米朝首脳会談 険しさ増す非核化への道筋

アメリカのトランプ大統領と、北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長は、非核化に向けた道筋を示せるか。

世界中が、その行方を見守った米朝首脳会談。
その結果は…。

「北朝鮮は、制裁の完全な解除を求めたが、われわれは、それには応じられなかった。お互いに隔たりがあった。」(トランプ大統領)

和やかな滑り出し

ベトナムの首都ハノイで行われた米朝首脳会談の2日目。

日本時間 午前11時。トランプ大統領とキム委員長による会談が、ハノイ市内のホテルで始まりました。

「きのうに続き、全世界がわれわれの会談を注視している。われわれの会談を歓迎する人も懐疑的に見ている人も、われわれがこのようにすばらしい時間を過ごしているのを、さながら幻想的な映画の場面を見ているように感じるだろう」

1対1の会談の冒頭、キム委員長は笑顔でこう述べ、和やかな雰囲気で始まりました。その後、行われた拡大会合へ移動する途中、両首脳は、ホテルの中庭にあるプールサイドに出て、ポンペイオ国務長官やキム・ヨンチョル副委員長ら側近を交えて歓談する様子も見られました。

キム委員長の異例の対応

そして、拡大会合。

両首脳のほか、アメリカ側からは、ポンペイオ国務長官、マルバニー首席補佐官代行、ボルトン大統領補佐官が同席。
一方の北朝鮮側からは、首脳会談の開催に向けてアメリカを訪れるなどして調整を担ってきたキム・ヨンチョル副委員長と、長年、アメリカとの交渉を担っているリ・ヨンホ外相が同席しました。

そのさなか、キム委員長が外国の記者からの問いかけに応じる場面がありました。

キム委員長が通訳を介して、記者とやりとりした内容です。

(記者)「キム委員長、非核化するのですか?」

(キム委員長)「そのような意志がなければここに来なかっただろう」

(記者)「ピョンヤンにアメリカの連絡事務所を設置しますか?」

(キム委員長)「歓迎してもよいことだと思う」「もう少し時間をもらいたい。この会談は1分も時間を無駄にできない」

キム委員長が外国メディアの質問に答えるのは極めて異例です。会談は、順調に進んでいるかのように見えました。しかしー。

「予定の変更」

雲行きが怪しくなったのは、日本時間午後2時すぎ。

当初は、午後1時55分から、昼食会が始まる予定でした。

しかし、予定時刻を10分過ぎても、20分過ぎても始まりません。そのころです。

「予定の変更があった」
アメリカ政府の関係者が、昼食会の会場で待ちかまえていた報道関係者にこう伝えました。
トランプ大統領とキム委員長の交渉は、合意文書を作成するまでに至らなかった可能性が高いのではないか? 交渉は“決裂”した可能性があるのか?さまざまな臆測が流れます。

そして、世界各国の記者たちが集まるメディアセンターでも、落ち着いていた雰囲気が、一転。急に慌ただしくなり、速報や中継の対応に追われました。

首脳会談が行われたホテルの周辺や、両首脳の宿舎の前では、道路の通行が規制されたり、警察官などが慌ただしく動いたりしました。

そして、日本時間の午後3時半すぎ。ホワイトハウスのサンダース報道官が声明を発表。

「今回の首脳会談で、トランプ大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長はとても良い、建設的な会談を行った。非核化や経済発展の方法についてさまざまな意見を交わした。今回は合意には至らなかったが、互いに今後も協議を行うことを期待している」

一方のキム委員長は同じころ、専用車に乗って滞在先のホテルに戻りました。NHKの取材班が撮影した映像には、車から降りるキム委員長の姿が捉えられていて、首脳会談で見せたような笑みはなく、表情を変えずにホテルに入っていきました。

大きな隔たり

当初の予定よりおよそ1時間半ほど早く始まった記者会見。

「北朝鮮は、制裁の完全な解除を求めたが、われわれは、それには応じられなかった。お互いに隔たりがあった」

トランプ大統領はこう述べて、非核化の進め方をめぐり、合意に至らなかったと説明しました。

また、トランプ大統領は、キム委員長がニョンビョンの核施設については廃棄する意思を示したものの、アメリカとしては、ニョンビョンの施設に加えて、ウラン濃縮施設を含むほかの核施設の廃棄を要求し、折り合えなかったと明らかにしました。

現地で取材していた記者たちは…

アメリカ担当の記者はー。

「トランプ大統領は会談そのものは生産的だったと強調しましたが、事前の調整が不足していたことは否定できない。アメリカ側は、事前の実務協議で、連絡事務所の設置や朝鮮戦争の終戦宣言などを打診し、北朝鮮側から具体的な措置を引きだそうとしていた」

「交渉の達人を自負するトランプ大統領は、自分自身がトップ会談を行えば一気に事態を打開出来ると踏んでいた面もあるだろう。しかし、合意文書を準備し署名式まで予定していたにも関わらず、北朝鮮側から要求されたのは、『制裁の完全な解除』。非核化をめぐる両者の溝の深さを改めて浮き彫りにした」(アメリカ担当 ワシントン支局・石井勇作記者)

北朝鮮担当の記者はー。

「今回、アメリカから求められた非核化への取り組みは、経済に全力をあげる姿勢を示すキム委員長にとっても受け入れられないと判断したと見られる。つまり、核というカードは、簡単には手放さない、そういった断固たる姿勢を示したとも受け止めることができる」

「北朝鮮の代表団も会談について、一切、コメントしていないほか、北朝鮮の国営メディアも会談の結果について伝えていない。国営メディアは、これまでキム委員長の動向を連日、大きく伝えてきただけに、今回の結果をどのように報じるのか、北朝鮮側の受け止めをみるうえでも注目される」(北朝鮮担当 ソウル支局 安永和史記者)

専門家の評価は…

アメリカと北朝鮮の専門家は、今回の首脳会談をどう見たのでしょうか。

「北朝鮮からの制裁の全面解除は、アメリカからすると、到底、受け入れられない。北朝鮮がなぜ、このような高いボールを投げてきたのか気になる。北朝鮮はアメリカの意図を少し読み間違えたのではないかという印象を受けた」

「本来、このような内容は、実務者のレベルで詰めておくべきだったと思うが、首脳会談の場で議論になったということは、今回の米朝の交渉が、いかにトップ頼みになっているかが浮き彫りになった」(アメリカ政治が専門の慶應義塾大学 渡辺靖教授)

「合意文書があるのに、サインしなかったということだが、合意文書の内容が、今後、アメリカと北朝鮮との間で問題となってくる。アメリカとの交渉を決裂させずに継続したいと考えている」

「ただし、今回、北朝鮮が必ずしもわれわれが期待するような非核化には、容易に応じる訳ではないことが明らかになった。国際社会、とりわけアメリカに対し、非常に大きな見返りを求めているということを肝に銘じなければならない」(北朝鮮情勢に詳しい南山大学 平岩俊司教授)

続く交渉

物別れに終わった2回目の米朝首脳会談。

去年の首脳会談のあと、非核化の進め方をめぐって双方の意見が対立し、こう着状態が続いていました。

今回、トップどうしの会談で事態の打開を図ろうとしたものの、両者の大きな隔たりが改めて鮮明となり、非核化に向けた道筋の険しさを、目の当たりにするものとなりました。(米朝首脳会談 取材班)