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新たな「政治行政」と「縮小モデル」の実現を
政治学者 御厨貴さん

東日本大震災の復興構想会議や天皇の生前退位についての有識者会議のメンバーとして、日本社会のあり方を提言してきた政治学者で東京大学名誉教授の御厨貴さん。新型コロナウイルスにより、政治や行政がどう変わるべきなのか、伺いました。(2020年5月7日)

知事が全国から試される局面

新型コロナウイルスの感染が拡大する中、政治の分野でどのようなことに注目していますか

御厨貴さん
東京都知事や大阪府知事といった地方の首長たちが、いろいろな発言をし始めていることです。これは日本の政治史・行政史からみると珍しいケースです。これまで日本列島の政治・行政は一色というイメージがあったかと思いますが、そうではなくて、それぞれの行政区域によって違うなと。しかも、その統率者である知事は、結構力を持っていて、発言権もあって、それがメディアにも取り上げられるという、そういう状況に変わってきている。

知事の側からすると、これまでは自分の県で名前が売れて、それでうまくできればもう1期知事をやりたいというような結構狭いところで見ていましたから、よその県が何をしようとかまわないというのがあったと思います。ところが、今度は比較されてしまう訳です。しかも、メディアでの比較は残酷で、知事一人一人にしゃべらせて、ちゃんとしたことを行っているのかとか、何を言っているのか分からないとか、そういうのも出てきてしまう。

東京都 小池知事と大阪府 吉村知事

国民の側からしても、みんなが発言している状況を見ながら判断できるわけです。今までは自分の地域の首長しか判断の対象がないわけだけど、「隣の知事はおもしろいね」とかね。そうした状況を利用する首長も出てきています。

9月入学の問題に関して、東京都知事と大阪府知事が共同アピールを行ったでしょう。東京と大阪の知事1人で言うと弱いんだけど、連携するおもしろさが出てきている。そういう点では、知事は今、日本全国から試されています。

解決策は「地域」にあり

御厨貴さん
今回の問題もそうですが「地域」に下ろさなければ解決策を見いだせません。現場を知っているのは、国会議員でもなければ中央官僚でもなく、やっぱり知事であり、そこの役人たちです。

僕が思い出すのは、2011年の東日本大震災の時のことです。当時、地方の市役所とか県庁に中央官僚をかなり貸し出したわけです。3か月とか半年で行って、帰ってきていい官僚になった人もいたけど、地方に残って辞めた人もいました。地方に出たら、これだけの権限でこんなことがやれるんだっていうんで、その地にとどまった人も結構いてね。それぐらい、実際に掘り起こしてみても地方はおもしろいですよ。これが、今回の問題で全体的に分かってきたのではないですかね。

前例踏襲で後手にまわる霞が関

しかし、そう聞くと、国の行政や政治はどうなるのかと考えてしまいます

御厨貴さん
彼らは彼らの仕切りの中でやっているんだけど、どうもそうでないほうが現実、現場には強いよねという感じが出てきている感じがします。

今の安倍政権になって8年目となり、その中で、官房とか官僚というものが、解決策をすぐ出して来られるような体制になったわけです。これにはよさもありましたが、今回のような問題が起きるとは思っていないから、どう対応するかというマニュアルがない。いくつかあるものを飛ばして、これをやらなきゃいけないとかいう判断能力がないから、後手後手にまわってしまった。行政の責任というのが、そこにありますね。

今回の対応にあたっている厚生労働省の官僚の中には医官というスペシャリストがいるんだけれど、彼らも彼らで、これまでやってきた公衆衛生の中で、どういう風にやったらいいかという順番みたいなものが出来上がっている。

今回は、これはできる、これはできないというところを超えて、要するに縦割りみたいなものを横串で刺さないと解決できないと思いますが、彼らも結局今までのやり方を踏襲していこうとする。

外部から見ると、そんなことより早く解決してくれという話になるかと思いますが、そこがずれている。医療という特殊な行政領域であるが故に、これまでは独立王国の中で決められたとおりにやってきていますから、これを崩してやらないといけない時には、やっぱりなかなか難しさがある。

政治の問題が浮き彫りに

それから政治の方で言うと、今の政権は新しい政治家をあまり養成しないできた。だから、今回みたいな問題が起きた時に腰が重くなりがちです。

比較的若いヨーロッパの元首や大統領はすぐ対応できますが、日本の政治家の場合はドッコイショになる。また、官僚は、こういう型破りな事態にどう対応していいか分からないということになるので、今回政治や行政の対応が出遅れているように見えるのは、そういうことだと思いますね。

この8年間で、いろいろな出来事がなかったわけじゃない。しかし、それをそつなくこなしていくシステムが出来上がっていたから、何か起きても既成のやり方でこなしていける。そういうものもスタイルとして持ってしまった。

そうすると、それを壊して次のことをやるというのは、新しくこれが使命だと思っている人以外はなかなかできません。僕は、長きが故に新しいことに対応できないというのが最大の問題だと思います。長くやっていれば、いろんな持ち札があるからそれでやれるだろうと思われるかもしれませんが、持ち札でやれるのはあくまで通常の政治です。そういう点で、今の政権は自分たちの行く道をやや見失っている感がありますね。

縮小モデルへの転換を

御厨さんは東日本大震災の後、『災後』という言葉を使いながら、社会は縮小せざるを得なくなると指摘してきました。当時、そうした考えはなかなか浸透しませんでしたが、いま改めて考えるべきテーマだといいます

御厨貴さん
3・11の時に「戦後は終わってこれからは災後の時代だ」と言ったんだけど、なかなかそうはなりませんでした。やっぱり、戦後のいろいろなしがらみの中で、これはやめた方がいいんじゃないかなと思う政策も、結局はなかなか変わらなかった。

当時は、戦後型の成長モデルが根強く、災後型の縮小モデルというのは全く受け入れられませんでした。やっぱり、いつも自分の地域は発展していくものだという、それがたとえ実際とは違っても、それを信じたいというところは、特に地方政治を中心に、やっぱりみんなありました。

だから僕らはずいぶん、「東北がもし縮小モデルでやれば日本のいちばん先端を行くことになりますよ」ということで説明したのですが、「そんなことで先端になりたくない」と言われましてね。やっぱり、選挙をやるんだったら、絶対成長モデルでなければ当選しないというんですよね、政治家は。この地域は、人口もいなくなっちゃうし雇用も無くなるし、だからこれで生きていきましょうみたいな、そんなプランでは選挙ができないと。

ただ、今度は選挙は関係ありませんからね。とにかく人が死なないように、感染をしないようにということだから、全然そこのレベルが違います。不可逆的に動いている力というのは元には戻らないという予感がします。

従来のように、人がいっぱい混み合っていてという状況は、おそらく今後もあまり作らない方が望ましいということになるでしょう。いまも三密という言葉が使われますが、密の状態を作らないようにするには、どこかに集中している人口を分けていかなくてはいけない。そうすると、この縮小モデルでは、これまで過疎だと言われるようなところは、もしかすると切り捨てられていたかもしれないけれど、案外そういうところに人々が行って、農業を中心に再生を図るみたいなことができる可能性が出てきたと思います。

新たな政治・行政のあり方を

ほかの問題であれば、ここで終わりというものがありますが、新型コロナウイルスの問題は完全に終わるという、その終わりが見えないでしょう。

行政も政治も、ある時期までと限られていれば、そのためにいろんなことができるのですが、新型コロナウイルの場合は一波が収まったとしても、また二波、三波と来るだろうとか、あるいは変異して別のものになるだろうとかいう、つまり、常に災害の間、災中の世界がずっと続いているという状況です。

政治や行政も、これまでのように目標があってそれでいくぞでいいのではなく、目標のないところでどうやってこのウイルスと共生していく、あるいは共存していくかということを考えなくちゃいけないですよね。

政治や行政は、そういう意味ではやり方が変わりますよ。今までのようによい悪いをはっきり分けてという訳にはいかない。共生の思想を持つということは、ある程度ウイルスによって亡くなる人がいたり、重症になる人がでてきたりということを前提にしないと、やっぱりうまくいかないんです。

だから、いよいよそういう点で、縮小モデルですよね。大きなモデルで成長するというのではなくて、ウイルスと一緒にどうやっていけるかという、そこはこれから考えなきゃいけないところですよ。でも、そこに本当は人間の英知がいちばん発揮されるところなので、政治でも行政でもそういうところを見ながら、新しいことができるようになると魅力が出てくると思います。

行政はある意味、「無謬(むびゅう)」であるとされていましたから、みんな怖がって新しいことをやらなかった。何か間違うと責められるわけですから。

でも、新型コロナウイルスの場合は、間違いを起こさないようにそのまま放っておいたら、人が死んでしまう可能性があるわけですからね。とにかく手を出さなくてはいけない。何もやらないのではなく、間違いをおそれずに実行し、乗り越えていかないと。日本人の考え方も、少しずつ変えていかなきゃいけないというふうに思いますね。
(社会部記者 中村雄一郎)

【プロフィール】

御厨 貴(みくりや・たかし)

1951年生まれ。東京大学先端科学技術研究センターの教授などを歴任。日本政治外交史や公共政策学の分野を研究し、関係者から直接話を聞き取って記録にまとめるオーラル・ヒストリーと呼ばれる手法を駆使して、戦中戦後の政治史の研究を、歴史学の水準にまで高めた。2018年、紫綬褒章を受章。