1年で2度ベアの企業も 経団連“賃上げ貢献 企業の社会的責務”

人材への投資を継続的に行うという経営の強い意志を感じた
会社からの期待に応えようという気持ちが強くなった」

ある大手企業の若手社員の言葉です。この会社では、この1年で、すでに2度目のベースアップ(基本給の引き上げ)を決めました。

こうした中、「『構造的な賃上げ』の実現に貢献することが経団連・企業の社会的な責務だ」とする経団連の基本方針が16日、まとまりました。

今後の賃上げの行方は?

1年で2度目のベースアップ

リース大手の「三井住友ファイナンス&リース」では、すべての社員およそ2800人を対象に去年7月に2.2%のベースアップを実施しました。

さらに、来月にも追加で4%のベースアップに踏み切ることを決めました。

会社によりますと、ベースアップを1年間に2度行うのは初めてで、定期昇給分やボーナスの上昇分を含めると今年度の賃上げ率はおよそ10%となります。

入社して5年目の社員は「人材への投資を継続的に行うという経営側の強い意志を感じた気がします。賃上げにも原資が必要だと理解しているつもりなので会社からの期待に応えようという気持ちが強くなりました」と話しています。

ベア(ベースアップ)

給料のベース、つまり基本給を引き上げること。年齢や勤続年数に応じて昇給する「定期昇給」とは異なり、ベアは給与水準そのものを引き上げることを言う。

会社では航空機や不動産などのリースや関連した融資を中心に事業を展開していますが、不動産の開発をみずから手がけるなど、新規事業を開拓して収益力の強化を図っています。

積極的な賃上げは、社員のモチベーションの向上などに加えて新規事業に必要な人材を獲得するためにも必要だということです。

人事部 石松卓副部長
「今回の賃上げは経営に相応のインパクトはあるが、その分、新しい分野で成長し、生産性を向上しながら賃上げの原資を確保する。こういう好循環をつくっていきたい」

経団連 “『構造的な賃上げ』企業の社会的責務”

こうした中、ことしの春闘で、企業の経営側の指針となる経団連の基本方針が16日、まとまりました。

基本方針では、ことしは賃上げ率がおよそ30年ぶりの高水準となった去年の勢いを維持・強化できるかどうか「極めて重要な年」と位置づけています。

そのうえで、「去年以上の意気込みと決意をもって積極的な検討と実施を求めたい。ことし以降も『構造的な賃上げ』の実現に貢献することが経団連・企業の社会的な責務だ」として、各企業に継続的な賃上げを強く呼びかけています。

また、中小企業の賃上げについては、生産性の向上とともに人件費や運送費などを含めた増加分の価格転嫁が重要だとして、「適正な価格転嫁は当然との認識を社会で共有すべきだ」と指摘しています。

そのうえで、公正取引委員会などが公表した人件費の価格転嫁に向けた行動指針を踏まえ、発注側と受注側の企業がともに価格交渉を積極的に進めるよう求めています。

一方、雇用者数のおよそ36%を占める非正規の労働者をめぐっては、▽賃金の引き上げ、▽スキルアップの支援など処遇の改善、▽正社員への登用などに取り組む必要があるとしています。

基本方針をとりまとめた経団連の経営労働政策特別委員会の大橋徹二委員長は記者会見で、「去年は30年ぶりの水準で賃上げとなったが、日本全体がデフレの中、これが一過性で終わったのでは日本経済は成長していかない。賃上げを一過性で終わらせないためには前提となる生産性の改善などいろいろなことを進めていく」と述べ、継続的な賃上げには生産性の向上が重要になるという考えを強調しました。

中小企業 26.7%が人件費の価格転嫁「全くできていない」

しかし、中小企業の間では賃上げなどに伴う人件費の増加分を製品やサービスの価格に転嫁できるのかが課題となっています。

全国の中小企業などでつくる日本商工会議所が去年10月、会員の企業1964社から回答を得た調査によりますと、取引先と価格転嫁に向けた協議ができていると答えたのは74.4%に上りました。

一方で、賃上げなどに伴う人件費の増加分についての価格転嫁の状況を聞いたところ、「全くできていない」と答えた企業が26.7%に上りました。

価格転嫁を4割以上できた企業は34.7%、1割から3割程度が32.7%などとなっています。

中小企業からは、「原材料価格やエネルギーコストの上昇分についての価格転嫁は理解を得られても、労務費は困難で、取り引きの打ち切りを覚悟のうえで協議するしかないのが現状だ」といった声も聞かれるということです。

動き始めた中小企業も

埼玉県川口市にある従業員およそ90人の鋳物メーカーは、ことしで創業から93年となり、マンホールのふたからフライパンなどの調理器具まで、金属製品の製造を幅広く手がけています。

去年は、原材料の鉄やアルミなどの価格が円安の影響もあって上昇したことから、カタログに掲載するほぼすべての製品を15%から20%ほど値上げしました。

新たな設備導入による生産性の向上などに取り組み、従業員の賃金は去年、基本給の引き上げ=ベースアップとボーナスをあわせて7%程度引き上げました。

人件費の増加分については自社で負担してきましたが、会社では公正取引委員会などが、去年11月、中小企業が人件費の増加分を価格転嫁できるよう、指針を公表したことを受け、ことしは取引先への説明や交渉を行い、一部の製品で5%程度の値上げを実施したいとしています。

人件費の増加分も価格に転嫁することでことしはベースアップを含めて5%程度の賃上げを行いたい考えで、人手不足が進む中で、人材の確保にもつなげたいとしています。

伊藤鉄工 伊藤暢宏社長
「人も会社に入ってこないし入っても辞めていくようになってしまうので賃上げは絶対に必要だと思う。自社で生産性の向上を目指すにも限界があり、心苦しいが値上げをしないと事業が継続できなくなってしまうのでお願いをしながら進めたい」

政府「賃上げ 強力に後押ししたい」

ことしの春闘に向けた経団連の基本方針に関連して、齋藤経済産業大臣は16日の会見で、「経済界に対しては、昨年を上回る水準の賃上げへの協力をぜひお願いしたい。すでに経団連を含めた各経済団体や企業から、賃上げへの積極的な方針が表明されているが、厳しい事業環境にある中小企業が存在することも事実で、政府としても、賃上げしやすい環境の整備や生産性の向上に向けたチャレンジを支援することで、賃上げを強力に後押ししたい」と述べました。