全国の原発避難計画 調べてみえた地域差とは

全国の原発避難計画 調べてみえた地域差とは
「地震と原発事故の複合災害は想定している」
「対策は格段に向上している」

能登半島地震のあと高まる不安の声を打ち消すかのように、国は地震と原発事故が同時に起きる事態への対策は取られていると繰り返す。

そう言われても疑問は拭いきれない。

私たちは全国の自治体の防災計画や避難計画を調べ直すことにした。

すると、国が対策の「大前提」としている取り組みすら進んでいない実態が見えてきた。
(原発避難計画取材班)

福島の重い教訓をもとに

2333人

福島県で東日本大震災と原発事故による避難の中で体調を崩し亡くなった人の数だ(福島県内の災害関連死 2024年3月時点)。

地震や津波による直接死の1605人を大きく上回る。

着の身着のまま避難し、渋滞により長時間の移動を強いられ、急激な環境の変化にさらされた影響は計り知れない。

この事故を教訓に定められたのが、原子力災害対策指針だ。

災害対策を講じる区域を原発から半径5キロのPAZと5~30キロのUPZに分け、重大な事故が発生した際にはUPZの住民が屋内にとどまることで、高リスクなPAZの住民が直ちに避難できる仕組みとした。

能登半島地震で深まった疑問

ただ、この仕組みが実際に機能するのかは常に疑問が向けられてきた。

その最たる理由が、自然災害と原発事故の複合災害にどう対応するかが必ずしも明確でなかったことだ。

疑問が深まるきっかけとなったのが能登半島地震だった。

震度7の揺れが襲った石川県志賀町にある北陸電力・志賀原子力発電所の周辺でも、多くの道路が寸断される事態となった。

こうした状況でもし原発事故が起きたら、原発に近いPAZの住民は避難できるのか。

もし避難できなかったらどうすればよいのか。

国は“対策取られている”

私たちはこの疑問について、指針を策定する原子力規制委員会や、避難計画などの原子力防災を所管する内閣府に取材した。

すると規制委員会は「すでに原発が稼働しているところでは地域防災計画がきちんと立てられ、施設整備も進んでいる。孤立化も考えて船や航空機による避難も考えられている」(山中委員長)という認識を示し、内閣府の幹部からも対策の必要性は認めつつも「福島第一原発の事故以前と比べれば格段に向上している」という答えが返ってきた。
国側の説明によれば、PAZの避難手段の確保については国と地方でとりまとめる「緊急時対応」にも明記されているほか、万一安全に避難ができなくなった場合には人命の確保を優先し、PAZでも屋内退避を行う場合があることが、指針や防災基本計画に規定されているという。

不備を可視化する

形の上では整っているかのようにも見える対策だが、それでもやはりいざというときに機能するのか疑問は拭いきれない。

そこで私たちは、各地方自治体が策定する地域防災計画や避難計画などを確認し、担当者にも取材することで、本当に複合災害に備えられているのか調べることにした。

具体的に調べたのは、
1.道路が寸断された場合に避難のための道路を復旧させる方法と、
2.PAZから避難できない場合に屋内退避する施設の確保状況の2点。

その際重視したのは、必ず何らかの文書に明記されている内容に基づくという、基本的なルールだ。当たり前だが、担当者が「大丈夫です」と言っただけでは裏付けがあるとは言えない。

逆に、担当者が把握していなくても計画には明記されているという場合には、こちらから内容を提示し確認を求めた。

避難道路の復旧を民間事業者に要請できるか

まず1について見ていく。寸断された避難道路の復旧を誰が担うのかという課題だ。

前述の通り、国は海路や空路を含めて手段を考えているとしているが、能登半島地震では隆起で港湾が使えなくなったり、大型のヘリコプターが着陸できる場所が限られていたりと、避難が容易ではない現実が突きつけられた。
避難道路の復旧は自衛隊にも担ってもらうことになるが、多くの道路が同時に寸断された場合にそれだけですみやかに復旧できるかどうかは見通せない。

多くの地域では、自然災害に備えて民間の建設業者などの力を借りるべく協力協定などを結んでいる。

ただ、自然災害だけでなく原発事故が同時に起こる複合災害の場合、特別な備えが欠かせない。

政府は、原発事故の際に民間の事業者に協力を得るためには、要請する業務の範囲や安全確保の方策を明確にし、研修の実施など平時の準備をしっかりと行うことが大前提となるとしている。

私たちは、各地の原発から30キロ以内に避難道路を抱える全国19の道府県を対象に、建設会社などの民間の事業者に避難道路の復旧作業への協力を求める場合、どの時点まで作業するかという要請の範囲や、被ばく線量の上限などの安全確保の方策について、防災計画や避難計画などに具体的な考え方を明記しているか取材した。

計画などに安全確保策明記は19道府県中6道県

その結果、何らかの形で明記されていたのは、6つにとどまることがわかった。(2024年3月取材時点)。
明記していた中では、▽民間の事業者の被ばく線量の上限を、一般の人の年間の限度とされる1ミリシーベルトとしているところが4道県(北海道、福島県、滋賀県、佐賀県)。

▽住民の避難や屋内退避が指示されるまでの段階で、民間の事業者による作業は中止するとしているところが2県だった(新潟県、愛媛県)。

残る13の府や県は明記していないと回答した。
(青森県、宮城県、茨城県、静岡県、石川県、富山県、福井県、京都府、島根県、鳥取県、長崎県、福岡県、鹿児島県)

明記していない理由を府県の担当者に尋ねると、▽原発事故が起きて放射性物質の拡散が予測される状況では、民間の事業者に作業を依頼しないことや、▽具体的な対応は事故の状況をみて判断することなどをあげた。

民間の建設業者“基準必要”

こうした状況を民間の建設業者はどう受け止めているのか。

国や自治体の対応を待つというところが少なくない中、対応を求めたいと話す業界団体を取材した。

静岡県内のおよそ470の建設会社でつくる静岡県建設業協会は、自然災害の発生に備えて県との間で、道路などの復旧作業に協力する協定を結んでいる。

ただ、原発事故との複合災害の場合の対応については具体的な取り決めはないため、協会の石野好彦専務理事は、協定や県の計画などに具体的な基準や考え方を明記することが必要だと話す。
静岡県建設業協会 石野専務理事
「基準や考え方がないまま事故が起きてしまうと大変なので、フェーズごとに必要な対応などを整理し、明記する必要がある。作業する人たちが不安を持たないように、作業が可能な空間の放射線量の基準や放射線の防護の方法などを示してほしい」

民間の被ばく線量どうするか議論も

こうした実態を国はどう捉えているのか。内閣府は私たちの取材に、調査などは行っていないため把握していないとした上で、今後、自治体などに働きかけて実効性を高めていきたいと回答した。

実は原子力規制委員会は、2022年に原子力災害対策指針を一部改正し、民間の事業者に依頼する場合も含めて緊急時の対応に従事する人たちについては、被ばく線量の管理や健康管理を行うこととし、参考として放射線業務従事者の基準である年間50ミリシーベルトという数字を挙げた上で必要に応じて事業者側と協議するとしている。

取材の過程では、今後計画にこうした規定を反映するという自治体もあり、民間事業者の被ばく線量をどう管理するかなどが各地で議論になる可能性がある。

被ばくを防ぐ効果の高い施設はどれだけ

次に調べたのが2のPAZから避難できない場合に屋内退避する施設がどれだけ確保されているかだ。

より具体的には全国の16か所の原発周辺のPAZについて、道府県や市町村が策定する計画に明記されているコンクリート構造の屋内退避施設の収容人数を取材した。

コンクリート構造に絞ったのは、放射線や放射性物質による被ばくを防ぐ効果が比較的高いとされているからだ。

内閣府などはPAZからの避難がかえって危険を伴う場合、特に原発に近い所では、コンクリート構造の建物の中で屋内退避するのが有効だとしている。

内閣府などの資料では、特にフィルターを設置したコンクリート構造の建物では、外にいる場合に比べ被ばくを9割以上減らせるとしている。

一方で木造でフィルターもない建物では低減効果は5割余りとなっている。

施設の収容人数は地域で大きな差が

取材の結果、計画上PAZの住民すべてを収容できる分の施設が明記されていたのは、16か所中5か所にとどまった。
もっとも多かったのは北海道にある泊原発周辺で、人口に対する収容人数の割合は388%を超えた。

道の地域防災計画(原子力防災計画資料編)で、退避所として利用できる施設の住所や構造、収容人数などを明記していた。

このほかの地域では、▽鹿児島県にある川内原発周辺▽福井県にある敦賀原発周辺▽同じく福井県にある美浜原発周辺▽青森県にある東通原発周辺、それに▽新潟県にある柏崎刈羽原発周辺で、PAZ内人口に対する収容人数の割合が2割余りから6割余りとなった。

ただ、これらはPAZ内の施設の収容人数を単純に足し合わせて出した割合で、地区や集落ごとにはばらつきがあるとみられる。

▽茨城県にある東海第二原発、▽静岡県にある浜岡原発、▽石川県にある志賀原発周辺のPAZでは住民の数の1割に届かなかったが、これらの地域では計画に明記されていたのは「放射線防護施設」だけだった。
「放射線防護施設」とは、入院患者や福祉施設の入居者などで避難によってかえって健康を害するリスクが高まる人たちが身を寄せるために整備される施設で、収容できるのは基本的に要配慮者とその支援者などに限られる。

不安を抱える住民

新潟県の柏崎市は、避難が難しい場合、一般の指定避難所への屋内退避を想定しているが、必ずしも設備が整った施設ばかりではない。
東京電力の柏崎刈羽原発から5キロほどの地区に住む佐藤正幸さんは、2007年の新潟県中越沖地震で自宅が10センチ以上傾く被害を受けた記憶から、自宅での屋内退避に不安を抱えているものの、自宅から最も近い避難所である地域の集会所は木造で、食糧などの備蓄も満足にない状況だ。

佐藤さんの地区にはもうひとつ、放射線防護施設を備えた避難所もあるが、地区の住民約320人に対し、収容人数は60人ほどと限られている。
佐藤さんは「原発事故に地震だとか自然災害が一緒に加わると、避難ができるかと言えばそれは恐らく無理だろう」と話すが、安全に屋内退避できるめどもないと肩を落とす。

一方、柏崎市の桜井雅浩市長は市内では住宅の耐震化が進められてきたため、能登半島地震のような事態になる可能性は低いとした上で、最悪の事態を想定し対策を進める考えを示している。

「市としては、被ばくを防ぐ設備の整備などを進めていく。原発から5キロ圏内で屋内退避せざるをえない状況が生じたとしても、なるべく短い時間にしなければならず、住民を5キロ圏外へ移動させる手順を国などとしっかり確認したい」

人口が多い地域はもう一段早い避難行動も

地元の声をどう受け止めるのか。原子力規制委員会の担当者は、「緊急時は少しでも被ばくを抑えることが重要なので、必ずしもコンクリート造りの建物でなければならないというわけではなく、状況に応じて退避する建物を選んでほしい」と話す。

一方、内閣府は令和5年度の補正予算で要配慮者向けの屋内退避施設に放射線防護対策を施す事業などに27億円を計上し、道府県などを支援する施策を打ち出した。

今後、自治体側のニーズを聞き取ってさらなる充実を進めたいとしている。

ただ、原子力防災に詳しい福井大学附属国際原子力工学研究所の安田仲宏教授に聞くと、地域によっては発想の転換が必要だという。
福井大学 安田教授
「全ての人数を収容できるため建物をつくってどうにかなる地域と、人数が多すぎてそうではない地域がありえるので、地域ごとにどう対応するか検討することが必要だ。どうしても人口が多い地域は、もう一段早い避難行動を行うなどの対応を考える必要がある。今後、道府県のなかで検討し何が必要か議論したうえで、国に対して必要な支援を求めるべきだ」

計画に完璧はない?

調べてみて分かったのは、国が「大前提」としていることや「有効な対策」だとしていることでも、自治体が備えとして整備するのは簡単ではないということだ。

作業時の安全対策を決めようと思えば、民間事業者との議論や理解が欠かせず、研修などのフォローアップも必要になる。

施設整備というハード面の対策に時間や費用がかかることは言うまでもない。

自治体からも国に支援を求めるという話を多く聞いた。

取材に対し、国の担当者が話していたことでもうひとつ印象に残っているのは「避難計画に完璧ということはない」ということばだ。

不断の改善が求められるという意味においてはそのとおりだと思いつつ、足らざる点を問題視されないための言い訳にさせないためにも、こうした取材を続けていく必要があると感じた。

(4月1日 おはよう日本で放送)
(取材班 横浜放送局 北村基/千葉放送局 浅井優奈/岐阜放送局 齋藤恵実/水戸放送局 國友真理子/北九州放送局 財前祐理香/高知放送局 奥村敬子/福井放送局 伊藤怜/名古屋放送局 佐々木萌/山口放送局 中尾貴舟/高松放送局 内野匡/佐賀局 牧裕美子/新潟放送局 伊藤奨/静岡放送局 仲田萌重子)