川教授は、「現在流通しているキットは残念ながら千差万別で、非常によい検査もあれば、悪い検査もあると思います。どこまで精度のよいものなのかというデータがなければ、検査結果をどこまで信じればいいのかわかりません」と指摘しました。

新たな「抗体検査」の開発も

画像提供:大阪市立大学 城戸康年准教授

限界がある抗体検査。その一方で、安心して経済を再開するために、検査を行って、裏打ちとなる根拠が欲しいというニーズは高まっています。そうしたニーズに応えられるかもしれない研究開発も進められています。

大阪市立大学の城戸康年准教授らの研究グループは、抗体の量によって色が変わる特殊な微粒子が含まれた検査キットを使う新たな抗体検査の方法を開発しています。

この検査キットでは、特定の波長の光を当てることで、示される色の違いによって、血液中に含まれる抗体の量が10分ほどでわかるということです。

新型コロナウイルスに感染した直後から作られる「IgM抗体」の量と、しばらくたってから作られる「IgG抗体」の量、それに、ウイルスの働きを抑える「中和抗体」の量を調べることができるということです。

これによって、感染した経験があるかどうかだけでなく、現在感染しているかどうかや、今後感染しにくいかどうかもわかるとしています。普及が進めば、PCR検査に代わる可能性もあるとしています。

大阪市立大学 城戸康年准教授

城戸准教授は、「どんな小さいクリニックでも、特別な機械を必要とすることなく、簡便に抗体の強さを数値化できるところが大きな特徴です。本来は検査受けたかったのに、受けられなかった人とか、感染の不安を持っていたり、感染の可能性がある人が受けるのはいいんじゃないかなと思っています」と話しています。

それぞれの検査の役割と限界を知り活用を

症状が出ないこともある新型コロナウイルス。検査を受けることで少しでも安心したいというのは、あたりまえのことだと思います。

「抗体検査」「PCR検査」「抗原検査」さまざまな検査方法が出てきていますが、100%正しい結果がわかる検査は存在せず、それぞれ異なる目的や特徴があります。

感染の次なる波が訪れる前に、検査について、限界と役割を知った上で何をどう拡充させ、どう生かしていくか、冷静に整理する必要があります。