ハリウッドよ さようなら? “爆買いパワー”はどこへいく

青い海とヤシの木。ユニバーサル・スタジオ・ハリウッド。ディズニーランド・パーク。アメリカのロサンゼルス一帯は世界有数の観光地です。最近、どこに行っても、目立っていたのは、やはり中国からの旅行者。

ところが、米中貿易摩擦がロサンゼルス観光にも影響しています。米中の対立が激しくなったことし春以降、旅行者が減っているのです。12月1日の米中首脳会談で決定的な決裂が避けられたことで、観光関係者はほっとしたに違いありません。
(ロサンゼルス支局長 飯田香織)

あこがれのハリウッド観光に異変

11月の晴れ渡ったある朝。ロサンゼルス近郊にある旅行会社の駐車場には大小の観光バスがずらり。そこには、中国などからの旅行者250人が集まっていました。

ロサンゼルス観光を終えてサンフランシスコ行きのバスに乗る人や、南に向かうサンディエゴ行きに乗り込む人。私が中国の人たちと一緒に乗り込んだのは、ロサンゼルス市内観光ツアーのバス。

ハリウッドの歴史ある映画館や、有名人の名前が刻まれた星形のプレートが並ぶ歩道、高級ブランドの街として知られるビバリーヒルズなどをめぐりました。

参加した若い女性に声をかけたら「アメリカのイメージは、あこがれの場所。大きな国だからどんなところか見たかったの」と話してくれました。

去年、ロサンゼルス一帯を訪れた中国人は106万人。中国人にとって、ロサンゼルスはアメリカで人気ナンバーワンの観光地です。

アメリカ旅行に摩擦の影

ところが、このバスツアーに異変が起きています。

取材した「美国亜州旅行会社」は1981年開業の老舗。年間8万人にバスツアーを提供してきましたが、米中の貿易摩擦が本格化したことしの春以降、中国人の旅行者が激減。前年同月比で40%ものマイナスだそうです。

会社のスティーブ・コングさんは「劇的な落ち込みです。中国とアメリカの国際政治が心配だ」と本当に心配していました。

スティーブ・コングさん

会社によれば、オバマ前大統領のころ、中国ではアメリカに好意的なニュースが流れ、中国政府もアメリカ旅行を推奨していたということです。しかし最近は、政府が積極的でないことを国民が敏感に感じ取っているようだ、といいます。中国にあるアメリカ大使館が観光ビザの発行を絞り込んでいるのも理由ではないかとみているということです。

アメリカを去年訪れた中国人旅行者は約300万人。7760万人にのぼる旅行者全体の中では決して多くはありませんが、中国の経済成長に伴って順調に伸びてきました。

ところが、ことし5月から9月の間、前年同期比で13%のマイナスに転じたのです(国務省調べ)。明らかな変調に、アメリカの観光業界は気をもんでいます。

特別なお客様なのに…

観光業界が心配するのは、中国人の爆買いパワーが際立っているから。アメリカにとっても、かなり特別なお客様なのです。

それは数字をみれば明らかです。中国人旅行者は滞在期間が長く、一人当たりの消費額は平均で6900ドル(約80万円)です(アメリカ旅行協会調べ、2016年)。

日本(4439ドル)やフランス(3443ドル)、イギリス(3324ドル)、韓国(3208ドル)と比べてダントツに多いのです。

国単位で見ると中国がアメリカに落とすお金は331億ドル(約3兆7000億円)。日本の166億ドルの2倍です。

ティファニーでお買い物を

その”爆買いパワー”の影響力を見せつけたのが11月28日。有名なあの宝飾品ブランド、アメリカのティファニーの株価が12%も下落しました。

理由は、その日の決算発表。ニューヨークの店舗を訪れた中国人旅行者が減ったことを会社が明らかにしたことで、株が売られたのです。たくさん買ってくれる中国人旅行者の減少は、売り上げダウンにつながるからです。

この発表につられて、中国人に人気のラルフローレンなどほかのブランド品の株価も下がりました。

韓国の二の舞はいや

アメリカの旅行業界がいま心配しているのは、韓国の二の舞になること。

去年、中国と韓国との間で、迎撃ミサイルシステムTHAADの配備をめぐって対立が深まりました。そのとき中国は、韓国行きの団体ツアーの販売を禁止しました。その結果、韓国では、右肩上がりで増えていた中国人旅行者が激減。韓国のメディアによると、この一件で韓国の観光業界の損失額は68億ドル(約7600億円)に膨らんだということです。

貿易摩擦が激しくなって、中国が報復のためアメリカ観光を控えるよう呼びかけたらどうします?

この質問に、ロサンゼルス観光局のキャシー・スミッツさんは慎重に言葉を選びながら「中国では、どの国が旅先として好意的に見られているかが大事です。ですので、両国の政治状況を注視しています」と答えました。

摩擦で、チャンス到来?

この米中関係の冷え込みをチャンスとばかりに、中国人旅行者の誘致に力をいれているのが、お隣のカナダ。年間68万人の中国人が訪れています。

ことしはちょうど「中国・カナダ観光年」で、カナダ観光局は雄大な自然やグルメをアピールするPR動画を中国語で用意しました。

カナダ東部のモントリオールは「ボンジュール・チャイナ」というキャンペーンを展開しています。中国人旅行客へのおもてなしを勉強するワークショップを開催。ホテルの部屋にはスリッパや湯沸かし器を用意するといった、中国人向けサービスの基本のほか、オレンジジュースを温めて飲む中国人がいることなどを学ぶそうです。

バンクーバーの中国語学校

西部のバンクーバーは、中国のIT企業「テンセント」と、ことし提携。10億人以上が利用するSNS「ウィーチャット」を使って中国人向けの観光アプリを開発しました。

バンクーバー観光局のステファン・ピアースさんは「中国の富裕層のカナダ旅行が増えています。美しい自然を体験に来るのです」と自信たっぷりに話しています。

バンクーバーでは多くの小売店や駐車場の支払いが、ほとんどの中国人が使っている「ウィーペイ」や「アリペイ」のスマホ決済に対応しています。

エステ店では中国語を話せる職員を採用し、「ウィーチャット」「ウィーペイ」をフル活用。中国人の来店を毎月増やしています。店長のメリー・ゾルファガリさんは「ウィーチャットのおかげでハッピーです。よいサービスをすれば、中国人は友人なども連れてきてくれるので未来は明るいと思います」と話していました。

メリー・ゾルファガリさん

爆買いパワーの取り合い

東京では街にもデパートにも中国語の案内がふんだんにあり、免税の手続きも簡単にできます。アメリカもカナダも、まだその域には達していませんが、中国人旅行者をウエルカムする態勢を強化しています。

ロサンゼルス観光局は、北京、上海、広州に続いて、去年、成都にも事務所をオープンし観光客の誘致を続けています。米中の貿易摩擦の行方は、中国人旅行者の”爆買いパワー”の取り合いも左右することになりそうです。

ロサンゼルス支局長
飯田香織
1992年入局
京都局、経済部、 ワシントン支局などへて
2017年からロサンゼルス