私はこう考える
「災害」と「感染症」は
深い関わり
防災専門家 福和伸夫教授

南海トラフ巨大地震への防災上の備えなどに取り組む名古屋大学の福和伸夫 教授は、災害と感染症は歴史的に見ても深い関わりがあるといいます。(2020年4月30日)

感染症広がる社会は巨大地震対応と類似

防災の専門家として、新型コロナウイルスの感染拡大に直面している今の日本社会をどうみていますか?

福和教授
南海トラフ巨大地震の『臨時情報』(注1)が出た時とよく似ていると思います。

(注1:南海トラフでふだんと異なる変化が観測され、巨大地震発生の可能性が高まった時に気象庁が出す情報)

ことし1月、中国の武漢からの帰国者の感染が判明し、さらにバス運転手の感染も明らかになりました。この時、これから日本で何が起きるか誰も想像できませんでしたが、『何か変だぞ』という最初のシグナルはありました。

『臨時情報』も同様で、南海トラフ沿いで『いつもと違う』ことが起きると出されます。この2つの様相は極めて似ていると思います。

WHO=世界保健機関が「緊急事態」を宣言したのは、日本時間の1月31日。中国だけでなくアジア各国や欧米などでも感染が出始め、日本には武漢からの帰国者を乗せたチャーター機が到着した頃です。福和教授は、このWHOの宣言も臨時情報と同じく1つのシグナルで、いかに早く、対応に移せたかが大きいと振り返ります


福和教授
例えば早い段階から医療設備を整えたドイツはほかのヨーロッパの国々と比べて、死者の数を大幅に抑えました。台湾も適切に対応しました。最初のシグナルをどう生かし、早くから戦略を立てて準備することがいかに大切か、示していると思います。

日本では3月に入ると、イベントなどは自粛、学校も休校になりました。マスク、食品の買いだめや営業の自粛や産業の停滞など不安や混乱が広がり、右往左往しました。

これは、南海トラフ巨大地震の『臨時情報』が出た時を想像した場合と同じことが起きています。

やはり、『いつもと違うこと』『何かおかしいぞ』というシグナルがあった時、想像力を働かせていかに早く準備できるかです。南海トラフ地震についても同様の教訓だと思います。

歴史上 災害と感染症は深い関わり

福和教授は感染症と災害には歴史をみても深い関わりがあると指摘しました。その1つが、1918年から世界で大流行したスペイン風邪。およそ4000万人が犠牲になり日本でもおよそ38万人が死亡しましたが、それからまもなくして起きたのが1923年の関東大震災。10万人の犠牲者を出したと言われています

福和教授
関東大震災の方がインパクトは強いかもしれませんが、感染症の犠牲者の方がはるかに多いのです。

ほかにも例はあります。江戸時代末期、1854年に安政東海地震と安政南海地震が、1855年には安政江戸地震が起きました。そして、その3年後に大流行したのがコレラです。江戸で多くの犠牲者が出て、安政の大獄、幕末と時代は一気に動きました。

関東大震災後の日本も、昭和金融恐慌、戦争へと、時代は動いていきました。

こうした感染症と大地震が相次いで起きた歴史は忘れないでおきたいですね。

今の危惧は?

福和教授が懸念するのが「避難所への避難」。まもなく大雨のシーズンを迎える中、3密となりがちな避難所をどうするかは喫緊の課題です

福和教授
大雨や土砂災害、洪水などから命を守るには確実に避難することが必要ですが、避難先での感染を防がないといけません。

感染者とそうでない人の避難先を別にしたうえで、避難所では毎日、定期的に体温を測って体調をチェックすること。そして換気をする、ほかの人との距離を取る、スペースを区切る、消毒液やマスク、せっけんは準備できているかなど、避難者と運営者それぞれが今から考え、準備しなければいけません。

万が一、感染者が出た場合に備えて名簿管理を行い、感染のルートを追えるようにすることも重要だと思います。

また、できるかぎり避難所に行かなくて済むように、備えをしておくことも肝心だといいます

福和教授
親戚や知人など頼れる人が安全なところにいればそこへ避難することも選択肢の1つです。在宅避難ができる環境なら、水や食料などの備蓄、ライフラインが途絶えた場合に備えた対策を進めておく必要もあります。

今後の教訓は

国内では今も感染拡大が続き、その収束の見通しは立ちません。福和教授はこの機会に社会のありようを見つめ直すべきだと指摘します

福和教授
昔の方が地産地消で、自律分散型の社会だったので、都市部に人が集中することも少なく、感染症の対処はしやすかったかもしれません。

今は人口が偏りすぎています。もう少し自律分散型の社会にして、ゆとりが持てれば対処できる範囲も広がります。東京に人口が密集し、経済などあらゆる側面でも依存度が高いと、『首都直下地震』が起きれば、日本全体が被災したようにもなってしまいます。

今回、都市部で感染拡大していることから学ぶべきです。日本の国土構造のありようを教えているようにも思います。この教訓を生かして、みんなで知恵を出し合い、これからの感染症、巨大災害に対処する道筋を作り上げていくべきではないでしょうか。
(社会部記者 小林育大)