ファーウェイ事件 VIP逮捕の衝撃

12月1日のキャセイパシフィック航空838便。香港から11時間半の長旅を終えてカナダのバンクーバー国際空港に着陸した直後、女はカナダの捜査当局に突然、逮捕されました。アメリカからのたっての要請で逮捕されたのは、中国の通信機器メーカー・ファーウェイの孟晩舟副会長。 孟副会長とは? なぜ逮捕? このあとどうなる? 今わかっていることを全部、書きます。
(ロサンゼルス支局長 飯田香織)

あまりにも絶妙なタイミング

ファーウェイは、スマートフォンや通信機器をつくる世界有数のメーカー。ことし前半のスマホの出荷台数は、アメリカのアップルを抜き世界2位。次世代の通信方式・5Gの開発競争でも際だった存在感を示しています。

しかし、アメリカは以前からファーウェイに強い警戒感をあらわにしてきました。中国人民解放軍とのつながりも指摘されるファーウェイの製品が広く使われれば、サイバー攻撃などに利用され国家機密が危険にさらされかねないと主張してきました。

逮捕されたのは、そのファーウェイの次期トップとも目されるVIP。しかも、米中が貿易摩擦で激しく対立し、米中首脳会談が開催されたその日、タイミングを見計らったかのような逮捕劇だったため、超ド級のニュースとして世界をかけめぐりました。

世界中のメディアが結集…

逮捕された孟副会長の勾留を続けるか、保釈するかを決める審問がカナダ・バンクーバーの裁判所で11日まで開かれました。
私たちロサンゼルス支局が取材を担当しました。

初日の7日は30分遅れで開始。カナダ、アメリカ、中国のメディアの記者が集結したほか、傍聴しようと地元の中国人が多く訪れ、ごった返したからです。

第20法廷で、米中対立の象徴ともなった渦中の人物の登場を待ちました。

実はたたき上げのセレブ

審問に現れた孟晩舟副会長は、グリーンのスエットスーツ姿。
髪を下ろし、テレビで見ていた華やかな写真とはまったく違う印象でした。隣にすわった通訳が容疑や法律用語などを中国語に訳すのを終始じっと聞いていました。

3日間の審問で、彼女が口を開くことは一度もなく、声を聞くことはできませんでした。

いったい彼女はどんな人なのか?
裁判資料に詳しく記されていました。

中国の四川省成都生まれの46歳。父親は、ファーウェイの創業者でもある任正非CEOです。両親が離婚したため、母親の名字の「孟」を使っていました。

1993年にファーウェイに入社しましたが、周囲は創業者ファミリーだとは知らなかったといいます。会社での最初の仕事は電話の受け付け。1999年に中国の華中科技大学の大学院で修士号を取得し、その後は、財務畑に進みます。

国際財務部のディレクター、香港支店の財務責任者などを経て、2011年には会社の財務のトップ=最高財務責任者に就任。そして、ことし副会長に昇進し、”次期トップ”と目されているとも報じられています。

また4人のこどもを持つ母親です。前の夫との間に息子が3人。43歳の今の夫との間に娘が1人います。

バンクーバーに豪邸2軒

逮捕されたバンクーバーは、住環境も教育環境もよいと、裕福な中国人に人気の場所です。

実は、彼女はバンクーバーで、一時、子育てをしていたこともあります。2009年に一軒家を購入し、子どもたちは地元の学校や幼稚園に通っていました。裁判所に提出された資料を見ると、ベッドルームは6つ、バス・トイレは5つ。資産価値は560万9000カナダドル=約4億7000万円。毎年、夏の間の2週間から3週間を、家族とともにバンクーバーで過ごしていたということです。

2016年には、2軒目の住宅を購入しました。こちらもベッドルームは6つ、バス・トイレは6つ。資産価値は1632万7000カナダドル=13億円以上です。

孟副会長側はこの住宅を改装し、バンクーバーで過ごす時間を増やしたいと説明していました。

アメリカの捜査を察知?

なぜカナダの捜査当局が逮捕したのか?

要請したのはアメリカ司法省です。ことしの8月22日に逮捕状を取って、孟副会長を捕まえるタイミングをずっとうかがってきました。しかしいくら待っても彼女は、アメリカにやってきません。

2014年、2015年、2016年には、ボストンに留学していた息子に会うため頻繁に訪米していましたが、去年の春以降、ぱったり足が遠のきました。アメリカ司法省は捜査の手が及んでいることを彼女に察知されたとみていました。

チャンスは乗り換えの12時間

待つこと3か月。ついにチャンスが到来します。

香港発のフライトで12月1日にバンクーバーに到着、そこでメキシコ行きに乗り換えるという情報をキャッチしたのです。

アメリカはカナダの司法省にただちに逮捕を要請。「中国との間で身柄引き渡し条約がないので、1日の乗り継ぎの際に身柄を拘束しない限り、アメリカで裁くことは不可能だ」と切々と訴えて、乗り換えまでの12時間に勝負をかけたのです。

くしくもこの日はアルゼンチンで米中首脳会談が開かれ、トランプ大統領と習近平国家主席が1年ぶりに顔をあわせ、貿易戦争の”一時休戦”を決めた日でした。

孟副会長側の要請もあり、逮捕はすぐには公表されませんでした。5日にカナダのメディアが報じて、ニュースは全世界をかけめぐり、一気に国際問題に発展しました。

容疑はイラン制裁での詐欺

孟副会長にかけられた疑いは詐欺です。

アメリカ司法省は、ファーウェイがスカイコムという関係会社を通じて、2009年から2014年の間、アメリカの制裁に違反してイランの通信会社と取り引き。彼女はアメリカの複数の金融機関に嘘の説明を繰り返してだまし、銀行を違法な取り引きに巻き込んだと主張しています。有罪になれば最大30年の禁錮刑です。

8億5000万円で保釈

バンクーバーの裁判所で3日間行われた審問は、詐欺容疑そのものを問う手続きではありません。その前に、彼女の勾留を続けるか、それとも保釈を認めるかというものでした。

保釈したら国外に逃亡するおそれはないか。これが焦点でした。

裁判所は、経営幹部という社会的に責任ある立場にあり、犯罪歴がないことを考慮して保釈を認めたのです。

ただ、保釈金およそ8億5000万円を納める、GPS機能つきの機器を常時、足につけて位置を確認できるようにする、所有している中国と香港のパスポートを全部提出する、夜11時から朝6時の間はバンクーバーの自宅から出ない、などいくつも条件を付けました。

裁判所の判断に、孟副会長は弁護士とほっとしたように抱き合い、ティッシュで涙をぬぐっていました。その日の夜、釈放されてバンクーバーの自宅に移りました。

次はアメリカへの身柄引き渡し

このあと孟副会長はどうなるのか?

アメリカ政府が身柄の引き渡しを正式にカナダ政府に要請し、最終的にはカナダの司法相が判断することになります。

扱いが決まるまで、長期戦になることも予想されます。カナダのトルドー首相は、今回の逮捕に政治的な意図や関与はいっさいなく、捜査当局が連絡を取り合って、事務的に司法手続きを進めているだけだと説明しています。

しかし、トランプ大統領は「重要な貿易交渉や国の安全保障のために必要であれば介入する。交渉の一部となることもありえる」とメディアに話しています。

難航も予想される中国との貿易交渉をまとめるのに役立つならば、孟副会長を取り引きの材料にするかのような発言に波紋が広がっています。

ファーウェイ副会長逮捕という突然のニュース。新たな冷戦とも表現される出口のない対立に発展した米中関係の新たな火種になっています。良好だったカナダと中国の関係にさえ影を落としています。

ロサンゼルス支局長
飯田香織
1992年入局
京都局、経済部、 ワシントン支局などへて
2017年からロサンゼルス