「海の水がなくなっていて港が空っぽの状態で驚いた。電話も通じず『陸の孤島』になりどうしようもなかった。持病の薬も切れて体調も悪化し不安だった」
こう当時の状況を振り返るのは、地震で孤立した輪島市の沿岸部・大沢地区の車田米雄さん(85)。自衛隊のヘリで救助されたあと、いまは集落の人たちでまとまって加賀市の宿泊施設に2次避難しています。
眠れず 暖取れず…避難所で死者も なぜ2次避難は進まないのか
能登半島地震の発生から15日で2週間。避難生活が長引く中、災害関連死を防げるか、大きな課題となっています。
被災地では、生活を立て直すため「2次避難」を決断した人がいる一方で、避難所や自宅にとどまるという人もいて、石川県によると、「2次避難所」として約2万8000人分を確保しているのに対し、14日の時点で入ったのは792人だということです。
なぜ判断が分かれるのか?そもそも「2次避難」とは?簡単には進まない実情が見えてきました。
「陸の孤島」 持病の薬が切れて…
1人暮らしの車田さんは自宅で被災した翌日(2日)、別の地区とを結ぶ道路2本が土砂崩れと崩落で通れなくなっていて、集落が孤立していることがわかったということです。
この地区ではプロパンガスと湧き水で炊き出しを行いながら避難生活を続ける中、今月5日に初めて自衛隊のヘリから飲料水や即席めんなどの支援物資が届けられたということです。
心臓用の医療器具を付けている車田さんは持病の薬が切れてどうなるかと心配していましたが、何とか市内の病院と連絡を取ることができ、ドローンで薬が運ばれてきたということです。
その後、集落全体で加賀市に2次避難することが決まり、今月12日、自衛隊のヘリで輪島市中心部まで運ばれたあと、住民80人余りと一緒に旅館に身を寄せています。
車田さん
「普通の生活ができる場所に集落の人と一緒に避難できて安どしている。集落を離れる時はいつ戻れるか分からず、さみしい気持ちもあった。この先どうなるかわからないが落ち着いて考える場所と時間が必要なので、行政には避難する人の思いをくんで対応にあたってほしい」
そもそも2次避難とは?
石川県は災害関連死を防ぐとともに、当面の落ち着いた生活環境を確保するため、住民に被災地以外の避難所に移ってもらう「2次避難」を進めています。
対象となるのは優先順に、
1. 孤立状態にある地区にいる人
2. 妊婦や高齢者、障害のある人などの要配慮者とその同伴者
3. そして希望する人の全員です。
県が手配したバスや被災者の自家用車で、県内外にあるホテルや旅館などの「2次避難所」に移ってもらいます。
「2次避難所」の場所が決まるまで、金沢市に2か所設けた「1.5次避難所」に一時的に滞在してもらうケースもあります。
すでに14人が「災害関連死」疑い
県は、地震から2週間がたった15日時点で14人が「災害関連死」の疑いがあるとしています。自治体別では、珠洲市の6人、能登町の5人、輪島市の3人です。
このうち、能登町の避難所で生活していた80代の男性は、今月9日の夜、体調を悪化させて病院に搬送されその後、急性心不全で亡くなりました。遺族によりますと、男性は心臓や肺に持病があり、避難所で十分に暖をとることができず、眠れない状況が続いていたということです。
このほか、NHKが珠洲市内の病院に取材したところ、県の集計に入っているかどうかはわからないものの、被災して死亡した人の中には避難所生活で薬が服用できなかったとみられるケース(90代女性)や、避難生活でふだん食べていた流動食を摂取できなくなり、誤えん性肺炎を発症したとみられるケース(80代男性)がありました。
8年前の熊本地震では、犠牲になった人のうち8割近くが「災害関連死」で亡くなっています。
離れるか とどまるか 分かれる判断
県は、ピーク時の避難者数を踏まえると、3万5000人を超える受け入れに対応する必要があるとしています。
石川県によりますと、14日の時点で「2次避難所」として受け入れ可能な施設は951あり、2万8337人分を確保しているということですが、県によりますと、14日までに「2次避難所」に入ったのは792人だということです。
被災地では、生活を立て直すため「2次避難」を決断した人がいる一方で、住み慣れた土地を離れ住民どうしのつながりが絶たれることへの懸念などから、避難所や自宅にとどまる人もいます。
<離れると決めた人>
輪島市の松本石根さん(39)は自宅が被害に遭い、再建のめどが立たないことから、妻と息子2人の家族4人で2次避難することを決めました。
松本さんは「子どもが普通の生活を送ることができる場所に行きたいというのがいちばんの理由です。電気や水道が復旧せず、自宅の片付けさえ難しい状況でまず家族の生活を整えてから今後のことを考えたい」と話していました。
また、輪島市の小端エイ子さんも2次避難に向けて市内の避難所を出ることを決めました。
2次避難の調整の間、一時的に金沢市に滞在するということです。小端さんは「いつまでも避難所で世話になるわけにもいかず、行政の復興もしやすいと思い、金沢市の避難所に行くことを決めました」と話していました。
小端さんは一度ふるさとを離れますが、再び戻ってきたいと、輪島市内の仮設住宅への入居を申し込んでいるということです。
<とどまろうとする人>
地元にとどまろうと考えている人もいます。
珠洲市の坂井栄子さん(80)は津波で自宅が被災し、高齢者施設に避難しましたが、このまま市内で避難生活を続けるつもりです。
理由は、持病の治療のため通院が必要で慣れ親しんだ医師の診察を望んでいることや、被災した近所の人たちと一緒に同じ施設に避難していて心強く感じることです。
坂井さんは「友人や知人がいっぱいいて、今のところ自分の育った土地を離れるという気持ちはありません」と話していました。
また、輪島市の端幸広さん(48)は勤め先が市内にあり、一緒に避難している70代の母親の介護も必要なことから、当面、市内にとどまるということです。
端さんは「母親は寝返りもできないので誰かが必ず世話をしなければならず、今はこの場所にとどまります。収入面で安定して生活できるようになれば2次避難も考えたい」と話しています。
<まだ決められないという人>
現時点で決められないという人もいます。
輪島市の明田元文さん(73)は地震で自宅が壊れ避難生活を続けていますが、建設業の仕事の先行きが分かるまでは、市外に出るか判断できないと言います。
明田さん
「どうしたいかと聞かれても漠然としか先が見通せず、2次避難すべきか決めかねています。元の生活に戻りたいというのが正直な気持ちです」
住み慣れた土地を離れ住民どうしのつながりが絶たれることへの懸念や先の見通しが立たない事情があるようです。
専門家「見通し 希望になる情報 非常に大切」
2次避難について、防災や被災者支援に詳しく、今月の地震発生後、石川県に入り現地の自治体の職員とのやりとりもしてきた大阪公立大学の菅野拓准教授は次のように話します。
菅野准教授
「被災地では、水道も早期に復旧するのがしばらくは難しい状態で、長期的に避難生活を続けていける環境ではない。自分の住む自治体の外も含めて広域避難しないと安定的な環境を得られず、災害関連死が増えることを非常に懸念している。まずは命を守るためにも避難してほしい」
また、2次避難を迷う人がいる現状については、こう指摘します。
菅野准教授
「迷っている人が2次避難を決断するには見通しの情報が大切で、いつまで水が出なくて今の被災地で暮らせないのか、避難した先ではどのような支援が受けられて、選択肢はどんなものがあるのかなどの情報が必要だ。一時的に避難したとしても、ゆくゆくは地元に戻って来たい人もいるので、戻れる希望になる情報も非常に大事だ。そういう情報提供をしっかりしないと、多くの人に2次避難を決断してもらうのは難しい」
「さまざまな事情の方が、地元に残りたいと思いながらも、早く被災地を出なければと迷っていると思う。政府や県、市町から被災者に対して、2次避難を決断できるような被災者一人一人に寄り添った情報の提供が求められる」
輪島市長 直接訴え 珠洲市 貼り紙で工夫
県は、引き続き「2次避難所」の確保を進めるとともに、自治体などとも協力しながら、丁寧な説明を続けるとしています。
「2次避難所」での受け入れにあたっては、県はできるだけ地区の住民がまとまって同じ施設に入れるよう配慮する方針です。
輪島市の坂口市長は15日午前中、避難所の鳳至小学校を訪れ、避難している人たちの体調を気遣ったうえで「健康のためにも市外への2次避難も考えてほしい」と旅館やホテルへの2次避難を呼びかけました。
坂口市長
「本当は皆さんに残ってほしいが、病院もひっ迫しているので健康を考えて、まずは2次避難所に行ってもらいたい。1日でも早く輪島市へ戻ってこれるように復旧を進めたい」
珠洲市の避難所では住民の代表たちがお年寄りなどにわかりやすく伝えるため、2次避難の流れを説明する貼り紙をつくりました。
貼り紙は、県や市が呼びかける2次避難の説明を要約したもので、今の避難所よりも安全に過ごせるホテルや旅館に避難できることや、宿泊料が無料であることなどが強調して書かれています。
住民の代表の多田進郎さんは「2次避難に多くの住民たちは不安を抱えているが、命や健康の保障を優先してほしい。まずは健康に過ごせる場所に移動してもらい、今後についてゆっくり考えてもらいたい」と話していました。